第87話(第2部エピローグ)
ヴァンパイア=セシリアを倒した俺たちは、彼女が守っていた部屋の奥の扉を開いた。
そこは宝物室のようで、いくらかの宝物とともに、二つの棺桶が安置されていた。
その二つがセシリアとヴァンパイアロードの棺桶であろうと判断した俺は、それらを前の部屋まで引っ張り出し、その中の不浄なる土を、降り注ぐ日光にさらして浄化した。
しかる後、俺たちはヴァンパイアロードがいた謁見の間へと向かう。
謁見の間の入り口をくぐると、その先にあった光景は──
部屋の一角の壁が大きく崩れ、外から燦々と太陽の光が降り注いでいるという、どこかで見たような景色だった。
そして“魔帝”マヌエルと“武神”オズワルドはまったく元気に健在で、その前にはヴァンパイアロードのなれの果てと思われる灰の山があった。
よく考えてみれば、そりゃそうだよなという結果である。
城の壁はうちの教え子たちでも壊せるのだから、この怪物的な力を持った勇者たちに壊せない道理はない。
俺がマヌエルの爺さんに「担ぎましたね?」と聞くと、「何の話かよぅ分からんのぅ」としらばっくれられた。
まったく、食えない爺さんである。
いずれにせよ、かくしてヴァンパイアロードは退治され、事件は解決を見たわけだ。
俺たちは村に戻って村長に事後報告をし、さらにその後、リンドバーグの街へと戻って勇者ギルドにクエスト達成の報告をした。
その頃には、俺が背負って帰ってきたセシリアも人間の勇者として目を覚ましていて、方々にごめんなさいごめんなさいと泣きそうな顔で頭を下げていた。
“魔帝”マヌエルと“武神”オズワルドの二人とは、リンドバーグの街で別れた。
その際、彼らとは魔導通話具のアドレスを交換することができた。
有名人ゆえにアドレスを教えると面倒事が多いのでアドレス交換は控えめにしているらしいが、どうも俺たちは彼らの眼鏡に適ったらしい。
俺としてはちょっとしたミーハー気分であったが、教え子たちは大したこととは思っていないというか、普通に友達気分という様子だった。
特にリオとメイファに関してはそうで、またマヌエルの爺さんも二人を気に入ったようであり、俺は教え子たちを見て、こいつら得な性格してるよなぁと思ったものだ。
なお俺はというと、なぜだか分からないが、“武神”オズワルドのほうにだいぶ気に入られた感じだ。
オズワルドが「強くなりたいか」と聞いてきたので、「そうですね。今はその気持ちが強いです」と答えると、「分かった。考えておく」と言って立ち去っていった。
ひとり絡みの薄かったイリスはというと、「別に問題ないです。私は先生一筋ですから」などと言って天使の笑顔を向けてきたので、俺はあまりの愛おしさにイリスを勇者ギルドで思いきり抱きしめてしまって奇異な目で見られた。
ギルドの職員さんたちが「えっと……今更だけど、あれは通報したほうがいいのかしら」「ううん、あれはあれでいいのよ。……じゅるり」などと話していた気もするが、きっと気にしてはいけない。
あとリオとメイファも、「待ってよ! それならオレだって兄ちゃん一筋だし!」「……まるでボクたちが浮気をしているような言い方は、良くない。……イリスには謝罪と賠償を要求する」などと言いだして騒がしくなったが、それも気にしないでおこう。
さておき、そんなこんなしながら二人の最強クラス勇者と別れた俺たちは、五人でリット村へと帰還した。
そう、「五人」である。
その五人目──そわそわと所在なげにしていたセシリアに関しては、半ば引きずるようにして俺たちの家までお持ち帰りした。
そして家につくと、居間のテーブルをどけて、床のど真ん中にセシリアを座らせたのである。
***
俺は神妙な態度で床に正座したセシリアの前に、リオ、イリス、メイファの三人を引き連れて立つ。
「さて、セシリアさん。俺たちに何か言うことはあります?」
俺がセシリアにそう聞くと、女勇者は流れるような動作で深々と土下座をしてきた。
「す、すみませんでしたあっ! ブレットくんリオちゃんイリスちゃんメイファちゃんの四人にはもう一生頭が上がりません! 本当にごめんなさいでしたっ!」
ヴァンパイアだったときの記憶は、セシリアの場合はどうも、綺麗に残っているらしい。
そしてヴァンパイア状態で俺たちにぶつけた言葉も、人間時代から持っていた本音がだいぶ入り混じっていたとのこと。
ヴァンパイアになって歪んでいたとはいえ、本人の中では本来の自分自身とかなり一体感のある言動だったらしい。
