第144話
「マリーナ、このくぼみに、指輪をはめてみてくれ」
俺は指輪の片割れを持つマリーナに、そう促した。
当の海賊娘は、きょとんとした様子を見せる。
「指輪を、って、あたいのこの指輪のことかい? だけどこれは、あたいが親父から譲り受けたもんだよ。親父がその『資格』とかいうのを持っていたってことかい?」
「まだはっきりしたことは言えないが、試せば何かが見えてくるかもしれない。頼む」
「……ふぅん。よく分からないけど、ブレットさんの言うことだ、試してみるさ」
マリーナはそう言って、扉の前まで歩み出る。
そして自らの手から指輪を外すと、それを石の大扉の中央部にあるくぼみへとはめ込んだ。
すると──
ボウッ。
石の大扉そのものが、淡く光を放った。
「ん……? 光ったね。当たりってことかい?」
「だと思う。が……」
どうもそれ以上の変化が見られない。
このまま扉を押したり引いたりすれば、開くということか……?
「兄ちゃん、こっちのプレートも光ってるよ」
リオがそう伝えてくる。
三姉妹の長女が見ているのは、扉の横にあった、警告文が書かれていた石のプレートだ。
俺も近付いて、プレートを見てみる。
「文章が変わってるな。なになに……『汝、資格の片割れを示した。今一つも示せ。されば扉は開かれん』か。──アーニャ」
「はいっ」
アーニャが前に進み出てくる。
すでにその手から指輪を外している。
ここまでくれば、俺が言わずとも分かっているようだ。
「マリーナ、自分の指輪を一度、くぼみから外してみてくれ」
「あいよ」
マリーナがくぼみから指輪を外す。
すると扉から光が消え、プレートに書かれていた文章も元に戻った。
んん……?
この反応は、違うということか?
しかし試してみるしかない。
「アーニャ、頼む」
「はい。やってみます」
マリーナが扉の前から退き、アーニャが進み出る。
村の勇者見習いは、自らの村に代々伝わっているという指輪の片割れを、扉のくぼみにはめ込んだ。
すると再び、扉がぼうっと光る。
プレートの文字は──
「『汝、資格の片割れを示した。今一つも示せ。されば扉は開かれん』……変わってないな」
「……? ……ここまできて、外れ? ……そんなこと、ある?」
メイファが首を傾げる。
その一方で、イリスが口元に手を当て、考える仕草をしながらこう口にする。
「もしかすると、ですけど……さっきの分岐の向こう側にも、ここと同じような仕掛けがあるとか……」
『──それだ!』
その場にいた、イリス以外の全員の声がハモった。
全員から詰め寄られたイリスが、「ふぇっ!?」と変な声をあげて怯える。
「それだよ! さすがイリス、いい子いい子」
「はわわわわわっ……!?」
俺はよーしよしよしというノリで、片腕でイリスを抱き寄せて、もう片方の手で彼女の頭をしこたまなでなでする。
イリスは耳まで真っ赤になって、顔から湯気を噴きながら俺になでられていた。
一方、そんな俺とイリスの様子をジト目で見るのは、アーニャとマリーナの二人だ。
「……マリーナさん、あれって絶対、おかしいと思うんですけど……」
「あ、ああ。あたいもブレットさんのああいうところだけは、ちょいと理解できないね」
なんだか異常者を見るような言い草である。
別にこんなのは、教師と教え子の当たり前のスキンシップではないだろうか。
いや、そうでもないのか?
