第93話
ガルドン武具店を出ると、俺は三人の教え子たちを連れて、夜のラヴィルトンの街のメインストリートを歩いていく。
ネオンライトで照らされている街は、夜だというのに明るい。
通りも依然として人々でごった返していて、街の盛況はまだまだ終わりそうにない。
そんな中で俺は、宿を探して歩きながら、武具の購入に関して考えていた。
「うーん……性能を選ぶか、ビジュアルを選ぶか……。何より予算がもっとほしいんだよなぁ……」
腕を組んで考え込む。
何を買うにせよ、まずは予算の問題だ。
ヴァンパイアロード退治に参加した報酬で相当な大金を受け取ったわけだが、それでも高品質の武具を三人分揃えるとなると少し心許ない懐具合であることがはっきりしてきた。
だがせっかくラヴィルトンまで来たのだから、後悔のない買い物をして帰りたい。
となると、この街で少し稼ぐというのも手ではあるか。
この街の勇者ギルドで、わりのいい魔王情報やクエストを探してみるのも悪くないかもしれない。
──と、俺がそんなことを考えていると。
行く手の先から、何やら大きな歓声が聞こえてきた。
何だろうと見てみると、街の中央広場に大きな人だかりができているようだった。
ライトアップも派手で、何かイベントをやっているらしい。
歓声をあげる人々の声とは別に、拡声魔法器で拡大された可愛らしい女の子の声も聞こえてくる。
『みんなーっ、ありがと~!』
そんな声のあとに、観衆の大歓声。
光魔法が内蔵されたペンライトを振って、広場に集まった群衆が熱狂的に声をあげていた。
あー、あれは、あれか。
屋外ライブってやつだな。
と、リオが俺の服の裾をくいくいと引っ張ってくる。
「なあ兄ちゃん、あそこの人だかり、何やってんの? すっげぇ盛り上がってるみたいだけど」
リオが聞いてくるので、俺はその頭に手を置いて答える。
「あれは舞台アイドルの夜間公演だな。確かにすごい人気だ。──リオ、イリス、メイファ。三人とも、ちょっと見ていくか?」
俺がそう聞くと、三人ともこくこくとうなずく。
純粋に、見たことのないものへの興味なんだろう。
そんなわけで俺は、三人を連れてそのまま街の中央広場へと向かった。
近くまで来てみると、中央広場はやはりすごい人だかりだった。
特設されたステージを囲む人々は、立ち見だというのに、みんな夢中になって舞台に目を向けている。
新規ファンを獲得するための無料公開イベントなのだろう。
特にチケットなどは必要なく、観客に混ざることができた。
ライブは次の曲が開始されていて、ステージの上では五人のアイドル少女たちがダンスと歌を披露している。
確かに可愛らしい。
可憐な衣装に身を包んだ少女たちが輝くような笑顔で歌って踊っている姿を見ると、彼女らが多くの人々を魅了してやまないのも無理はないと感じる。
しかし──俺は思う。
あれならうちの三人のほうが可愛いのではないか。
リオ、イリス、メイファの三人が、専用の衣装でドレスアップした上であのステージに立てば──
そこまで考えて、俺は首を横に振る。
いやいや、何を考えているんだ。
さっきリゼル武具店で、アイドル活動なんてやっている暇はないと自分で断ったばかりじゃないか。
それにアイドル業界というのが、そんなに容易い世界でないのも分かっている。
あのステージに立っているアイドルたちの歌もダンスも笑顔も、それに何よりファンの支持も。
それらは彼女らがたゆまぬ努力と苦労の末に得たものであって、そんなに簡単なものじゃないはずだ。
……でもなー。
それでも親心というか、うちの子たちならイケるんじゃないかみたいな、そんな錯覚をしてしまう。
これは親バカと言われても何も言い訳ができない気がしてきた。
いや、そもそも俺はこの三人の親ではないので、教師バカか……?
ちなみに、当のリオ、イリス、メイファの三人はというと、「人だかり」という強敵を相手に苦戦していた。
俺たちがいるのは、ステージを取り囲んだ人垣の一番外側だ。
リオたちの前にはアイドルに熱狂する大の大人たちがわっさわっさいるので、三人の身長ではステージを見るのに苦労しているようだった。
それでもリオとイリスは、背伸びをすればどうにか見えるようだ。
しかし背の低いメイファはというと、さっきからぴょんぴょんとジャンプをしては満足に見ることができず、悔しそうにしていた。
ていうかメイファ、ちょっと涙目になってる。
普段は生意気可愛いのだが、こういう姿もまた可愛くて、本人には悪いがついニヤニヤしてしまう。
「……お、お兄さん! ……ボクは、この世の中に不公平を感じる……! ……背の低い人に人権が認められないのは、おかしい!」
メイファが舞台のほうを指さし、俺に向かって涙目で訴えかけてくる。
メイファの切実な訴えは、なんかこう、いろいろとねじ曲がっていた。
まったく、しょうがないな。
「わかったわかった。ほれ、肩車してやるから乗れ」
俺がそう言ってしゃがみ、メイファに背中を見せてやる。
するとメイファは、この世に希望はあったのだというように目をまん丸くした。
「……お兄さん。……ボクは今、はっきりと分かった。ボクはお兄さんのことが好き」
「そりゃどうも、光栄ですお姫様」
「……うむ、苦しゅうない」
メイファが俺の肩に座ったのを確認し、俺は立ち上がる。
両腕で抱えるようにメイファの足を支えてやると、ステージのほうを向いた。
「……おーっ……!」
ステージのほうを見たメイファが、感嘆の声をあげる。
姿勢的にメイファの顔は見えないが、この声色からして目をキラキラと輝かせている姿が容易に想像できた。
一方で、その俺とメイファの様子を見て、ぎょっとした顔を見せたのがリオとイリスだ。
何やら口をパクパクとさせて、メイファを肩車した俺のほうを見ている。
「あ、あの、先生……? それに、メイファも……それ、ありなの……?」
イリスが頬を染めながらそんなことを聞いてくる。
んん……?
