第59話
「お待たせいたしました。こちらがブレットさんの更新された勇者カードと、リオさん、イリスさん、メイファさんの新規の勇者カードになります」
勇者ギルドの受付嬢は笑顔でそう言って、カウンターの向こうから俺たちにそれぞれ一枚ずつのカードを渡してきた。
俺はまず、自分のカードを確認する。
ステータスが多少動いていたが、認定勇者レベルに変化はなし。
ほかにも特に大きく変わったところはなかった。
一方、三人の教え子たちはというと──
「おおー……」
「ふわぁ……これが、私の勇者カード……」
「……これは結構、嬉しいかも。……ヤバい、ニヤニヤが止まらない」
三人とも自分の勇者カードを、キラキラとした目で見つめていた。
すごく嬉しそうだ。
そういえば俺も、初めて自分の勇者カードをもらったときは、すげぇ嬉しかったっけ。
なんだか自分が本物の勇者として認められたような感じがして、家に帰ってからもしきりにカードを取り出してはニヤニヤと眺めていたのを覚えている。
そして三人は、ひとしきり自分のカードを眺めた後、今度はほかの二人とカードを見比べ始める。
「あれ……? イリスもメイファも、認定勇者レベルって12なんだ。オレ、14だぜ?」
「えーっ、なんでリオだけ?」
「むっ……解せない。……お兄さん、これどういうこと? ……ボクとイリスは、リオより弱いっていう意味?」
「んー、どれどれ……?」
俺は三人の勇者カードを見比べてみる。
すると確かに、認定勇者レベルはリオが14、イリスとメイファが12となっていた。
***
名前:リオ
認定勇者レベル:14
筋力 :36
敏捷性 :49
打たれ強さ:35
魔力 :17
名前:イリス
認定勇者レベル:12
筋力 :26
敏捷性 :27
打たれ強さ:25
魔力 :37
名前:メイファ
認定勇者レベル:12
筋力 :18
敏捷性 :26
打たれ強さ:19
魔力 :52
***
三人とも証明写真映りもバッチリで超可愛い──とかは置いといて。
なるほど、このステータス具合なら確かに、リオだけ多少飛び抜けるのも分かるなという数字だった。
俺は三人に説明する。
「この『認定勇者レベル』っていうのは、四つのステータスの合計値をもとに算出されているからな。その勇者の強さの漠然とした指標にはなるけど、絶対的な強さを表すものじゃない。そもそもスキルとかも反映されないしな」
「「「ふーん……」」」
三人とも納得したようなしていないような、微妙なリアクションだった。
なお、駆け出しのプロ魔王ハンターで6レベル程度、ベテランで8レベル程度というのが認定勇者レベルの相場なので、この三人の認定勇者レベルは現段階ですでに、平均的なプロの魔王ハンターと比べても群を抜いている。
しかも三人ともまだまだ成長しきった感などまるでないので、末恐ろしい以外の言葉が見つからない。
「なあなあ、兄ちゃんの勇者カード、もう一回見せてもらってもいい?」
「おう、いいぞ」
俺はリオに請われて、更新された自分の勇者カードをあらためて見せる。
ちなみにだが、勇者カードに記されているステータスや認定勇者レベルは重要な個人情報だし、その勇者の実力が露骨に数値化されているわけだから、その扱いは普通、かなり慎重になる。
勇者カードは他人に年収を教えないというのと似たような意味で、あまり他人に見せびらかすようなものでもないというのが一般的な価値観だ。
しかしこの三人相手であれば、いまさら隠す必要もない。
なお俺のステータスは、去年版の勇者カードのものよりもわずかに伸びて、こんな感じになっていた。
***
名前:ブレット
認定勇者レベル:21
筋力 :52
敏捷性 :51
打たれ強さ:51
魔力 :36
***
去年版のステータスと比べると、筋力、敏捷性、打たれ強さのステータスが1ポイントずつ上昇していた。
もっとも、リオが百メートル走でミスったのと同じように、勇者カードのステータスは計測時の誤差やその時の調子にも多少左右されるので、このぐらいの伸びで実力が上がったと判断するのは早計と言える。
一般に、プロの魔王ハンター活動を初めて三年から五年ほども経験を積めば、その勇者の成長はそこでほぼ頭打ちとなる──ことが多いと言われている。
