第150話
状況の変化に驚いたらしきサハギンロードは、慌てて飛び退って俺から距離を取ると、部下に命じる。
「お前たち、我を守れ! ──な、何が起きている……! なぜ我が配下が現れず、人間の勇者どもが現れるのだ! いったいどうなっている!」
サハギンロードの命に従い、俺と魔王との間に多数のサハギンたちが割り込んでくる。
俺はそのサハギンたちを次々と斬り捨てながら、ついに余裕の仮面がはがれたサハギンロードに向かって答えてやる。
「なに、簡単な話だ。裏口から攻め入った俺たちとは別に、表口からも仲間たちが攻め込んだんだよ。重装甲が持ち味なせいで隠密行動には向かなかったり、体格が大きくて裏口がしんどかったりする勇者もいたもんでな。最初に俺が【拡声】で大声を上げたのは、表への突入の合図だよ」
「ば、バカな……!? では最初からすべて、貴様の計画通りだというのか、人間の勇者……! いや、だとしても早すぎる! あんなたった五人の勇者で、表口に七十はいたはずの我が配下をそうやすやすと蹴散らせるはずが──」
それに返事をしたのは、セシリアの後ろからひょこっと飛び出したアルマだ。
赤髪の女性勇者はサハギンの群れに向かって【風刃の嵐】の魔法を一発叩き込んでから、ネタばらしをする。
「残念でしたぁ~。こっちには海神様もついているんですぅ~。──もうね、すごい勢いだったよ。たくさんのサハギンを一度にぺろっと食べちゃうんだから。まさに大怪獣、いや大海獣だねあれは」
「なっ……!? う、海神だと……!?」
そう。
広い表口から攻め込んだ役者は、セシリアやアルマたち五人の勇者だけではなくもう一人──いや、もう一体いたのだ。
海神様こと巨獣ドラゴンタートルは、さすがに洞窟の奥までは入って来れなかったようだが、今のアルマの話を聞くに表口のサハギン戦では大活躍だったようだ。
一方、そんなやり取りをしている間にも、ほかの勇者たちが次々とサハギンの群れを蹴散らしていく。
「さて、私もひと暴れさせてもらうぞ。──はぁああああっ!」
セシリアは敵の槍が当たるも構わずサハギンの群れに突進していって、敵陣のド真ん中で剣を振るい、魔法を放つ。
まさに蹴散らすという表現が的確だ。
通常のサハギン程度では、闘気に覆われた重装甲を貫いて彼女にダメージを与えることなどできはしない。
また一方では、隻腕の勇者が戦斧を片手で大きく薙ぎ払い、三体ほどのサハギンを一度に吹き飛ばしていた。
「片腕を失ったとて、戦えなくなったわけではないぞ! ──アーニャ、無事か!」
「はい、お師匠! ──【二段突き】!」
アーニャは目の前にいた一体のサハギンを槍の二連撃で撃破すると、オズワルトのもとに駆け寄って、自らの師の背中を守るように立つ。
「アーニャ、少し見ないうちに、ずいぶんと頼もしくなったな」
「え、そうですか?」
「ああ。今のお前になら、安心して背中を預けられる。──いくぞアーニャ」
「……っ! ──はい、お師匠!」
「「──【炎の矢】!」」
師弟の勇者が同時に攻撃魔法を放ち、さらに追加で一体ずつのサハギンを撃破した。
アーニャの嬉しそうな表情が印象的だった。
さらには──
「俺たちのことも!」
「忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「「──【ファイナル・マッスルアターック】!」」
どどーん!
マリーナの配下である海賊勇者二人が、なんだかよく分からないタッグ技で数体のサハギンをまとめて吹き飛ばしていた。
……あれはいったい、どんな技だ?
