第94話
「どう、どう、落ち着け。俺たちは犯罪者じゃない。どちらかというと勇者だ」
「ゆ、勇者……?」
リオに肩車をされた少女は、ごくりと唾を飲む。
「な、なんでっすか……? なんで勇者がうちのところに……うちを退治しにきたっすか……?」
怯えた様子でそう返してくる少女。
待て待て、なぜそうなる。
俺は苦笑しながら、少女に返事をする。
「だから落ち着けって。なんで勇者が一般市民を退治するんだ。勇者が退治するのは魔王とか、人々を苦しめるモンスターとかだよ。俺たちはただの通りすがりの勇者。キミがアイドルのライブを見たそうにしていたから、こいつらがおせっかいを焼いたんだよ」
俺のその言葉に、少女は「そ、そうっすか……」と言って胸をなでおろし、それからこう返してきた。
「アイドル、大好きっす。すごく憧れるっす。うちもあんな風になれたらなって、叶わない願いを持ってしまうぐらいに……」
と、憧憬の火が灯った目で言ってから、少女ははたと気付いた様子でぶんぶんと首を横に振る。
「って、な、なんでもないっす! 今のは聞かなかったことにしてほしいっす! あははっ、初めて会ったイケメンのお兄さんに、何言ってるんすかねうち。バカだなー」
そう言って、笑ってごまかそうとする少女。
アイドルが大好きで、アイドルになりたい、か……。
はぐらかしはしたが、それがこの子の本心ではあるんだろうな。
だが叶わない願いと本人は言うが、彼女の容姿や愛らしさを見れば、見込みはありそうにも思える。
ショートカットで外跳ね気味の栗色の髪と、ぱっちりとした同色の瞳。
年齢はおそらくリオたちと同じぐらい──十四歳か十五歳か、そのあたりだろう。
顔立ちは整っていて、美少女と評価していい部類に入ると思う。
背丈は低いが、メイファと違って出るところはしっかり出ている。
一言で言って、リスみたいなちまっこい可愛らしさだ。
喋り方が三下っぽいのは少し気になるが、いまどきのアイドルは個性が必要だとも聞くし、ありの範囲内ではないだろうか。
あまり無責任なことも言えないが──
「いや、俺はキミのこと、可愛いと思うぞ。最初からあきらめないで、挑戦してみるのも悪くないと思うけどな」
俺がそう伝えると、少女はボッと顔を赤くした。
「な、な、なに言ってるっすか……! ……あんまり、からかわないでほしいっす」
少女は照れた仕草を見せ、自分の髪を指先でくるくると弄る。
うむ、うちの子たちほどではないにせよ、やはりなかなかに可愛いな。
しかし一方では、うちの三人娘が一斉に、俺にジト目を向けてきた。
「出た、兄ちゃんの天然女たらし」
「先生のこういうところだよね……」
「……でも、お兄さんがお兄さんである以上は防げない、災害のようなもの。……はぁ。……ボクたちは、あきらめるしかないんだよ」
メイファに至っては、やれやれと肩をすくめてみせてきた。
くっ、こいつら……。
「あのなぁ……。女たらしって、そういう話じゃないだろ。今の話の文脈で分かるだろ」
「「「そーですね」」」
聞いちゃくれねぇし……。
そろそろ反抗期ですかねこいつら。
一方、それを見ていた少女は俺たちの様子にクスッと笑いつつ、次にははにかみながら言う。
「可愛いって言ってくれたのは嬉しいっす。ありがとうっす。……でも、うちはダメなんすよ。うちは、あんなキラキラしたところには、立っちゃいけないんす。──あの、リオちゃん、下ろしてもらってもいいっすか?」
「あ、ああ」
リオが腰を下ろすと、少女はぴょこんと飛び降りた。
そしてまた、淡い笑顔で言ってくる。
「うちはウルっていうっす。今日はいい夢を見れたっす。ありがとうっす。もう会うこともないと思うけど、みんなのくれた温かさは、うちの胸にしっかりと刻まれたっす。それじゃ──」
そう言って、少女は立ち去っていこうとした。
だが、そのときだ。
「──フォオオオオオオオッ!」
近くから、妙に甲高い男の声が聞こえてきた。
なんだなんだ。
周囲を見回してみると、声の主を見つけた。
白髪で赤いサングラスをした謎の男が、白鳥のポーズを取ってこちらを見ていた。
……なんだ、ただの変人か。
