第145話
サハギンバロンが、慌てて部下に指図する。
「獲物どもが向こうからやってきたぞ! 投擲隊、槍を放てい!」
『ゲヒャアーッ!』
サハギンたちの中の十数体ほどが、手にした槍を投げ飛ばしてきた。
槍は放物線を描いて、俺たちへと向かって飛んでくる。
たかが槍の投擲とはいえ、これだけの数になると、さながら槍の雨だ。
全部を回避しきるのは、なかなか難しい。
「「──【ディフレクション】!」」
それでも俺とリオは、防御技と回避を駆使して凌ぎ切り、ノーダメージ。
だが──
「……【風車】! ……うぐっ」
メイファから、わずかな苦悶の声が上がる。
メイファも飛んできた槍のほとんどを回避もしくは防御したが、一本だけ防御が間に合わず、腹部に命中を受けてしまったようだった。
『メイファ、大丈夫か!』
『……だ、大丈夫。……防具で止まったから、刺さってはない。……でも、すこし痛かった』
メイファに命中した槍は、エルフの武具職人リゼルが作った衣装型の防具を貫通できずに、弾かれたようだった。
だが衣服系の防具では、衝撃そのものは殺しきれず、腹部を殴られたようなダメージを受けたのだろう。
メイファは片目をつぶって、痛みを我慢していた。
『おのれ、サハギンども……よくも俺の可愛いメイファに。許さん』
『……お兄さん、さりげなく、ボクへの所有欲がダダ洩れ』
『あ、いや……。うちの可愛い教え子に、何しやがるって意味だぞ?』
『……隠さなくてもいい。……ボクはお兄さんの所有欲を、受け入れる。……でもその代わりに、お兄さんはボクを、たっぷりと愛してほしい』
『いや、だからな、俺は教師として──』
『……やれやれ、素直じゃない。……それより、お兄さん。……ボクはそろそろ、反撃をしたい。……この痛みは、百倍にして返す』
『お、おう、そうだな』
俺はメイファと意思の交換をしつつ、魔力を高めていく。
戦闘中に何の話をしているんだという内容が混ざっていたが、気にしたら負けだと思う。
一方でメイファも同様に、その可憐な衣装に身を包んだ小柄な体に、魔力の輝きをまとわせていく。
魔力が高まりきったタイミングで、俺とメイファの二人は足を止め、手のひらをサハギンの群れへと向けた。
「行くぞ、メイファ」
「……うん、お兄さん」
「「──【火球】!」」
二人同時に、魔法を放った。
生み出された二つの炎の球体は、ゴォッと音を立てて飛んでいき、サハギンの群れの先頭にそれぞれ着弾。
そして──
──ドッゴォオオオオオオオオオンッ!!
俺とメイファが放った二つの魔力球は、いずれも激しい炎の爆発を巻き起こした。
『グギャァアアアアッ!』
それぞれ十数体程度、合わせて三十体ほどにも及ぶサハギンが、爆炎の餌食となった。
爆炎の直撃を受けたサハギンたちは、ある者は爆風で吹き飛ばされ、ある者は炎に焼かれ、その大部分が戦闘不能状態に陥った。
これで、イリスの【アローレイン】とも合わせて、サハギンの大群のうちの半数以上が、出合い頭の初撃だけで壊滅状態に陥ったことになる。
「グギギギギッ……! こ、こんな……バカな……!」
「へっ、まだ終わりじゃねぇぜ!」
慌てふためくサハギンの軍勢に向かって、剣を片手に、疾風のように駆け込んでいくのはリオだ。
「グワァアアアッ!」
「ギャアーッ!」
──ズバッ、ズバシュッ!
