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第66話

 俺はまず勇者ギルドに連絡を取って状況を報告し、それから行動を起こした。


 時間は夜中。

 俺は三人の教え子たちを連れて、村の中を散策して回る。


 夜の暗闇の中、各自の手にはそれぞれ一つずつ、【(ライト)】の魔法によって生み出された魔法の明かりがあった。


 この時間になると、家の外には人っ子ひとり見当たらない。

 村長が夜中に外出をするなと厳命してあるためだろう。


 ただ家の中からは明かりが漏れ、家族団欒で話す声なども聞こえてくる。


 肉料理などのいい匂いも漂ってきて、それを嗅いだリオがぐぅとお腹を鳴らした。


「う~、やっぱり先にご飯食べてからにしたほうがよかったよ兄ちゃん。オレ腹減ったよ~」


「我慢しろ。満腹になると眠くなるし、集中力も落ちる。少し空腹なぐらいのほうが、勇者が活動するにはちょうどいいんだよ」


「空腹のほうが集中力落ちるよ~!」


「分かった分かった。見回りが終わって宿に帰ったら、腹いっぱい食わせてやるから」


「あ~、もう! 何だか分かんないけど、犯人がいるなら早く出てきやがれっての! そうしたらさっさとぶっ飛ばして、宿でご飯食べられるのに」


 リオはぶちぶちと不満をつぶやく。

 これはパン一個でも食わせてから来た方が良かったかもな。


「もう、リオ! わがまま言いすぎだし、緊張感もなさすぎ。いつ襲われるかも分からないんだよ? ……そうですよね、先生?」


 イリスがそう言って、俺の隣で上目遣いに俺の顔色をうかがってくる。


 俺はイリスの頭に手を置き、よくできましたの意思を込めて軽くなでてやった。


「ああ、イリスの言うとおりだ。──リオ、そうやって油断していると、そのうち痛い目を見るぞ」


 俺が注意すると、リオは面白くなさそうに口を尖らせた。


 その上、イリスが抱きつくような距離感でさらに俺に寄り添ってきて、リオのほうを見てふふんと笑う。


 それを見たリオは、余計にムッとした顔になった。


「なんだよ兄ちゃん。そうやってイリスばっかり可愛がってさ」


「あのな。今そういうことを言うときじゃないだろ。──あとイリスも、リオをからかうな。二人とも緊張感が足りてないぞ」


「「はぁーい」」


 ちょっぴり不服そうな声で、しかし俺の言うことを聞く気はあるという返事をするリオとイリスの二人。

 まあまあ、こんな態度も可愛いもんだ。


 にしても、勇者としての実力は頭抜けてきていても、根っこの部分でまだまだ子供なんだよなこいつら。

 いや、俺がいるから甘えているという風に見えなくもないのだが。


 しかし彼女らが実力を身につけると同時に、慢心が垣間見えてきているのも事実だ。


 自信は必要だが、慢心は良くない──と言葉で言うのは簡単なんだが、実際のところこの二つは表裏一体という気もするので、なかなかに難しい。


 一方、そんな中で意外にも慎重だったのがメイファだ。


「……リオ、イリス、本当に気を付けないとダメ。……セシリアお姉さんも失踪しているのを、忘れたらいけない」


「大丈夫だって、忘れてねぇよ。だからこうして、セシリア姉ちゃんを探すために夜の見回りをしてるんだろ」


 リオがそう答えるが、それにメイファはふるふると首を横に振る。


「……そうじゃない。……ボクが言っているのは、『今ボクたちが立ち向かおうとしている何か』は、ひょっとしたら『セシリアお姉さんでも敵わなかった相手』かもしれない、ということ」