勇者学院の教科書では、あんな技は見た覚えがないんだが……。
そして、さらにもう一方。
サハギンどもが新たに現れた勇者の対応に追われて散ったおかげで、これまで戦っていた面々の負担も減り、こちらも勢いづいていた。
二体のサハギンバロンと対峙していたリオとマリーナの二人が、それぞれの相手をぐんと押し返すと、不敵に笑う。
「じゃ、あたいたちもそろそろ、決着つけようかね。──リオちゃん!」
「あいよ、マリーナ姉ちゃん! ──イリス、メイファ、援護な!」
「もうっ、リオは人使いが荒いんだから!」
「……ボクはもう、働かないと言っているのに。……しょうがない、これが最後」
「【大地の剛力】!」
「【疾風剣】!」
「【スマッシュ】!」
「【不死鳥の矢】!」
「「ギャアアアアアッ!」」
マリーナ、リオ、イリス、メイファの息の合った連携攻撃で、彼女らと対峙していた二体のサハギンバロンが撃破され、周辺にいたサハギンも次々と倒されていった。
その後も残るサハギンは、あっという間に片付けられていく。
一度天秤が崩れてしまえば造作もない。
そんな折、リオが俺のもとに駆け寄ってくる。
俺とリオは互いに近くのサハギンを斬り捨てながら、言葉を交わす。
「なあ兄ちゃん、さっきのアーニャとオズワルドさんの、見てた?」
「さっきのって?」
「背中合わせになってやってたじゃん。『今のお前になら、安心して背中を預けられる』って」
「ああ、そういえばやっていたな」
「オレも兄ちゃんと、ああいう風になりたいんだよ。兄ちゃんに守られたいんじゃないの。分かる?」
「あー……。ていうか俺いま、リオからダメ出しされているのか?」
「うん。だって兄ちゃんダメダメだもん。オレたちの気持ちなんか全然わかってくれない」
「リオたちだって俺の気持ちを分かってはくれないだろ」
「分かってるよ? 兄ちゃんはオレたちのことが好き。オレたちも兄ちゃんのことが大好き。だっていうのに、全然向き合おうとしてくれないじゃん」
「…………。……いずれにせよ、そういう話はこの場を切り抜けてからだな」
「ちぇっ。いっつもそれだもんなぁ」
俺とリオは互いに飛び出し、さらにサハギンを斬り捨てていく。
そうして、総勢十一人の勇者でばったばったとなぎ倒していると、やがて残りのサハギンの数も、両手で数えられるほどにまで減った。
すると、手をこまねいて見ていたサハギンロードが、ついに痺れを切らし、武器を振り上げ再び俺のほうへと向かってきた。
「おのれ……おのれ、おのれ、おのれぇええええっ! 貴様だ! 貴様さえいなければ、我が世界征服の野望が、こんなところで潰えるはずが──!」
「はっ、バーカ。そんなもの、俺がいなくたって潰えたに決まってんだろ。ただ俺たちがいなけりゃ、もっと多くの犠牲者が出ていただろうってだけでな──イリス!」
「はい! 先生を護って──【光の守護】!」
イリスの声とともに、俺の体を光の防壁が覆う。
サハギンロードの巨体が八本の腕で猛攻を仕掛けてくるが、俺はそれを回避し、剣でさばき、それが及ばなかったものもイリスの魔法防壁に阻まれて俺にダメージは通らない。
俺はさらに、もう一人の教え子に向かって叫ぶ。
「メイファ!」
「……もう、休ませてよお兄さん。……本当に、これで最後だよ。……右手から【炎の矢】、左手からも【炎の矢】──結合、【不死鳥の矢】!」
──キュアオォオオオオッ!
メイファが放った火の鳥が、サハギンロードの巨体に直撃した。
「ぐわぁあああああっ!」
サハギンロードは全身を燃え上がらせ苦悶する。
だがメイファの必殺技といえど、その一撃ではさすがに終わらない。
サハギンロードは炎を振り払い、猛り狂う。
俺はさらに声をあげ、自身も剣に闘気を流し込む。
「リオ、セシリア! トドメを刺すぞ!」
「オッケー、兄ちゃん!」
「分かったよ、ご主人様!」
「「「──【月光剣】!」」」
──キィンッ!
サハギンロードの巨体目掛けて、俺、リオ、セシリアの三人の勇者が、三方から切り掛かった。
闘気の残光による半月が三つ、サハギンロードの強固な鱗と瘴気防御を貫通して、その魔王の体を深々と断ち切った。
「がぁあああああっ! バカな、バカなぁあああああっ!」
サハギンロードは三つの致命傷から派手に血を噴き出し、ずぅんと音を鳴らして洞窟の地面に倒れた。
やがてその姿は灰のようになって崩れ去る。
その頃には残っていたサハギンも打ち倒されていた。
……ふぅ、ようやく終わったか。
俺は剣を鞘に収め、洞窟の地面に積もった魔王の灰の中から魔石を回収すると、リオ、セシリアの二人のもとに歩み寄って二人とハイタッチをする。
「ところでセシリアさん、さっき『ご主人様』って言ったよな? 外ではそれやめてくれって言いましたよね?」
「あー……す、すまない。その、ブレットくんが『セシリア』と呼び捨てにしてきたせいか、つい反射的に」
「えっ、俺、呼び捨てになんかしてました?」
「うん、兄ちゃん呼び捨てにしてたよ。あきらめなよ兄ちゃん、兄ちゃんが悪いって」
「むぅ……」
最近どうにも俺が悪いことにされがちで、微妙に納得がいかないのだが……まあ今回は仕方ないか。
はいはい、全部俺が悪いですよ。
ちなみに、そんな俺たちの様子を横で見ていたアルマは、「いいなぁ……あたしもあの輪に混ざりたい……」などと言って、羨ましそうに指をくわえていたのだった。




