第74話
『セシリアさんが……ヴァンパイアに……!?』
俺がリオから聞いた話を報告すると、勇者ギルドの女性職員は魔導通話具の向こうで驚きの声を上げた。
そして俺が続きの報告をしようとすると、職員さんはそれを遮って確認してくる。
『ちょっ、ちょっと待ってください! それってヴァンパイア「スポーン」じゃなくて、ヴァンパイア「そのもの」になっていたってことですよね。それって、まさか──』
「はい、俺もまさかとは思ったんですが。現状ある情報をつき合わせると──リオの話をそのまま信じるなら、『そうだ』と考えるのが一番自然だと思います」
『そうなってしまいますよね……。セシリアさんを「ヴァンパイアにした」何者かがいるとしたら、それは──』
「ええ。魔王化したヴァンパイア──『ヴァンパイアロード』がこの地に出現したと考えるのが、一番辻褄が合ってしまうんです」
俺は魔導通話具に向かって、そう答えていた。
──ヴァンパイアロード。
歴史に残っている範囲では、過去に二度だけこの世界に出現し、大災害とも言えるレベルの被害を巻き起こしたとされる災厄級の魔王のひとつである。
元から強力なモンスターであるヴァンパイアが魔王化したものであるから、その時点で戦闘力は推して知るべしなのだが。
それよりも恐ろしい特殊能力があって、それは「ヴァンパイアを生み出す能力を持っていること」。
ヴァンパイアロードが血を吸い尽くしても、その対象が普通の人間であれば通常どおりにヴァンパイアスポーンとなるのだが、対象が「勇者」であった場合、犠牲者はスポーンではなく真なるヴァンパイアとして誕生してしまうというのだ。
この能力があることによって、ヴァンパイアロードが出現するとそれを退治に向かった勇者が次々とヴァンパイアになってしまい、大災害レベルの被害へと発展してしまったという事例が過去の歴史に二度、記されている。
そもそものヴァンパイアがスポーンを生み出す能力を持っている上に、個体としても並みの勇者数人がかりでないと対応できないほどの戦闘力を持っているわけで、そんなものが次から次と生まれるのでは、一地方の勇者ギルドではとても対応しきれない。
ヴァンパイアロードの出現は、それが事実であるなら全国レベルでの対応が必要になってくる大事件だ。
『す、すみませんブレットさん。ギルドマスターに代わりますので、少々お待ちいただけますか?』
「お願いします」
勇者ギルドの女性職員もそのあたりのことはよく分かっているようで、通話機ごしに慌てている様子が伝わってくる。
そしてしばらく待っていると、魔導通話具の向こうから、ひとりの男性の声が聞こえてきた。
『通話を替わりました、勇者ギルド・リンドバーグ支部、ギルドマスターのセドリックです』
女性職員のそれとは一転して、冷静な声だった。
このギルドマスター、セドリックとは俺も何度か応対したことがある。
勇者ではない一般人だが、頭の切れるエリートという印象で、年は確か三十代中頃だったはずだ。
整った顔立ちの知的なメガネが印象的な人物で、どちらかというと話の分かる人だというイメージが俺の中にはあった。
「お世話になっております。勇者のブレットです」
『こちらこそお世話になっております、ブレットさん。──うちの職員からヴァンパイアロードが出現した可能性が高いとの報告を受けましたが、状況をもう一度、詳しく教えていただけますか?』
「はい。うちの教え子の一人からの伝聞なんですが──」
俺はセドリックに、俺が持っている情報のすべてを話していった。
内容を説明しきるには、まるまる十分近くの時間が必要となった。
セドリックは内容のすべてを聞き終えると、『状況は分かりました。少し考える時間をください』と言って、しばらく黙ってしまった。
そしてたっぷり数十秒が経過し、俺がそろそろ何かを言うべきかと考え始めた頃、ようやくセドリックの口から出たのは、こんな言葉だった。
『こちらで応援を手配します。それが到着するまでは、迂闊に動かないでください。特に夜間の外出は厳禁です。ブレットさんたちも村の住民と同様、夜中には人の住居から外には出ないでください』
おおむね賛成できる、建設的な意見だった。
俺は魔導通話具の向こうのセドリックに、肯定の返事とともに懸案事項を伝える。
「分かりました。しかし応援といっても、想定される魔王がヴァンパイアロードです。こういった言い方もあれですが、生半可な魔王ハンターでは……」
『ええ、分かっています。私のほうで全国の勇者ギルドに連絡して、特に実力のある魔王ハンターで手が空いている者がいないかどうか探してみます。コスト的な問題で転移魔法陣の利用許可が下りるかどうかが難しいところですが、想定される事態が事態だけに上もダメとは言わないでしょう』
「助かります、よろしくお願いします。……ちなみに、応援がこちらに到着するまでの時間はどのぐらいかかりそうですか?」