 するとそれを聞いたリオとイリスは、冷や水を浴びせられたという顔になった。


「あ……そうか、そうなるのか……」


「そう、だね……そっか、敵があのセシリアさんでも敵わない『何か』だとしたら……」


 二人の顔に、シリアスな表情が宿る。


 そう、メイファの言うとおりなんだよな。


 まだ脅威の形が確定していないとはいえ、セシリア以上の力を持った何者かが事件に関与している可能性は捨てきれない。


 とはいえ、そもそもセシリアが能力的に敵わない相手なんて、この世界にそうは存在しないだろうという話もある。


 単純な個体戦闘力で言えば、巨人族(ジャイアント)悪魔族(デーモン)などのもともと強い力をもったモンスターが魔王化したものか、あるいは古竜(エンシェントドラゴン)クラスのモンスターでも連れてこなければ、セシリアを凌駕することなどできないだろうと思える。


 だからメイファが言っていることは、考えすぎという見方もできるのだが……。


 しかし可能性として無視していいというものでもない。

 それでなくてもセシリアが不可解な言動を残しているわけで。


 情報が足りていない中で、安易な楽観視は禁物だ。

 と、俺がそんなことを考えていると──


「あれ……? ねぇ先生、あの家、明かりがついてないですね。空き家かな」


 俺にへばりついていたイリスが、行く手に見えてきた一軒の民家を指さした。


 その家は確かに、ほかの家と違って明かりが灯っていなかった。

 煙突から煙が出ている様子もない。


 この夕食時の時間に、すでに家族全員が寝静まっているというのは考えづらい。

 となるとイリスの言うとおり、空き家であると考えるのが自然だろう。


「そうだな。まあ空き家の一軒ぐらいはあるだろ」


「ですか。ほかの家と違ったから、何かあるかなって思ったんですけど」


「ああ、視点はいいぞイリス。そういう細かな違和感に気付く観察力も、勇者には大事だからな」


 俺はそう言って、再びイリスの頭をなでる。

 イリスは「えへへっ」とはにかんで、嬉しそうにした。


 それをリオとメイファが、じーっと見つめてくる。


「やっぱり兄ちゃん、イリスばっかり可愛がってるし」


「……不公平を感じる。……お兄さんは、あとでボクにもたくさんなでなでをするべき」


「そ、そうか? そんなに差をつけているつもりはないんだが……」


「二人とも、自分が可愛がられてるときのことを忘れてるだけだよ……。私からは、リオやメイファのほうがたくさん可愛がられているように見えるもん」


 多分イリスが言っているのが正解なんだと思う。


 誰に何回なでなでしたか、いちいちカウントしているわけじゃないが、多分誰か一人だけひいきしているようなことはない……と思う。




 ──とまあ、そんなこんなをしながら、俺たちは夜の見回りを行ったわけだ。


 で、結果から言うと、この日は何も起こらなかった。


 夜中に出歩いていた少年少女が失踪するという話だったから、誘拐犯のようなものがいるなら仕掛けてくるかと思ったのだが、肩透かしにあった形だ。


 しかし何も収穫がなかったかというと、そんなこともなかった。


 というのも、翌朝に村長の家まで報告に行ったときのことだ。


 昨晩の見回り結果の報告をしている際に、イリスが見つけた空き家の話をしたのだが、それを聞いた村長がこう言ったのだ。


「む……? その家は空き家などではありませんぞ。今も四人家族が暮らしておるはずです。……いや、そういえばあの家の者の姿を、ここ数日は見た記憶が……」


「え……? しかし失踪者は、四人の少年少女とセシリアさんだけという話では」


 俺が突っ込むと、村長は恐縮して頭を下げてきた。


「も、申し訳ありません。行方不明になったと私が聞き及んだ者の数が四人でしたので……。夜間の出歩き禁止を命じてから、失踪報告がなくなったもので……」


 なるほど。

 それはつまり、失踪「報告」がないというだけで、実際には──


 いや、まだ分からないが、確認をしておく必要はあるだろう。


「分かりました。では私たちが今から、その家まで様子を見にいってきます。いざというときには、立ち入りも構いませんね?」


「はい。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる村長を尻目に、俺はリオ、イリス、メイファの三人に目で合図をする。


 そして俺と教え子たちは、昨晩明かりがついていなかった家へと向かった。


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