第96話
俺はリオたちを引き連れ、悲鳴があったほうへと走る。
するとストリートを少し行った先で、何やらざわざわと人だかりができていた。
俺は人だかりの中から、適当に一人を捕まえて話を聞く。
「何があったんですか」
するとその男性は、青褪めた顔で答える。
「モ、モンスターが出たんだ!」
「モンスター? この街中にですか?」
「ああ……! こんな大きな、人型だけど狼みたいな姿のやつで。あっという間にいなくなっちまったが……」
「被害者は」
「分からない。子供がひとり捕まっていたみたいだが、どうやら無事みたいだ」
周囲を見回してみても、少なくとも救急の怪我をした人はいないようだった。
ならばその、街中に出たモンスターとやらを追いかけるべきか。
「分かりました、ありがとうございます。──リオ、イリス、メイファ、ついてこい!」
「「「はい!」」」
俺は教え子たちの返事を聞くと、その場から大きく跳躍。
騒ぎのせいで人が密集している地帯を避けるために、近くにあった一階建ての住居の屋根の上に上がる。
リオ、イリス、メイファの三人も俺にならって屋根の上までジャンプしてきた。
リオは楽勝、イリスとメイファはギリギリ届いたというところだ。
並の勇者の跳躍力では屋根の上までひとっ跳びとはいかないが、こいつらはすでにそれができる領域にある。
「おおっ、勇者だ!」
「すっげぇ……子供もいるぞ」
「勇者様! モンスターはあっちに行きました! お願いします!」
「わかりました!」
人々の声を受けつつ、俺たちは屋根伝いに走っていく。
家の人にとっては屋根の上をバタバタと走られるのはうるさいだろうが、今は緊急事態なので許してほしい。
そして人だかりの密集地帯を抜けると、再び道路に下りる。
「そこ、下ります! どいてください!」
「えっ……? うわわわっ!」
「すいません。あと三人下りてくるんで」
「へっ……? ぎゃああああっ!」
屋根の上から飛び降りてきた俺たちに腰を抜かす街の人を尻目に、俺は人混みの間を縫うようにストリートを駆けていく。
その俺のあとを、リオ、イリス、メイファの三人がついてくる。
人混みではあるのだが、人々がおあつらえ向きに左右に割れ、通り道ができていた。
モンスターが通っていった後だろうか。
俺は走る速度を上げていく。
このスピードだとついてこれるのはリオぐらいだが、イリスとメイファも背中を追うことはできるだろう。
しばらく走っていくと、やがて人々が、横手の細い路地のほうを見ている場所まで来た。
俺は声を張り上げる。
「通りすがりの勇者です! モンスターは!」
「そっちです! その路地に入っていきました!」
路地を見ていた人たちのうちの一人が、路地の先を指さしてそう答えてくる。
「ありがとうございます!」
俺はその人にお礼を言いつつ、路地の中に駆け込んでいく。
そのあとにすぐさま、リオが続く。
イリスとメイファはだいぶ後方だが、この路地に入ったことは見えただろう。
俺はリオと二人で細い路地裏を道なりに駆けていく。
するとその先で、思いがけない人物と遭遇した。
「あっちゃあ……服があちこち破けてるっすよ。これじゃ人間の姿でも人前に出られないっす……」
路地裏にぽつんと一人、佇んでいる少女。
ネオンライトがほとんど届かない薄暗い路地、月の光だけがわずかに挿し込む中で、少女──ウルは独り言をつぶやいていた。
その姿を見つけたリオが、驚いた様子で口を開く。
「ウル……? お前、なんでここに……それに、その格好」
一方のウルも、目をまん丸に見開いて驚きの表情を見せた。
「はへ……? リオ、ちゃん……? イケメンのお兄さんも……そっちこそ、なんで……」
そうしていると、一足遅れてイリスとメイファも追いついてくる。
その二人も、ウルの姿を見て驚いていた。
一方で俺は、モンスターに関する知識と頭の中にあるいくつかの断片的な情報をつなぎ合わせ、一つの答えを導き出していた。
「満月の夜だけは」と言ったウルの言葉。
街の人が言った「人型だけど狼みたいな姿のやつ」という言葉。
そしてモンスターの足取りを追ってみれば、服があちこち破けたウルの姿──
俺はその答えを、本人に確認する。
「ウル、キミは──狼人間なのか?」
俺のその言葉に、少女はびくりと震えた。
そのつぶらな瞳が、怯えるように揺れる。
だが次にはうつむいて、ハハハと笑った。
「すごいっすね……。勇者って、そんなことまで分かっちゃうんすか? ……あーあ、お手上げっすよ」
ウルは、言葉通りに両手をあげてみせる。
それからこう続けた。
「モンスターであるうちのことを退治しに来たんすよね。いいっすよ、ひと思いにやってくださいっす。……もう、頑張って生きるのにも、疲れたっす」