まあそのあたりは、戦場でどれだけ窮地や修羅場を潜り抜けるかによっても変わってくると言われているので、あまり確かなことは言えないのだが。
ただ俺も、ここ数年は大きなステータスの成長はしていない。
それは魔王ハンター業を引退して、戦場での窮地や修羅場を経験しなくなったからかもしれないが……。
しかし逆の見方をすれば、窮地や修羅場を経験するというのはすなわち命を落としやすい環境に身を置いているということでもあるわけで、ずっとそんなことばかりしていたらいずれ本当に命を落としてしまうだろう。
『真に強い勇者になるためには、勇敢でなければならない。勇敢は無謀と臆病の狭間にある』というのは、始祖の大勇者アルスの言葉だ。
しかし彼は、別の機会にこうも言っている──『僕が大勇者と呼ばれるまでに至ったのは、幾多の無謀な勇者たちの中で、たまたま才能と仲間と運に恵まれたおかげでここまで生き残ってこれたからだ。それだけだ』
まあいずれにせよ、勇者のステータスというのは才能と経験と請け負ったリスクの相乗的な結果だ、というのが一般的な見解である。
そんな結果としての俺のステータスを、リオ、イリス、メイファの三人はむむむっという様子で自分の勇者カードのステータスと見比べていた。
「兄ちゃん、21レベルか……。結構近付けたような気はしても、やっぱまだ遠いんだよな……」
リオがそう言うので、俺はそのおでこを指先でツンと突いてやる。
「当たり前だ。いくら何でも、そんなに簡単に追い抜かれてたまるか」
「えへへーっ。でもいつかオレ、兄ちゃんに追いついてやるんだ。そのときには兄ちゃん、オレたちのこと『子供』じゃなくて『パートナー』として見てくれるだろ?」
リオにそう言われて、俺は言葉に詰まる。
パートナー──つまり『仲間』ってことか。
そういうのは考えたことがなかったな。
今の俺はリオたち三人の保護者みたいな意識だが、そのうち対等の仲間として、魔王相手に肩を並べて戦うような関係にもなるのかもしれない。
そしてその先に待つのは、三人に守られる立場になる俺、か……。
「あ、あれ……? 先生、どうしたんですか? いきなり床にがっくりと膝をついて、四つん這いになって……」
「……何に凹んでいるのか分からないけど、お兄さん、よしよし」
俺が将来のビジョンを思い浮かべてorzしていると、メイファに子供をあやすように頭をなでられた。
ちなみに、もはやこの勇者ギルドで俺たちの妙な行動は周知のこととなっているので、周りの人たちからは「またか」みたいな目で見られている。
まあそもそも、勇者は社会に馴染む必要性が薄いせいか露骨に変なやつも多いし、今さら俺たちだけどうこうというのもないのだろう。
と、今度はリオが俺に、勇者カードを返してきながらこんなことを聞いてくる。
「ところで兄ちゃん、世界最強の勇者ってさ、どのぐらい強いの? オレ兄ちゃんより強い勇者って見たことないんだけど、やっぱ兄ちゃんより上がいるってことなんだよな?」
俺はそれに、自分の勇者カードを受け取りながら答える。
「世界最強がどのぐらい強いのか、は俺もよくは知らないな。現存している勇者で最強クラスと言われている人たちだと、“魔帝”マヌエルとか“武神”オズワルドあたりが真っ先に浮かぶけど、俺も実際に会ったことはないし」
「ふぅん……」
「俺が直接会ったことのある勇者の中だと、“鋼の聖騎士”セシリアが最強だな。悔しいけど、あの人には一対一で勝てる気はしなかった」
「先生にそこまで言わせるって、すごい……。私には先生より強い人って想像できません。──そのセシリアさんって、名前からして女性の勇者の方ですか?」
そのイリスの質問に、俺はその少女の頭をなでつつ答える。
「ああ。セシリアさんに会ったのは俺が魔王ハンター現役の頃だから、もう何年も前だけどな。あの当時に二十二歳って言ってたから、今は二十代後半ってとこか。確かちょうどこのあたりの地域を活動拠点にしているって言ってたから、ひょっとしたら会うこともあるかもな」
俺がそう言って、イリスの頭をなでこなでこしていた、そのときだった。
勇者ギルドの扉がキィと音を立てて開き、旅汚れた白のマントとプレートアーマーを身につけた一人の女性勇者が入ってきた。