第83話
まあ、俺の身に起こった奇跡のことはさておくとして。
入口ホールでの手荒な歓迎をあしらった俺たちは、そのままヴァンパイアの居城の探索を始めることにした。
なお城館は、三階建てに加えて地下室もあるという構造だ。
今いる一階から、上に行くか、下に行くか。
「はて、どう攻めるべきかのぅ。やはり適当にしらみ潰しにしていくしかないかの」
“魔帝”マヌエルが、白いひげをしごきながらそうつぶやく。
一方で“武神”オズワルドは、それを考えるのは自分の仕事ではないというように静かに腕を組み、目を閉じていた。
それを見て、俺は思った。
……ひょっとするとこの人たち、意外と脳筋なのではないだろうか。
俺がしっかりしないとまずそうな気がしてきたぞ。
「あーっと……セオリーとしてですけど、モンスター学の教科書には『ヴァンパイアは不浄なる土を敷いた自らの棺桶を、地下室や宝物室に安置することが多い』と記述されているので、とりあえず地下は押さえておきたいですかね」
ひとまず勇者学院の教師として、教科書レベルの情報を口にしてみる。
なおヴァンパイアにとって、自分専用の「棺桶」というのはそれすなわち「弱点」でもあるので、最優先で死守しなければならないものだ。
棺桶の中の不浄なる土が浄化されてしまえば、そのヴァンパイアは不死性を失ってしまうからだ。
……とまあ、勇者学院の教師としては常識レベルの話なのだが。
俺がその知識を口に出すと、リオ、イリス、メイファの三人が「「「「おおおーっ!」」」っと感嘆の声をあげた。
さらに“魔帝”マヌエルまでもが「ほう」と声を上げる。
「たいしたもんじゃの小童。そこまでは一流の魔王ハンターでも、そうそう把握しとらんぞ」
“魔帝”マヌエルは俺のことをそう評価した。
“武神”オズワルドもまた、腕を組んだままの姿勢で「有益な情報だ」などとつぶやく。
「え、ええ、まあ。こう見えても、生徒たちに教える側なんで……」
そういえば俺も魔王ハンターをやっていた頃は、実際に戦ったことのあるモンスターのものぐらいしか、きちんとした基礎知識を押さえていなかったかもしれない。
座学に関しては、現役魔王ハンターだった頃よりも習熟してるんだな俺。
これはちょっと新鮮な発見だった。
ともあれそんなわけで、俺たちは一階をひと通り探索すると、次は地下を探ることにした。
入口ホールの隅にあった、地下へと向かう石造りの階段を下りていく。
しばらく進んだところに開かれた鉄の扉があり、その先にやはり石造りの地下室があった。
そこに棺桶が十個ほど安置されていた。
ちなみに、それら棺桶のうち一つだけが、他と比べて立派なものだ。
「あ、ホントに地下室に棺桶あった。さすが兄ちゃん」
「先生、あの立派そうなのがヴァンパイアロードの棺桶ですか?」
リオとイリスがそんなことを言ってくる。
が、一人メイファは思案顔だ。
そして俺も、これは違うだろうなと思っていた。
「いや、こいつは外れだろうな」
「……ほう。なぜそう思う、小童」
“魔帝”マヌエルが話に乗っかってくる。
“武神”オズワルドも、口には出さないが興味深いといった様子だ。
俺は彼ら先輩魔王ハンターに向かって答える。
「いえ、確証はないんですが……強いて言うなら勘ですかね。ヴァンパイアロードの棺桶がこんな無造作に、扉が開けっ放しの地下室に護衛もなく置かれているのは気に入りません。おそらくですけど、あの立派なのが一階にいたヴァンパイアのもので、残りがヴァンパイアスポーンのものじゃないでしょうか。一階にいたのと数も合いますし」
「なるほど。納得じゃな」
だが確証はないので、俺たちはひとまず地下室にあった棺はすべて城館の外まで運び出し、ふたを開けて日光にさらすことで不浄なる土を浄化した。
それから再び城館の中へと踏み込んでいって、今度は二階の探索を始める。
その結果、二階もこれといって収穫はなし。
となればあとは──
「三階が本命じゃの。バカは高いところが好きと相場が決まっておる」
“魔帝”マヌエルがそうつぶやく。
ヴァンパイアは総じて見栄っ張りだと言われているから、あながち外れてもいないのかもしれない。
俺たちは三階へと続く階段を上っていく。
そして上り切った先の廊下を進むと、ついにその場所へとたどり着いた。
謁見の間──その入り口の立派な大扉の前。