だがその変人は、つかつかと俺たちのほうへ歩み寄ってくる。
「フォオオオーッ! ユーたち四人は、ミーのメガネに適った! エ~クセレントッ! 実に可憐だ! ユーたちこそ、まさにミーが求める次世代のアイドルグループにベストマッチッ!」
変人はいちいち謎のポーズを取りながら、リオたち四人を褒めちぎった。
……ていうか、待って、何なのこの人。
唐突過ぎてテンションについていけないんだけど。
リオたち四人もあまりの事態に怯えている、というかドン引きしているようだった。
ちなみに「リオたち四人」というのには、俺は含まれていない。
リオ、イリス、メイファ──そして、くだんの三下っぽい喋り方の少女ウルの四人だ。
つまりこの変人の人は、ウルを含めた四人を指して、アイドルグループにベストマッチだとか何とか言ったわけである。
さらに変人さんは、荷物から薄い冊子を取り出して、それを俺に渡してきた。
「ユーはこちらのお嬢様がたの兄上かな? まあそこはどうでもいい。ユーはこれを、この子たちの保護者に渡してほしい。ライブは今度の満月の夜だ。この子たちの未来がかかっているんだ、しっかり頼むよ」
そう言って変人さんは、俺の肩をポンポンと叩くと、そのままどこかへ行ってしまった。
嵐が去った。
ぽかーんとするのは、俺とウルを含めた五人だ。
「えっと……兄ちゃん、今の人、何……?」
「いや、俺も分からん……」
「先生、受け取ったその冊子は──」
「……アイドルライブへの、参加要項って書いてある」
「ちょっ、マジっすか!?」
一度は立ち去ろうとしていたウルが再び寄ってきて、俺が受け取った小冊子を食い入るように見てくる。
「えっと……見るか?」
俺がそう聞くと、ウルはこくこくとうなずく。
そして俺が冊子を渡すと、猛烈な勢いでそれをめくり、中を見ていった。
そんなウルはやがて、冊子の裏表紙を見つめて動きを止める。
少女の手が、わなわなと震えた。
「このパンフレット、フォールマン・エンターテイメントのものっす……! じゃ、じゃあ、今の人──あれが伝説のアイドルスカウトマン、フォード・フォールマンっすか!?」
ウルは周囲を慌て見回すが、変人さんはどこかに消え去ってしまっていた。
「えっと……フォード・フォールマン? あの人って、有名なの?」
俺がウルにそう聞くと、少女は血相を変え、信じらないという顔をした。
「はぁっ、知らないんすか!? かーっ、ありえないっす! これだからパンピーは! 伝説のアイドルスカウトマン、フォード・フォールマンを知らないなんて、さすがにちょっとどうかと思うっすよ! 数々のトップアイドルを見出したと言われている知る人ぞ知るアイドル業界の第一人者っすよ!? あー、でも、パンピーだとそういうこと知らなくても、暮らしていけちゃうのかなぁ。情報格差を感じるっすねぇ」
「…………」
いや、知らんがな。
ていうかこの子、自分の得意分野の話になったら突然上から目線で語りだしたぞ。
──が、まあ、ウルの反応はいいとして。
あの変人さんがアイドルスカウトの人だとすると、リオ、イリス、メイファ、それにウルの四人をアイドルグループとしてスカウトしていったことになる。
連絡先は──冊子に書いてあるか。
俺はウルから冊子を返してもらい、ペラペラとめくっていく。
「でも、どうしよう……うちの人生で、こんなチャンスは二度と来ないっす……。でも、でも……」
一方でウルはそんなことをつぶやきながら、葛藤をしているようだった。
まあ憧れていた夢へと繋がる切符が突然目の前に現れたというのがウルの状況なのだろうから、喉から手が出るほどほしいというのも無理もない。
ただ問題は、リオ、イリス、メイファの三人も含めたユニットで勧誘していったということなんだよな。
手元の冊子を読んでいくと、どうやら次の満月の夜にこの中央広場で素人アイドルグループを集めた公開ライブイベントを行う予定らしい。
その参加者たちの中から次代のプロアイドルを発掘しようという企画のようだ。
ていうかこれ、完全な素人も混じるイベントだよな……。
その素人たちに、大勢の観衆の前で歌って踊らせる?