「ありって、何がありなんだ?」
「……? ……イリスが何を言いたいのか、よく分からない」
俺とメイファが揃ってそう返すと、イリスは顔を真っ赤にしてうつむいて「い、いえ……いいです」と答えた。
そしてイリスはリオと二人で、「ねぇリオ、あれ絶対おかしいよね? 私たち、そんな歳じゃないよね? だってあれじゃあ……」「うん、おかしい。兄ちゃんはともかく、メイファの真意が見えねぇ」などと言い合っていた。
と、そのときである。
「……んんっ!?」
メイファが俺の頭上で突然もぞっと動き、何かに気付いたかのようなすっとんきょうな声をあげた。
それからメイファは、俺の頭に両手をついて、慌てた声でこう言ってきた。
「……お、お兄さん! ……ボクは、もう大丈夫だから、下ろしてほしい!」
「ん、そうか? まだそんなちゃんと見れてないだろ」
「……いいから、下ろして! ……お、お兄さんも、天然でそういうのは、どうかと思う! お兄さんは、そのときどきでテンションが違いすぎる! こっちはお兄さんの雰囲気に引っ張られるんだから、ちょっとは考えてほしい!」
「だから何がだよ。まあメイファがいいならいいけどさ」
俺は再びしゃがんで、メイファを下ろしてやる。
メイファはすぐさま俺の肩から下りると、慌てた様子でリオとイリスに何やら弁明らしきことを言い始めた。
「……ち、違う。……今のは、本当に、意識してなかった。……そういうんじゃ、ない」
「ふーん」
「ふーん」
リオとイリスが、冷たいジト目でメイファのほうを見ていた。
いや、本当こいつら何の話をしているんだ。
抽象語を使わないで喋ってほしい。
ともあれアイドルライブの様子は、三人ともなんとなく見られたようだ。
旅行地の観光としては、期せずして良い場面に出会えた感じだな。
じゃあ行くか──と、俺は三人に声をかけようとしたのだが、
「……あっ……」
メイファが何かに気が付いたようで、ある方向を見ていた。
俺はつられてそっちを見る。
そこでは見知らぬ一人の少女──メイファのように背が低い──が、人垣の後ろでぴょんぴょんとジャンプをして、懸命にステージの様子を見ようとしていた。
それはまるで、先のメイファの仕草の再現のようだ。
しかし彼女には肩車をしてくれる大人の連れなどはいないようで、周囲の人々や通行人も、そんな少女のことは気にも留めない。
やがて少女は、人垣の後ろでしゅんとしてうなだれてしまう。
あー……。
なんか俺、ああいう子供を見ていると放っておけないんだよな。
俺はメイファの頭にポンポンと手を置いて言う。
「人権なら、みんなに保障されないとな」
俺はそう言って、少女に近付いていこうとするが──
──バババッ!
リオ、イリス、メイファの三人が、慌てて俺の前に立ちふさがった。
「に、兄ちゃんはいいよ! オレたちがやるから!」
「先生は、アイドルのライブをゆっくりご覧になっていてください!」
「……フーッ、フーッ! ……あの子の人権は、ボクたちが保障するから、大丈夫。……お兄さんは、下がってて」
何だか分からんが全力で止められた。
「いやでも、お前たちよりも俺のほうが背丈あるし、俺が肩車したほうが──」
「「「いいから!」」」
三人から一斉に叱られたみたいになった。
なんだこれ、解せぬ。
ともあれ教え子たちによると、俺はお呼びでないらしい。
まあそう言うなら、三人に任せるか。
そしてリオ、イリス、メイファの三人は、当の少女がしょげているところに話しかけに行った。
リオが少女の肩を叩いて、振り向いた少女に向かって何かを言うと、頬を赤くした少女が慌てたようにぶんぶんと首を横に振る。
少女はあわわあわわとし、そのうちに逃げ出そうとするが、その逃げ道をイリスとメイファがふさいでしまう。
次いでリオが、いいじゃんよ~という様子で少女の肩を抱きにかかる。
……なんかもうあれ、タチの悪いナンパか何かに見えるんだが。
いいんだろうか。
そしてリオは、いつまでも遠慮している様子の少女を半ば強引に肩車し、立ち上がった。
少女は慌てて暴れるが、そこは勇者として強靭な足腰とパワーを持つリオのこと、びくともしない。
やがて観念した様子の少女。
アイドルがライブをしているステージのほうへと目を向けて──
「うわあっ……!」
その瞳が、一気に輝いた。
食い入るようにして、ステージにのめりこみ始める。
その様子を見て、リオ、イリス、メイファの三人がにひっと笑う。
三人とも、とても嬉しそうだ。
それを見ていた俺も、微笑ましい気持ちになる。
あいつらもやっぱり、根っからの勇者だよなぁ。
俺はそこに歩み寄っていって、リオに肩車されている少女に声をかけた。
「キミ、アイドルが好きなのか?」
俺がそう声をかけると、少女はびくっと震えた。
そしてまた、あわわあわわと慌てはじめる。
「うちなんかにすっごい美少女たちが話しかけてきたとと思ったら、今度はイケメンのお兄さんっすか!? うち何の犯罪に巻き込まれてるんすか!? 逆美人局っすか!? うちそんなにお金持ってないっす! 売られるっすか!?」
少女はなんか、めちゃくちゃ慌てていた。




