第81話
ヴァンパイアが潜むと思しき古城の門の前。
メイファは鉄柵型の門扉に向かって、懸命に魔法を行使していた。
「……右手から【炎の矢】、左手からも【炎の矢】。……これを、結合……!」
広げた両手の周囲に生み出した、左右五つずつの火炎弾をコントロールし、それぞれまとめて二つの炎の塊をつくる。
魔力操作が恐ろしく器用なメイファのこと。
まだチャレンジを初めて間もないというのに、ここまでは問題なく成功してみせる。
問題はここからだ。
「……さらに、結合。……それから、これを弓矢に……うあっ……!」
メイファの両手から、炎が弾けて霧散した。
一つにまとまった炎の塊は、弓矢の形にする過程で潰えてしまった。
小さな天才は、それでばったりと地面に倒れてしまう。
「……はあっ、はあっ、はあっ……。……し、しんどい……」
メイファが【不死鳥の矢】の構築に失敗するのは、これで五回目だ。
最初と比べるとだんだんコツをつかんできたようにも見えるが、かなりの量の魔力を消耗するようで、とても苦しそうだ。
「ほっほっ。メイファ嬢ちゃん、今日のところはそのぐらいにしておくかの?」
倒れたメイファを覗き込むように、“魔帝”マヌエルが彼女の前に立つ。
だがメイファは首を横に振った。
「……お爺さん、さっき言ってた魔力を回復する薬、ちょうだい」
「いいとも。じゃが、こいつは高いぞ」
マヌエルは自分の荷物入れから一本のポーションの瓶を持ってきて、メイファに渡した。
メイファはそれを受け取ると、やっとの様子で上半身を起こし、グイッと飲み干す。
「……構わない。……今は少しでも、戦力が必要。……続ける。……ボクのやり方、どこが悪い?」
「見かけによらず、負けん気の強い嬢ちゃんじゃ。言うてだいたいできておるわい。あとはの、もうちっと最後の変形のときに左手側の制御を強めてじゃな……」
マヌエルはメイファに指導をする。
メイファはもう一度立ち上がり、再挑戦を試みていった。
……メイファがこれほど頑張っている姿はあまり見ないので、俺としては少し胸を打たれるものがあった。
基本的にメイファは怠け者だ。
トレーニングはちょいちょいサボろうとするし、それどころかサボるためにはあの手この手を使ってくるのが日常だ。
しかし本人の気分が乗ったときの熱の入り方は、ほかの二人の比ではない。
俺もメイファが、俺に見えないところで頑張っているのには気付いていた。
「……はあっ、はあっ……! ……もうちょっと、なのに……!」
六回目の挑戦に失敗したメイファは、そう言って悔しそうにしながら、ちらりと俺のほうを見てくる。
そして少し恥ずかしそうに頬を染めて、こんなことをつぶやく。
「……お兄さんには、こんな無様な姿は見せたくなかった。……でも、背に腹は代えられない。……セシリアお姉さんは、ボクたちの力で、絶対に助け出す」
そしてまた挑戦だ。
どうもメイファは、自分が泥臭い努力している姿を俺に見せたくないらしいが……あいつの考えていることはよく分からないな。
いやでも、俺も教え子たちに見えないところで早朝トレーニングしていたりするのも、似たようなものではあるのか。
別に隠す必要もないんだが、成果が出る見込みもない泥臭い頑張りをわざわざ見せつけるのは、なんか違う気がしてな……。
まあ俺のことはともあれ、メイファがここで努力をするのは、勝算あってのことだ。
マヌエルの爺さんも、メイファならやれると見込んで無茶ぶりをしたのだろう。
それが証拠に、挑戦九回目には──
「……できた! ──【不死鳥の矢】!」
メイファが作った炎の弓から射出された矢は、放たれるなり火の鳥へと姿を変え、古城の門扉に向かって炸裂した。
──ドォオオオオオオンッ!