なのでセシリアはそれを自分自身の罪と感じてしまっているようで……まあ一度、心中を吐き出させる必要はあるだろうなと思っていた。
この人、俺よりだいぶ年上だしレベルも上なのだけど、メンタルが弱々なことが最近分かってしまったからな……。
そのわりに変に真面目で自罰的なところあるし、放っておくと今回の件に関する罪の意識で潰れかねない。
せっかく助けたのに、自責の念に潰されてうっかり自害などされては元も子もない。
なので彼女の気を楽にするためにも、適度に罰を与えてやったほうがいいんだろうなと思っていた。
適切な罰を与えられることにより、罪を清算した気持ちになれるだろうという寸法だ。
というわけで俺は、意図して高圧的にセシリアにあたる。
「ふぅん。セシリアさんはそうやって土下座して謝れば、今回の件が全部チャラになると、そう思ってるわけですか」
「はわっ……! め、めめめめ滅相もありません! そんなことは、決して……!」
「誠意が感じられないんですよね誠意が。どう償ってくれるのかなぁ」
「うぅっ……その……あの……死んで詫びます……」
「はぁあ? それじゃあ俺たちがセシリアさんを救いに行った意味がないですよね? 自分を罰しようとするんじゃなくて、ちったあ俺たちの気持ちも考えてくださいよ」
「ひぐぅっ……! じゃ、じゃあブレットくんの性奴隷に……」
「あ、いや、そういうのもやめてください」
突然セシリアがアレな事を言い出すもんだから、つい素に戻ってしまった。
当たり前になんつーことを言い出すのか……。
「……ていうか、子供たちの前でそういう言葉をナチュラルに使うのもやめてください。教育に悪いです」
「す、すみません、すみませんっ! 人としてダメな私ですみません!」
平謝りのセシリア。
だが居心地が悪いのは俺のほうだ。
「「「じぃー」」」
俺を見つめてくる教え子たちの目が痛い。
いや、別に俺がセシリアさんをホニャララ奴隷にしたいとか言ったわけじゃないからね?
俺は悪くない、俺のせいじゃないぞ。
ちなみにだが、俺がセシリアに理不尽なことを言っているのは、わざとだ。
我ながら「じゃあどうしろと?」と言いたくなることを言っている自覚はある。
そこに追い込んでおいて──
「じゃあセシリアさん、こうしましょう。今日から一年間うちで働いてください。炊事洗濯掃除風呂焚きその他もろもろ、俺たちのために馬車馬のように働いてもらいます。いいですね?」
俺がそう言うと、平身低頭だったセシリアがきょとんとした様子で俺を見上げてきた。
「へっ……? そ、そんなのでいいの……?」
「──『そんなの』ぉ? ひょっとしてセシリアさん、家事を舐めてんですか? それとも手ぇ抜くつもりなんですかね?」
「いいいいい、いえっ! そんなことは、決して、つゆとも! 誠心誠意完璧に、皆さまのお世話を務めさせていただきます!」
「よろしい。あと寝床はないんで、このリビングで毛布一枚で寝てください。夜中に教え子たちの部屋に一歩でも踏み込んだら、心臓に木の杭叩き込んでぶち殺します」
「ひぃいいいいっ! わ、私もう、ヴァンパイアじゃないんだけど!?」
「ヴァンパイアじゃなくても心臓に杭打ち込まれたら死ぬでしょう?」
「はーい! みんなの部屋にはぜーったい近付きませーん!」
とまあそんなわけで、我が家は超高レベル勇者の家政婦を一人、一年分ゲットしたのである。
一年間も扱き使われれば、本人もそれなりに清算した気分になれるだろう。
……いや、自分で要求しておいてなんだが、世界的リソースのとんでもない無駄遣いをしている気もするのだが。
まあ勇者ギルドには連絡しておいて、人手や高レベル勇者が足りないってことがあれば、俺たち含めて戦力派遣をすればいいだろう。
と、そんな感じで話がまとまったところで、俺は三人の教え子たちにも確認する。
「──っていうことで、お前らもいいか?」
すると三人は、みんなうなずく。
「うん、兄ちゃん♪ やったね、これでしばらく楽ができる~♪」
「はい、私も先生の意見に賛成です。……ふふっ、さすが先生、優しいですね」
「……家事仕事をサボれるのは、とても嬉しい。……お兄さんはいい取り引きをした」
そして、それを聞いたセシリアはというと、しゃがみ込んだままだばだばと涙を流した。
「ううっ、みんな温かいよぅ……。私みたいなクズに……みんなにひどいことをしようとした私に……そのままの私で、普通に生きてていいって……」
「何言ってんだよセシリア姉ちゃん。さっき兄ちゃんも言ってたじゃん。オレたちセシリア姉ちゃんが死んじゃったら嫌だから、頑張って助けたんだぜ。──な、イリス、メイファ?」