ヴァンパイアロードはこの中にいる。
俺の直観がそう告げていた。
“武神”オズワルドが、両開きの重厚な大扉に両手を当て、それを押し開ける。
ゴゴゴゴ、という音とともに扉が開いていった。
中の大部屋──謁見の間は、その石造りの床に赤い絨毯が敷かれていた。
絨毯は俺たちが入ってきた入り口付近から、まっすぐに奥まで伸びている。
その先にターゲットがいた。
ヴァンパイアロードは玉座に片肘をついた姿勢で腰かけており、口元に余裕の笑みを浮かべて俺たちを待ち構えていた。
「よく来たな、か弱き人間の勇者たちよ。一階での歓迎パーティは楽しんでもらえたかね?」
身なりは通常のヴァンパイアと大差がない。
赤い裏地の派手な黒マントに身を包んだ優男といった風情で、やや長身だがそれはヴァンパイアの個体差の範囲内だろう。
だがその全身は、濃密な瘴気をまとっていた。
単なるヴァンパイアは瘴気など持たない。
その身に瘴気をまとうのは、魔王となったモンスターだけだ。
そして何よりも、恐ろしいほどの力の圧を感じる。
広い謁見の間にあって、俺たちは入り口に、ヴァンパイアロードは最奥の玉座に腰掛けているというのに、震えそうになるほどの圧倒的な力が押し寄せてくる。
リオ、イリス、メイファの三人も、その体を小さく震わせながら、怖気づくまいと必死に踏ん張っているように見えた。
三人がいくら天才といっても、まだ訓練を初めて一年と少ししかたっていないルーキーなのだ。
世界的な災厄を巻き起こすほどのS級魔王と対峙するには、あまりにも早すぎる。
だが一方で、こちらにもS級の勇者たちがいる。
“魔帝”マヌエルと“武神”オズワルドの二人は、ヴァンパイアロードの力を浴びても涼しい顔で、数歩前へと出ていく。
「何が歓迎なもんかい。あれじゃウォーミングアップにもならんわ」
「俺たちはお前を倒しにきたのだぞ、ヴァンパイアロード。あのような雑魚をあてがって、何かの足しになると思うのか」
「ほう……」
ヴァンパイアロードはゆっくりと立ち上がる。
そしておもむろに呪文を唱えると、その右手に漆黒の剣が生まれた。
「よかろう。ではお前たちは余が手ずから葬ってやろう。光栄に思うがいい」
戦闘のときは間近だ。
俺は立ち回りを考える。
ヴァンパイアロード──その戦闘力が明確にどのぐらいと分かるわけではないが、こうして力を浴びただけでも恐るべき脅威であることがわかる。
教え子たちを守りながら立ち回ることは難しいだろう。
という以前に、俺が足手まといにならないだけでも手一杯と思える。
そして気になることがもう一つ。
ここに来て、セシリアの姿が見当たらない。
どこかここではない場所にいるということか──
そう考えを巡らせていると、“魔帝”マヌエルが俺にこう伝えてきた。
「小童、こやつの相手はワシらがやろう。おぬしは子供たちを連れてこやつの棺桶を探せ。こやつが不死性まで持っとるんはちと面倒かもしれん」
俺も同意見だった。
ここにいて無駄に足手まといになるよりも、俺たちは俺たちにできる仕事をやったほうがいい。
勝ち目のない相手に闇雲にぶつかることだけが勇者の道じゃない。
自分に配られた手札で今、何ができるのか。
今の自分にできることを模索し、そこに向かって行動するのもまた勇者だ。
「わかりました。──行くぞ、リオ、イリス、メイファ!」
「「「は、はいっ!」」」
俺は少し気後れしている教え子たちを連れて謁見の間から出ると、廊下を走った。
やがて背後からは、戦闘が始まった音が聞こえてくる。
金属音、衝突音、破壊音、爆発音──
俺はそれらの音を遠くに聞きながら、三階の廊下を走り回った。
あちこちの部屋の扉を開けて回り、部屋の中に何もないことを確認しては次を当たる。
そうしているうちに、もうここが最後だという最奥の扉へと行き当たった。
俺はその扉を、勢いよく開け放つ。
扉の先にあったのは、小さな一室だ。
部屋の奥にもう一つ重厚な扉があって──
その前に一人、扉を守るように護衛が立っていた。
護衛は俺たちの姿を認めると、にっこりとほほ笑んでこう言った。
「待っていたよ、ブレットくん。それにリオちゃん、イリスちゃん、メイファちゃん。──さあ、どっちの欲望が勝つか、勝負をしようか」
漆黒に染めた甲冑と大盾を身につけた女ヴァンパイア──セシリアの姿がそこにはあった。




