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第72話

 ──およそ一週間前──



 セシリアが勇者ギルドでクエストを受け、村にやってきたその日の夜。


 セシリアは村でとある情報を聞き及び、その調査のために村の近くにある森へと足を踏み入れていた。


「街から来た勇者が、このあたりで村娘と逢引きをしようと目論んだらしいけど」


 現場百回。

 セシリアは【(ライト)】の魔法による明かりであたりを照らしながら、何か手掛かりがないか探して回る。


 そんな彼女の姿は、何者かによる不意の襲撃があってもいいよう完全武装である。


 魔力強化されたプレートアーマーがガチャガチャと音を立てるが、セシリアがその重さを意識している様子はなく、まるで普段着といった風情だ。


「そう易々と手がかりは見つからないか。……ああ、それにしても侘しい。どうして私はブレットくんたちの家から出てきて、こんなところで一人でクエストをしているんだろう。あんな楽園はもう二度と手に入らないだろうに、どうして自分から出てきちゃったかなぁ……」


 がくりと肩を落とすセシリア。


 独り身が染みるセシリアにとって、リオ、イリス、メイファ、そしてブレットとの共同生活は、まさに夢のような時間だった。


 三人の少女たちの犬としてワンワン言っているのは楽しかったし、リオに抱き枕のように抱きつかれるのも嬉しかったし、実はドSのイリスに足で踏まれるのもご褒美だったし、メイファにおっぱい揉まれるのもなんとも心地よかった。