「うん。それにせっかく先生が痛い思いをしてまで助けたんですから、無駄にするのは許さないですよ?」
「……ボクたちだって、セシリアお姉さんもつらいのは、分かってる。……よしよし」
そう言ってメイファがセシリアの頭をなでなですると、セシリアはびえーんと大泣きした。
後で聞いたところによると、幸せすぎて自分にはもったいないという、大変にこじらせた理由だったわけだが。
さておき俺は、パンパンと手を叩く。
「じゃあほらセシリアさん、いつまでも泣いてないで、さっそく夕飯の支度するように。さあちゃっちゃと働く!」
「はっ! この不肖セシリア、全力でみんなの夕食を作らせていただきます!」
すぐに泣きやんだセシリアは、敬礼をしてから台所へと向かった。
そうして、セシリアさんが鼻歌交じりに夕食を作ること、しばらく。
「みんなお待たせ~! 料理できたよ~」
セシリアは家にあった有りものの食材を使って、彩りも豊かな見事な夕食をテーブルに並べてみせた。
こんがりと焼いたパンに、シチュー、蒸し野菜に特製ソースをかけたものと、白身魚のバターソテー生野菜サラダ添え、それにベリージャムのヨーグルト。
それを目の当たりにしたリオたちが、キラキラと目を輝かせる。
「すっげー、うまそう! セシリア姉ちゃん、料理もうまいの!?」
「ふっふーん♪ 一ヶ月前は手伝いだけだったけどね。こう見えても、いつお嫁に行っても大丈夫なように料理の腕は磨いてるんだよ」
そして料理が並んだ食卓にみんながついたら、
「「「「「いっただっきまーす!」」」」」
全員で手を合わせて、食事の開始だ。
「はぐはぐっ! ──うっめー! 使ってる食材一緒なのに、こんなに違う!?」
「はむっ……もぐもぐ……。うぅっ……これは強敵かも……。先生の胃袋が掴まれたらヤバい……私ももっと花嫁修行しないと……」
「……むぐむぐ。……そのときはもう、セシリアお姉さんを雇うしかない。……これに勝てる気は、ちょっとしない」
「あはは、気に入ってもらえて良かったよ。……ブレットくんは、どう? おいしい?」
セシリアがどこかそわそわしながらそう聞いてくるので、口の中がいっぱいだった俺は、親指をぐっと立てて美味を表現した。
するとそれを見たセシリアは、とても嬉しそうに微笑んだ。
もともと相当の美人だから、そんな笑顔をされると、年上なのにもうめちゃくちゃに可愛い。
中身残念なのにな……ちょっとドキッとしてしまった。
まったくもう、俺ってやつは。
そして賑やかな食事時も終わり、リオ、イリス、メイファの三人は風呂に入ったり自分たちの寝室に行ったりで、リビングは俺とセシリアの二人だけとなった。
騒がしかったあとの、静かな時間。
セシリアがお茶を淹れてくれて、俺の隣の席に座る。
「ブレットくん……本当に、ありがとう。いくら感謝しても、感謝しきれないよ」
セシリアは真面目なトーンで、そんなことを言ってきた。
これはどうも、俺が敢えて高圧的な態度を取ったことも気付いていそうだな。
だったら──ということで。
俺はふっと笑って、こう答えた。
「なぁに、気にしなくていいですよ。セシリアさんだっていつもやってることじゃないですか。──魔王を倒して誰かを救うのが、俺たち勇者の仕事でしょ?」
「ああ……そうか、そうだね。私たちは、こういう仕事をしていたんだ」
そうして俺とセシリアは二人で笑い、ゆったりとしたお茶の時間を楽しんだのだった。
──そんな風にして、俺たちが遭遇したヴァンパイア事件は、終わりを告げた。
この事件を経てリオ、イリス、メイファの三人──それになぜか俺までもが、勇者としての実力を向上させることに成功した。
やはり勇者というものは、修羅場をくぐり抜けると一回り成長するものらしい。
またヴァンパイアロード退治の報酬もたっぷりと──具体的には片田舎に家が買えてしまうぐらいの金額──を受け取ってホクホク状態だ。
そんな俺たちは、やがて運命に導かれるようにして、次なる事件へと首を突っ込むことになるのだが──
それもまた、別のお話である。
ここまでで第2部が終了になります。
読了お疲れさまでした。
次は第3部となるわけですが、プロット立てるとかほかの作品も考えたいとかでしばらくお休みします。
どのぐらいになるかは未定ですが、遅くとも「この小説は二ヶ月以上更新されていません」の表示が出るより前には再開する予定でおります。
ではでは、第2部もお付き合いいただきまして、ありがとうございました!