鉄柵型の扉はドロドロに溶け、その中央部には人がゆうに通れるほどの大穴ができあがっていた。
……いや、驚いた。
メイファならやるような気はしていたが、本当にやってしまった。
「……やった……! ……お兄さん、ねぇ見てた、今の……! ……ボク、すごい……!」
喜色満面のメイファが、俺のもとに駆け寄ってくる。
そしていかにも褒めてほしそうな目で俺を見上げてきた。
俺はそんなメイファが愛おしくて、頭をなでなでしてから、その体をぎゅっと抱きしめた。
「ああ、メイファ、すごいぞ! よく頑張ったな!」
「……うあっ……ふわぁああああっ……! ……お、お兄さん……ちょっと、激しい……!」
「おっと、悪い。強く抱きすぎたか?」
「……ううん。……ちょっと、驚いただけ。……むしろもっと、激しくしてくれてもいい」
どこか教師と教え子の会話としては不穏当な気がしないでもなかったが、まあきっと気のせいだろう。
ちなみにこんなところで悠長にトレーニングしていてよかったのかと言うと、どちらにせよ俺たちが来ていることはヴァンパイアウルフの遠吠えの時点でバレているだろうし、だったらちょっとぐらい時間を使ったって変わりはしない、むしろ戦力アップを狙ったほうがいいだろうという判断だった。
「大したもんじゃの、嬢ちゃん。これはサービスじゃ。飲んどくといい」
“魔帝”マヌエルは、魔力回復のポーションをもう一本取り出してメイファに投げ渡す。
メイファはそれを受け取ると、またぐいっと飲み干した。
「……ふぅっ。……ありがとう、お爺さん」
手で口元を拭う仕草がちょっと男前。
今のメイファさん、少しカッコイイ。
それにしても、カッコイイし可愛いとか、うちの娘たちは最強なんじゃないだろうか。
ある意味ですでに世界最強。
それはそうと、マヌエルさんが出してきたあの魔力回復のポーション、めちゃくちゃ貴重品のはずなんだけどな……。
消耗品のくせに一本で俺の月給が吹き飛ぶぐらいの市場取引価格だったはず。
魔王ハンター業をやっていれば、危険な代わりに比較的サクサク稼げるとはいえ、である。
さすがに世界最強クラスの勇者ともなると、金の使い方も派手だな……。
「よし、済んだならば行くぞ。これだけ派手に騒いだんだ。出迎えぐらいはあるだろう」
“武神”オズワルドが、メイファの【不死鳥の矢】が開けた門扉の大穴をくぐり、古城の敷地内へと無造作に踏み込んでいく。
そのあとを、“魔帝”マヌエル、それに俺、リオ、イリス、メイファの五人が追った。
中庭を縦断していくと、やがて居館の前にたどり着く。
今度立ちふさがったのは、両開きの大扉だ。
「これは【開錠】の魔法でええじゃろ。ほいっと」
“魔帝”マヌエルが魔法を行使し、その右手で扉を触れる。
すると、ゴゴゴゴッと音を立てて、大扉は開いていった。
大扉の向こう側にあったのは、居館一階の大ホールだ。
日の光が入り口から斜めに挿し込んだホールへと、俺たちは足を踏み入れていく。
そのホールの奥には、客人を出迎える姿があった。
暗がりの中に、赤く光る目がたくさん──十体分ぐらいあるだろうか。
いずれもヴァンパイアスポーンだろう。
そしてスポーンたちを従えるように前に立つのは、深紅の裏地の黒マントに身を包んだ一人の優男。
優男──真なるヴァンパイアの一人は、鋭い牙をむき出しにして笑う。
「我らが主の居館へようこそ、無力なる人間の勇者たちよ。──だが蛮勇は身を亡ぼすものだ。我がそれを教えて差し上げよう。……分かるかね諸君? ここが貴様らの墓場とな──」
「……【不死鳥の矢】」
「ギャアアアアアアッ!」
口上の途中でメイファが放った魔法が、ヴァンパイアの身を焼いた。
ヴァンパイアの体がメラメラと燃え上がり、次いでぶすぶすと白煙をあげてばたりと倒れる。
なんてひどいことを……。
まだ喋っている途中だったというのに。
「お、おい、メイファ……」
「……しまった。……ボクとしたことが、様式美を破ってしまった。……あまりにも中身のない無駄話だったから、つい」
一方、それを見たヴァンパイアスポーンたちが、奇声をあげつつ一斉に襲い掛かってくる。
なんか緊張感がないが、ぼーっとしていても仕方がないので撃退しよう。
リオやイリス、それに“武神”オズワルドなどが次々に武器を構えるのを横目にしつつ、俺も腰の鞘から剣を引き抜いた。