『それは現段階では、はっきりとしたことは言えませんね……。実力のある魔王ハンターですぐに動ける人物が迅速に見つかるかどうか、あとは転移魔法陣の使用を上が渋らないかどうかにもよります。ただ転移魔法陣のあるこのリンドバーグからそちらの村までの移動時間もありますから、そちらへの到着は最短で明日の朝から昼ぐらいになるでしょうか。遅くても二、三日以内には派遣したいところですが……申し訳ないですが、保証はできません』
「そうですよね……。分かりました。よろしくお願いします」
『はい。そちらも応援が到着するまでは、くれぐれも無理はしないでください。応援が到着してみたらヴァンパイアが四体増えていた、などという最悪の事態だけはなんとしても避けてください。なんなら一度、村から退避してリンドバーグの街まで戻ってきていただいても構いませんが』
「いえ、それは村人たちの避難誘導が難しいですね。子供やお年寄りも少なくないですし。力なき人々を守るべき勇者が、自分たちだけ安全な場所に逃げるというのもどうかと思いますしね。ただセドリックさんが危惧していることも分かるので、それも視野に入れて行動方針を考えてみます」
『はい、そうしてもらえると。応援をいつ送れるか確定し次第、またご連絡します』
「お願いします。では」
──ピッ。
ひと通りの情報交換を済ませて、通話を終了した。
すると──
「「「おおおーっ!」」」
何やら横で聞いていた教え子たちから、パチパチと拍手が巻き起こった。
え、一体どうした。
「兄ちゃんかっけぇ!」
「いかにもオトナ同士の会話っていう感じですね、先生!」
「……ロリコンのお兄さんのくせに、やることがしっかりしている」
えぇ……そこに感動したの……?
うーん、こいつらの心の琴線がどこにあるのか、いまいちよく分からんな……。
「まあ報連相は大事だな。これをちゃんとやっておかないと無駄に話がややこしくなったりするし。今回はおかげで応援も送ってもらえることになったしな」
「応援、ですか……?」
イリスがおうむ返しに聞いてくるので、俺はうなずく。
「ああ。明日に来るか、明後日かそれ以降になるのか、まだ分からないけどな。実力のある魔王ハンターを緊急手配してもらえるってことだ。ただ──」
応援を送ってもらえることになったのはいいが、問題は残っている。
まずその応援の魔王ハンターが、いつ派遣されてくるのかということ。
応援が到着するまで無理はするなと言われたが、あまり悠長に構えていられる状況でもなく、日を待てば待つほどヴァンパイアによる被害が拡大する恐れがある。
まあ最初に事件が起こってからすでに一週間以上が経過しているのだから、いまさら一日や二日長引いたところでという話もあるが……。
個人的には、何よりも気になるのがセシリアのことだ。
ヴァンパイア化した犠牲者を【究極治癒】によって治療できるのは、被害に遭ってから一、二週間ほどがリミットであると考えられる。
セシリアがいつヴァンパイアとなったかは明白ではないが、おそらくはこの村に来てすぐだろうと考えると、すでに一週間近くが経過していることになる。
もはや猶予がどれだけあるのか分からない。
正直、焦りたくなる気持ちがある。
だが俺だけならともかく、動くならば教え子たちを巻き込むのだから、曲りなりに教師としてそう軽率なこともできないわけで……。
またもう一つ問題になるのが、応援に来る者のレベルだ。
実力のある魔王ハンターとは言っていたが、それが具体的にどのぐらいかはまだ分からない。
そもそも俺やセシリアと同格以上の実力を持った魔王ハンターは、この国じゅうを探してもそれほど多くはないはずだ。
敵がヴァンパイアロードである可能性が高いことはセドリックも分かっているから、それに見合うだけの戦力を調達してくれるだろうとは思うが、迅速な手配が前提であることも考えると過大な期待はしないほうがいいかもしれない。
一方で今日の夜には、ヴァンパイア=セシリアがこの宿を訪れることが予想される。
夜はヴァンパイアの時間だ。
夜中にセシリアと衝突するのは避けたいので、そのときにはこの宿に引きこもっている必要があるだろう。
逆に日の出ている日中ならばこちらが圧倒的に有利なので、攻めるなら昼である今のうちだ。
応援を頼り切るのではなく、今のうちにできることはしておくべきだろう。
もちろん勇者ギルドに連絡は入れつつだ。
「よし、リオ。あとでセシリアがいたっていう家の場所を教えてくれ。イリスもメイファもいいな。少し休んでイリスの魔力がある程度回復したら、セシリアをぶん殴りに行くぞ。──ここからは、俺たちの反撃のターンだ」
俺が教え子たちにそう伝えると、三人は顔を見合わせる。
そして嬉しそうな顔になってうなずき合うと、元気よく返事をしてきた。
「「「はいっ!」」」