第88話
第3部、ざっくりとプロットができたので開始します。
週二回更新(月曜日と木曜日)になると思います。
今から数年ほど前のことだ。
とある村に、一人の幼い少女が母親とともに暮らしていた。
少女は母親から強く言われていたことがある。
それは「満月の夜には、決して家の外に出てはならない」ということ。
しかしある日少女は、その言いつけを破ってしまった。
「大丈夫だって」と言う友達の少年に連れられて、少女は満月の夜に家の外に出た。
少女は生まれて初めて綺麗な満月を見て──そして惨劇が起こった。
気付いたときには、少女を連れ出した少年が、血まみれで地面に倒れていた。
少女の口の周りや手の爪には、真っ赤な血がべっとりと付いていた。
悲鳴を聞いた大人たちがすぐに駆けつけ、少年は一命をとりとめた。
だが母親が抱きしめて庇う中、少女にはたくさんの罵声と石が投げつけられた。
少女の友達だった子供たちも、「バケモノ」「モンスター」と言って、少女に憎悪と恐怖の感情をぶつけた。
母親は少女を抱いて、逃げるようにして村を出た。
やがて人里離れた山奥の一軒家──打ち捨てられたボロボロの山小屋──にたどり着くと、二人はそこで暮らすようになる。
少女は母親から、少女が生まれつき持った「呪い」のことを聞かされた。
それは獣化の呪い。
少女の父親は狼人間であり、少女自身もまたその血と呪いを受け継いでいるのだと。
獣化の呪いをその身に宿した少女は、満月の光を浴びると理性を失い、暴力と殺戮の衝動に身を任せる怪物になってしまう。
そのことを知った少女は、孤独になった。
友達と遊びたい盛りの子供が、母親以外の人間とは関わらなくなった。
数年後、母親が病で命を落とし、街に出てパン屋で働かせてもらうようになってからも、必要以上に人と関わろうとはしなかった。
自分は怪物だから。
人間の世界で友達を作ってはいけない。
幼い頃には明るく人懐っこかった少女の面影は、今の彼女にはない。
日陰に隠れて孤独に暮らす、一人ぼっちの少女。
でもそんな少女の内側には、徐々に憧れが生まれていった。
いつかこんな自分も、日の目を浴びる場所で、みんなに見てもらえる存在になれたらいいのにな……。
それは抱いてはいけない望みと知りつつも、その想いは日々強くなって──
ある日、少女は出会う。
一人の青年と、彼が連れた三人の少女たちに。
その出会いが、少女の運命を大きく変えることとなる。
***
やあこんにちは。
リット村勇者学院の教師、ブレットだ。
現在うちには、かわいい飼い猫が三匹──じゃなかった、かわいい教え子の勇者が三人いる。
剣の天才にしてボーイッシュな少女、リオ。
回復と補助の魔法が得意で、天使のように愛らしい少女、イリス。
攻撃魔法の才能に関しては右に出る者のない、いたずらっ子の少女、メイファ。
あとオマケで、世界でも上位の実力を持つ女性魔王ハンターのセシリアっていう人が、ひょんなことから家政婦として一緒に暮らしていたりもするが──まあそれはいいとして。
そんな俺の現在の関心事は、お金の問題だ。
と言っても、お金が足りないというわけじゃない。
逆にお金がたっぷりと手に入ったので、それをどう使うかという関心事だった。
先日ヴァンパイアロードの退治にかかわった俺たちは、勇者ギルドからたんまりと報酬を受け取っていた。
俺は現在、これの効果的な使い道についていろいろと考えているところだ。
まず決定事項としては、困ったときのための保険として、魔力回復のポーションを何本か仕入れておくこと。
これは前回のクエストで教訓として学んだことだ。
次に、教え子たちにそれぞれ通話魔法具を買い与えてやること。
通話魔法具は普通、子供に一台ずつ持たせるようなものでもないだが、マジックアイテムの中では比較的安価かつ社会に広く普及している便利道具のひとつであり、プロの魔王ハンターにとっては必需品と言える。
だがここまでの購入を考えても、受け取った報酬の八割以上、ひょっとすると九割が残る。
そしてうちの教え子たちも、いい加減に一人前──いや、一人前を遥かに上回る実力を持った勇者たちである。