群れに突入したリオは、サハギンどもの間を縫うようにして突き進む。
リオがその身をひるがえすたびに剣光が閃き、一体、また一体とサハギンが打ち倒されていく。
さらに──
「くらいなっ──【トマホーク】!」
「グギャアーッ!」
別の一体のサハギンに、手投げ斧が突き刺さる。
そのサハギンは、命中した斧の勢いで吹き飛んで倒れ、やがてがくりと動かなくなる。
手投げ斧は、海賊娘マリーナが投擲したものだ。
「よっしゃあ、命中! あたいの腕も、まだまだ捨てたもんじゃないね。──さ、アーニャ、あたいたちも攻めるよ!」
「はい、マリーナさん!」
「「──はぁあああああっ!」」
マリーナと村の勇者見習いアーニャの二人も、それぞれに武器を構えてサハギンの群れへと突撃していく。
彼女らもまた、慌てふためくサハギンたちに次々と攻撃を仕掛け、バッタバッタと打ち倒していった。
それらの様子を確認しつつ、俺はメイファに声をかける。
「じゃあ、俺も行ってくる。メイファ、【炎の矢】で援護を頼んだぞ」
「……任せて。……一斉射で三体は、仕留める自信がある」
「さすがメイファだ」
俺はメイファの頭を、わしわしとなでる。
メイファは「ふにゅっ」と小さく鳴いて、心地よさそうに目を細めた。
それから俺も、サハギンの群れへと突入していった。
その頃には、まともに戦闘能力が残っているサハギンは、二十体弱まで減っていた。
俺とリオ、それにマリーナにアーニャが獅子奮迅の勢いで武器を振るい、あっという間にサハギンどもの数を減らしていく。
さらにイリスの弓とメイファの魔法による援護が、それに拍車をかけていった。
「グギギギッ……! こ、こんなバカなことがあるか! 人間どもはたったの六人、しかも女子供ばかりだぞ!? ──えぇい、情けないやつらめ! こうなったら俺様が、手ずから彼奴らを蹴散らして──」
群れの後方で威張り散らしていたサハギンバロンが、四本腕に構えた四つの武器を振り上げ、ついに前へと出ようとする。
だがその前に、一つの小柄な人影が立ちふさがった。
「テメェがサハギンの大将か。──いいぜ、オレが踊りの相手をしてやるよ」
リオだ。
剣の申し子である天才少女勇者は、自分の五割増しで大柄なサハギンバロンを前にしても怯んだ様子もなく、剣を片手に悠然と立っていた。
「こ、小娘が、舐めくさりおってぇ……! まずは貴様から、八つ裂きにしてくれるわ!」
「はっ、できるもんならやってみな」
「死ねぇっ!」
サハギンバロンは四本の武器を駆使し、リオに襲い掛かっていく。
「っと、よっと」
だがリオはサハギンバロンの四重攻撃をいずれも見切り、最低限の動きで回避していく。
反撃できそうなタイミングがあっても、無理には手を出さない。
敵の手の内を窺うために、慎重に様子を見ているようだった。
まあリオのやつ、ジャイアントオクトパスのときに不覚を取っているからな。
口では侮るような言い方をしながらも、実際には考えて戦っているのかもしれない。
ただ──
今回はどっちかっていうと、彼我の実力差に疎いのは、サハギンバロンのほうなんだよな。
「ギャーハハハッ! どうした小娘、防戦一方ではないか! さあさあ、いつまでちょこまかとよけ続けられるかなぁ!?」
「……ん? いや、その攻撃だけなら、いつでも反撃できるけど。……えっ、もしかして、それで全力?」
「な、なんだとぉ……!? ならばやってみろ! くらえ──【縦横無尽撃】!」
──ズバババッ!
四本の武器を使っての鋭い同時攻撃が、リオの頭上から降りかかる。
だがリオはそれを、素早いバックステップで全部まとめて回避する。
「なっ……!?」
「なぁんだ、警戒して損した。──んじゃ、こっちからも行くぜ」
チャキッと剣を構え、攻撃姿勢をとるリオ。
俺はそんなリオに向かって、自分の周辺のサハギンを斬り倒しながら、一応の確認をしておく。
「リオ、先にも言っておいたことだが、トドメは刺すなよ」
「ん、分かってるって兄ちゃん。アジトの場所を吐かせないといけないからだろ? 大丈夫、ちゃんと手加減するから」
「グギギギッ……な、舐めるな、クソガキがぁっ!」
サハギンバロンは、再び四本の武器を振り上げて、リオに襲い掛かっていく。
だが、その武器が振り下ろされることはなかった。
「行くぜ──【閃光衝】!」
「が、はっ……!」
それよりも早く、全身に闘気をまとって突進したリオの剣が、サハギンバロンの腹部を貫いていた。
リオは素早く剣を引き抜き、トン、トンとバックステップを踏んで後退する。
サハギンバロンは、がくりと地面に両膝をつく。
腹部の傷からあふれ出す血が、地面を濡らしていく。
「グギギッ、俺様が、こんな……お、おのれぇっ……!」
「そのダメージなら、すぐには死なないだろ。しばらくそのままおとなしくしてな」
「舐め……る、なぁっ……! 八つ裂きにして……刻んで……食いちぎってやるぞ……小娘ぇ……!」
サハギンバロンはそれでも、再び立ち上がった。
それを見たリオは、チッと舌打ちして、左の手のひらをサハギンバロンへと向ける。
そしてその手に魔力を溜めて、魔法を放った。
「しょうがねぇな、オマケだ──【炎の矢】!」
──ボボボンッ!
リオが放った三つの火炎弾は、至近距離からサハギンバロンにすべて命中。
「グワァアアアアアッ……!」
白目をむいたサハギンバロンは、後ろ向きにどさりと倒れ、ついに意識を失って動かなくなった。
それを見たリオは、ぽつりと一言。
「ま、こんなとこか。手加減って難しいな」
そう言って、ふぅと一息をつく。
その頃には、戦場のほかのサハギンも、ほとんどが片付いていた。
リオはそれを確認すると、剣を腰の鞘へと納めた。