だがそれを聞いて戸惑ったのはリオたちだ。
「ちょっ、ちょっと待てよお前……! なんでそういう話になるんだよ! オレたちは街中にモンスターが出たって聞いて、それでここまで来ただけだ。──それに兄ちゃん! ウルが狼人間って何なんだよ!?」
「いや、何なんだよって言われても、文字通りなんだが──」
うーん……。
俺自身も事態がそれほど呑み込めているわけじゃないんだが、いずれにせよややこしい話になりそうだ。
そしてそこに、さらに話がややこしくなりそうな出来事が舞い込んできた。
俺たちの背後に、街の警邏らしき制服を着た、二人の男が駆け込んできたのだ。
「……あぁん? モンスターが出たっていうから来てみれば、なんだこりゃ? どういう状況だ?」
そう言うのは、警邏らしき制服を着た二人の男のうちの一人、粗野な印象のある大柄の男だ。
一方、もう一人は小男で、ニタニタと下卑た笑いを浮かべながら大男に向かって言う。
「へへっ、そんなことより兄貴。あの女のガキ、服が破けてますぜ。ありゃあ今すぐしょっぴいて、詰め所でたっぷりと尋問しねぇといけませんや」
その視線の先にいたのはウルだ。
さらに大男の方も、我が意を得たりという様子で同意する。
「おぉ、確かにそうだ。あんな格好で街中をうろつかれちゃあ、公の秩序が守れねぇ。ほかに誰も来ない詰め所で、俺たち二人でしっかりと指導をしてやらねぇとなぁ?」
大男のほうは鎚鉾を片手にパシパシと叩いて威圧的な態度を見せつつ、ウルのほうへと向かってずんずんと歩み寄っていく。
そして小男はその後ろに金魚のフンのようについていき、俺たちを威嚇するように睨みつけた。
この二人、動きから見て勇者であることは間違いないだろう。
実力は平凡そうだし、様子を見た感じでは官憲といっても真っ当な手合いじゃなさそうだが──
……しかしこの大男と小男の二人組というのは、どこかデジャブを感じるな。
まあ世の中には似たような人間が三人はいるというから、気にすることもないかと思うが。
ただどうにも良くない連中という感じはするので、このままウルが逮捕されるのを見過ごすわけにもいかないな。
そう思い、俺がどう動いたものかと考えていると──
「おい、待てよ。薄汚ねぇ魂胆でウルに近付くんじゃねぇよ」
警邏姿の二人の男の行く手に、リオが立ちふさがった。
さらにその後ろに、イリスとメイファも立つ。
三人はウルを守るようにして警邏姿の男たちを見上げ、睨みつけていた。
それに対し、大男はメイスをパシパシと自分の手に打ちつけ、少女たちを威圧する。
「なんだクソガキども。公務執行妨害で逮捕されたいのか?」
さらに小男のほうが、大男に入れ知恵をする。
「へへっ、兄貴。なんならこいつらも、まとめてしょっぴいちまいましょうぜ。まだガキだが大した上玉揃いだ」
「おう、そりゃあいいな。公務を妨害するとどうなるか、未熟な体にたっぷりと教え込んでやらねぇとな」
舌なめずりをする大男。
ケケケと笑う小男。
こいつらどう見ても、治安を維持するよりも乱す側だと思うんだが……。
まあ、ともあれ──
「あー、すみません。この街の官憲の方々ですか? 私、勇者学院の教師をやっている者なんですが──」
俺は横から割り入って、懐から身分証明書代わりに勇者カードを取り出すと、大男へと差し出してみせる。
暴漢っぽいとはいえ一応は官憲がらみの連中のようだし、事はなるべく穏便に済ませたいところだ。
だが大男は不愉快そうに眉を動かすと、俺が差し出した勇者カードを見もせずに俺から奪い取った。
そしてそのまま地面に放り捨てると、俺の顔写真付きのそれを靴の裏でぐりぐりと踏みにじる。
「はっ、学校のセンセイがしゃしゃり出てくるんじゃねぇよ。これは治安維持活動であり公務なんだ。逮捕されたくなけりゃあどいてろ、色男」
うわぁ……こりゃまた滅茶苦茶しやがる。
カードを踏まれて俺もさすがにちょっとカチンときたが、一瞬あとには怒りを通りすぎて呆れを覚えてしまった。
まあ勇者カードの材質的に、よれたり割れたりはしないだろうし、実害はないからいいかとは思うが。
にしても、認定勇者レベルを見たらビビッてくれるかと思ったが、見もしやがらねぇし。
ったく、しょうがねぇなぁ──
と、俺がある程度の武力解決を覚悟した、そのときだった。
プチンッと、どこかで何かがブチギレた音がした。
俺のすぐ横だ。
見ると、我が可愛い教え子の一人イリスが、その長い金髪を闘気によって修羅のように逆立たせていた。
「お前……今、何をした……!? ──先生を、踏みにじったなあっ!」
──ゴォオオオオオッ!
闘気を全開で噴き上がらせるイリス。
……おや?