まあいずれにせよ、俺と教え子たちの関係に、世間一般の常識は関係ないな、うむ。
自分の考え方が順調にまずい深みにはまっている気がしないでもないが、気にしないことにしよう。
俺はイリスを手放すと、その場の全員を見回して言う。
「よし。じゃあ一度、分岐点まで戻ろう」
「あいよ、ブレットさん。だけどそっちには──」
マリーナの目が、スッと細められる。
海賊娘は自身の体にくくり付けた戦斧に手を当て、その存在を確かめた。
俺はそんなマリーナに向かって、ニッと笑いかける。
「ああ。だが──そいつは一石二鳥ってやつだ」
***
谷底の道を分岐点まで戻ると、ちょうどその分岐のポイント近くで、ついにそいつらと出会った。
「お、いたいた。結構な数だな」
俺はその大軍勢を見て、のんびりとつぶやく。
緑がかった青色の鱗を持つ半魚人ども──サハギンの群れだ。
数は五十を少し超えるぐらいで、いずれも槍を手にしている。
四本腕の指揮官・サハギンバロンに率いられているようだ。
俺たちにとっては、ここで会ったが百年目の相手。
こいつらを捜して、この遥かな海を旅してきたわけだからな。
「ゲゲェーッ! き、貴様ら、どうしてここに……!?」
群れの後方にいるサハギンバロンが、俺たちの姿を見て驚き叫ぶ。
俺は六人の勇者たちの先頭に立ち、腰の鞘から剣を抜きつつ、ニヤリと笑って声を張り上げる。
「さあ、どうしてだろうな。だがはっきりしていることが一つある。それは、俺とお前らは敵同士、ぶつかったらやり合うしかないってことだ。──戦闘準備だ、リオ、イリス、メイファ」
「「「はい! ──ガードクローク・ドレスアップ!」」」
三人の教え子たちは防具を着用し、各々に武器を構える。
同時に、マリーナとアーニャもまた、それぞれ戦斧と槍を手に構えた。
それを見たサハギンバロンが、いら立ちの声をあげる。
「ギギギッ……お、おのれぇ……! 勇者だか知らんが、たった六人の女子供連れでいきがりおって! どうやら数が数えられないようだな! お前たちっ、やれ、やってしまえ! 一人も生かして帰すな! 女子供も好きに食らい尽くして構わんっ!」
『ゲヒャヒャアーッ!』
サハギンバロンの号令を受け、サハギンの群れが一斉に、俺たちに向かって槍を振り上げ駆け寄ってくる。
その数は、こちらのおよそ十倍。
彼我の距離は、百メートルほどだろうか。
なお、この谷底の道は決して狭くはない。
軽く十体以上のサハギンが、横並びになって襲い掛かってくる。
こちらの勇者たちはみな、それに備えて集中を高めていく。
「はんっ、敵さんの数は、ざっと六十ってとこかね。一人十体ずつ倒せばいいってこった。──アーニャ、いけるかい?」
「じゅ、十体ですか!? えぇっと……が、頑張ります、としか……」
「はははっ。なら足りない分は、あたいがカバーしてやるよ。それに──こっちにゃあ、あの四人がいるさ。安心しな」
マリーナが期待の眼差しを向けてくるのは、俺たち──俺とリオ、イリス、メイファの四人のことだ。
こちらでまず動くのは、長射程武器の弓を得意とするイリスだ。
「行きます──【アローレイン】!」
イリスは大量の矢の束をまとめて弓につがえ、それをサハギンたちのいる方角、斜め上空へと撃ち放った。
青色の闘気をまとって発射された矢の束は、上空で枝分かれするようにばらける。
そうして広がった矢の群れは、放物線を描くようにして、サハギンの群れへと降り注いだ。
「グワーッ!」
「ギャアアァーッ!」
サハギンのうちの何体かが、降り注いだ矢を体に受け、もんどりうって倒れる。
致命傷ではないが、サハギンどもはそれで怯んだ。
「ギャギャッ……! え、えぇい、何をしている! 進めっ! ここで止まっていても、弓矢の餌食になるだけだぞ! 進めぇーっ! 数で押し潰すのだ!」
指揮官のサハギンバロンが、部下のサハギンたちに檄を飛ばす。
それを受けて我を取り戻したサハギンたちが、再び駆け寄ってくる。
「ま、さすがにそこまで甘くはないか。──行くぞ、リオ、メイファ」
「うん、兄ちゃん!」
「……分かった。……仕方がないから、ボクも働く」
俺はリオ、メイファとともに、サハギンの群れに向かって突っ込んでいった。