だというのに、装備がずっとしょぼいままなのが気になってはいたのだ。
三人が現在扱っている武器は、俺が三人に初めて会ったときに買い与えた最低限の一般武器である。
まともな防具らしきものも身につけておらず、装備しているのはちょっと丈夫な衣服程度のもの。
つまり、実力に装備が見合っていないというのが現状だ。
ヴァンパイアロードのようなSランクの魔王に出会うことはそうそうないだろうが、いつなんどき強敵に出遭うか知れたものではないのだから、余裕があるなら装備は強化しておくに越したことはない。
実力のある魔王ハンターは、普段の活動で得た報酬を使って高価で強力なマジックアイテムの武器防具を購入し、それを自分専用の武具としていることが多い。
俺が普段使っている剣もそれなりの魔力を帯びた高級品だし、セシリアの鎧や盾、剣も高価な魔法金属をふんだんに使った一級品だ。
というわけで──
ある日の朝、勇者学院の教師用に与えられた俺たちの住居でのこと。
セシリアが作ってくれた美味な朝食を堪能した後に、俺は三人の教え子たちに向かってこう伝えた。
「そんなわけで──リオ、イリス、メイファ。これからお前たち専用の武器防具を調達しにいこうと思う」
「「「やったー!」」」
俺の言葉を聞いて、三人の教え子たちは歓声をあげた。
「兄ちゃんが買ってくれたショートソードも、最近刃こぼれとかひどくなってきてたしな。新しいの欲しいなって思ってたんだ」
「新しい武器と防具……可愛いのがあるといいな」
「……お兄さん、ボクは格好いい装備がいい。……見ただけで、敵が震え上がるような」
リオ、イリス、メイファが口々に言う。
みんな楽しみそうな様子だ。
「いや、メイファの見た目で敵を震え上がらせるのは無理があると思うが……セシリアさん、こいつらの武器防具を買うんだったら、やっぱり職人都市ラヴィルトンに行くべきですかね?」
俺がそう先輩魔王ハンターに聞くと、エプロン姿であと片付けをしていたセシリアが、台所から声だけで答えてくる。
「そうだろうね。三人分を買うんだったら、芸術の都ラヴィルトンに直接出向くのがいいと思うよ。一番品揃えがいいし、流通の起点だからモノも比較的安価だしね」
「ですよね。じゃあ俺たちは出掛けるんで、セシリアさんはしばらく家事はお休みということで。適当に羽を伸ばしていいですよ」
「そうか……しばらくみんなのお世話をできないのは残念だけど、ご主人様の命令とあらば仕方ないね。でも私はこの家を守っているから、用事を終えたらいつでも戻ってきてくれ」
そう言ってセシリアは、ふんふんふーんと鼻歌を歌いながら教え子たちの部屋の布団を干しにかかっていた。
……なんかこの人もう、家政婦業が板についてきてるな。
自分で仕掛けたことながら、世界でも有数の実力を持った勇者の姿とはとても思えない。
あといつの間にか、俺が「ご主人様」扱いになっていた。
今のセシリア、俺が望んだら何でもやりそうな気がして怖いのだが……まあ、それはさておき。
「じゃ、ちょちょっと行ってくるか。三人とも、旅の準備を始めてくれ」
「「「はーい」」」
そうして俺と三人の教え子たちは、職人都市、あるいは芸術の都と呼ばれる都市ラヴィルトンへと向かって旅立った。
それから、馬車に揺られること一週間ほど。
俺たちが目的地である都市ラヴィルトンへと到着したのは、もう夕刻を過ぎ、世界が夜闇に覆われ始めたぐらいの時刻だった。
都市の入り口の門の前で入市のためのチェックを待っていたとき、リオが俺の服の裾をくいくいと引っ張って、空を指さしてみせてくる。
「なぁなぁ兄ちゃん」
「ん……どうした、リオ?」
「ほらあれ、月。もうすぐ満月じゃねぇ?」
「お、ホントだな」
リオが指さした先の夜空を見ると、あと数日で満月に至ろうという金色の月が、煌々と輝いていた。
──だが、このときの俺は知らなかった。
リオが指さして見せてきたあの月が、これから俺たちが遭遇する出来事に、大きく関わることになろうとは……。
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