 少女たちはかけがえのない天使であり、あの地は間違いなく天国だった。

 そしてセシリア自身は、言いわけをしようもないぐらいにド変態だった。


 そんなセシリアが逃げるようにしてあの場から出てきたのは、自分の欲望に歯止めがかからなくなりそうだったからだ。


 変態でもいい。

 でもあの子たちを傷つけてはいけない。

 それがセシリアの、ギリギリのプライドだった。


「ああっ、憎い! 自分のこの性癖が憎い! 私がもう少しだけ普通であったなら、ずっとあの天使(エンジェル)たちの犬でいられたのに……!」


 そう夜の森で独り言つ完全武装の女性勇者の姿は、なんともシュールであった。

 だが──


「むっ……。これは、血痕か……?」


 セシリアがとある木の根元を【(ライト)】の明かりで照らしたとき、そこに赤黒い染みのようなものを見つけた。


 よく見れば、血痕らしきものはその周囲にもいくつか転々としている。


「まあ動物の争いによるものかもしれないが──いや、やはり『当たり』のようだな」


 セシリアはさらに、何かの気配に気付き、森の奥へと視線を向けた。


 その先からは、草むらをガサガサと押し分けて、良くない気配が近付いてくるのが分かった。

 さほど強い力ではないが、邪悪な気配が三つ。


 いや、その奥にいくぶんか強い力も感じる。

 全部で四つか。


 セシリアは【(ライト)】の明かりをそちらの方角へと向ける。

 やがてその先から現れたのは──


「あれは動く死体(ゾンビ)食屍鬼(グール)か……いや、どちらかというとヴァンパイアのスポーンのように見えるが」


 闇の中から赤く光る目を持った人型が三つ、セシリアのほうへと歩み出てきた。


 それらはどう見ても尋常な人間の姿ではない。


 長く鋭い爪を生やした両腕はだらりと下げられ、鋭い牙の生えた口からはよだれが汚らしく垂れ落ちていた。


 セシリアは悠然と大盾を構えると、腰の鞘から剣を引き抜く。


「なるほど。村人が行方不明になった原因は、ヴァンパイアということか。そういえばこの森の先には、おあつらえ向きに打ち捨てられた古城があったな」


 その女勇者の姿に気負いは一切見当たらない。

 それどころか彼女は、三つの邪悪な眷属に向かって無造作に歩み寄っていく。


 ほどなくして両者は、白兵戦の距離まで接近する。

 三つの人型──ヴァンパイアスポーンたちは、セシリアを取り囲むように素早く散った。


「オンナ……うまそうなオンナだ……」


「このオンナ……ニンゲンの、ユウシャか……?」


「ならばアノお方に捧げネバ……」


 そんなスポーンたちの様子を、セシリアはスッと細めた冷たい目で見まわす。


「あのお方でも何でも構わないが、キミたちのことは倒させてもらうよ。【究極治癒(アルティメットヒール)】で治療するにせよ、一度静かになってもらわないとね」


「「「ほざけ、ニンゲンのユウシャ風情がッ……!」」」


 三体のスポーンは、セシリアに向かって一斉に襲い掛かった。


 正面と、斜め前方の左右から、わずかな時間差をつけてセシリアに飛び掛かってくる。


 それをセシリアは、まず左側から来たものを大盾で無造作にぶん殴って吹き飛ばし、右側から来たものは剣で胸を串刺しにし、さらにはそのスポーンの体が突き刺さったままの剣を棒切れのように軽々と振り回して、正面から来た一体へと勢い任せに叩きつけた。


 そうして三体まとめて地面に転がったヴァンパイアスポーン。


 セシリアは一度自らの剣を地面へと突き刺し、その三体のスポーンに向かって、ガントレットを身につけた右の手のひらを差し出した。


「──【聖光(ホーリーレイ)】!」


 セシリアの手のひらから聖なる光が放たれ、三体のスポーンをまとめて包み込む。


「「「ギャアアアアアアッ!!!」」」


 邪悪を滅ぼす聖なる光の魔法に撃たれ、スポーンはいずれも力尽きた。


 セシリアはそれを一瞥すると、地面から剣を引き抜きつつ、さらなる森の奥へと視線を向ける。


 その視線の先に現れたのは、深紅の裏地の黒マントに身を包んだ一人の優男だ。

 スポーン同様に鋭い牙を生やしているが、その瞳には知性の色が宿っている。


 セシリアはその黒マント姿の優男に剣を突きつけ、言い放つ。


「侮ったようだな、ヴァンパイア。手下とともにかかってくれば、わずかな勝機もあっただろうに」


 対して黒マントの優男──ヴァンパイアは、困ったものだというように肩をすくめる。


「……やれやれ、我が眷属が三体がかりで襲い掛かっても歯牙にもかけないとは、恐ろしい女勇者だな。名うての魔王ハンターかな?」


「どうも巷では“鋼の聖騎士”セシリアで通っているようだね。乙女としてはあまり嬉しくない二つ名だが──しかし悠長なものだね、ヴァンパイア。次に倒されるのはキミだというのに」


「ふふ……なんだ、知らないのか。夜のヴァンパイアはな、不死身なのだよ」


 ヴァンパイアはそう言って、牙をむき出しにして笑う。

 だが対する女勇者は、なおも涼しい顔だ。


「いや、よく知っているよ。夜のヴァンパイアはその身を撃ち倒しても、『不浄なる土』を敷いた自らの棺桶の中で蘇るらしいね。ただ──その不死身にはいくつも弱点があるということも、私は知っている。例えば」


 そう言ってセシリアは、ヴァンパイアに向けてではなく、あさっての方向に剣を振るった。


 セシリアの頭上に振るわれた剣は、近くにあった太い木の枝を斬り落とす。


 女勇者は落ちてきた手首ほどの太さの枝をキャッチすると、それに向かってさらに、シュパパッと素早く剣を振るった。


 そうして出来上がったのは、即席の「木の杭」だ。


「例えば『木の杭』を心臓に打ち込めば、夜のヴァンパイアでも滅ぼすことは可能だ、とかね。こう見えても勇者学院の授業はしっかり受けていたほうなんだ。座学の成績も悪くはなかったよ」


「チッ……!」


 ヴァンパイアは舌打ちをし、すぐさま(きびす)を返して逃走した。


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― 新着の感想 ―
[一言] SF作家の田中芳樹氏の名文を思いだしました。 「木の杭を心臓に打ち込まれればヴァンパイアじゃなくても死ぬ」
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