めちゃくちゃアグレッシブな企画だな。
それに参加する度胸や、人前でつたない演技を披露する胆力も見ようって腹だろうか。
さて、どうしたものか。
少なくともリオたちには、本格的にアイドル活動をやるような暇はないと思うが──
「リオ、イリス、メイファ……どうする? イベントに出てみるだけなら、お前たちにとっても良い経験にはなると思うし、審査の成績優秀者には賞金も出るみたいだが」
一応、本人たちの希望を聞いてみる。
ちなみに賞金はまあまあ結構な金額で、好成績を取れば三人の武具購入予算にも貢献するだろう。
リオ、イリス、メイファの三人は、顔を見合わせる。
次いでウルのほうを見てから、互いにうなずいた。
「兄ちゃん、オレ、やってみたい。それにオレたちがやらないと、ウルのチャンスもなくなっちまうんだろ? なんかそれ……オレたちにとっても、心残りになりそうだし」
「私もです、先生。……大勢の人にじろじろ見られるのは、ちょっと恥ずかしいけど……でも私、勇者としての心の修行になると思って、頑張ります!」
「……賞金が出るなら、ボクもやぶさかではない。……見事優勝した暁には、豪華スイーツを堪能したい」
一方でそれを聞いていたウルは、手をぶんぶんと振って大慌てだ。
「そ、そんな……! 悪いっすよ! さっき会ったばっかりのうちのために、そこまでしてくれるなんて……!」
だがリオを筆頭として、そんなウルに絡んでいく。
「いいっていいって。こういう人助けもまた、勇者精神ってわけよ。な、イリス?」
「ねー。私たち、人助けが趣味みたいなものだから、気にしないでよ。メイファもそうだよね?」
「……別にボクは、そういうわけじゃ。……ボクは賞金に釣られただけで、二人みたいにお人好しじゃない……って、お兄さん! 何をニヤニヤして、ボクのほうを見て……!」
「いやぁ、別にぃ?」
あー、可愛い。
うちの子たち、マジ天使。
だがウルは、それでもまたうつむいてしまう。
「でも……やっぱりダメっす。満月の夜だけは、うち……ご、ごめんなさいっす!」
そしてウルは、リオたちを振り切って駆けていき、そのまま走り去ってしまった。
その場に取り残されたのは、俺たち四人。
「えーっ、なんだよあいつ。意気地がねぇな」
リオがそう言って口を尖らせる。
ウルがアイドルライブに出るのに、怖気づいたと思ったのだろう。
しかし俺は、ウルが最後に言い放った「満月の夜だけは」という言葉が、妙に頭に引っ掛かっていた。
怖気づいたというだけではなく、何かほかに事情がありそうだ。
だがいずれにせよ、一番の希望者本人が逃げてしまうのであれば、俺たちがそれ以上踏み込むべきでもないだろう。
本人の意志がないものを無理にやらせるのは、善意の押し売りでしかない。
「ま、それならそれでいいさ。じゃ、あらためて宿でも探すか」
「「「はぁーい」」」
そうして俺たちは、中央広場をあとにする。
また夜のラヴィルトンの街のメインストリートを歩きはじめたのだが──
「──キャアアアアアアッ!」
そんなときどこかから、絹を裂くような女性の声が聞こえてきたのである。




