第134話
海神様がざあざあと波をかき分け、船に近付いていく。
ある程度近付くと、甲板上の戦いの様子が見えてきた。
現在のところ、甲板に取りついているサハギンの数は十体ほどのようだ。
だがそれ以外にも続々と、海から船に取りつき、這い上がっていっているサハギンの姿が見える。
対する人間側の戦力を見れば、勇者らしき動きをしているのは三人だ。
二人は屈強な海の男、もう一人は若い娘。
娘は十七か十八か、そのぐらいの年齢に見える。
リオたちやアーニャと比べれば二、三歳上といったところだろう。
アーニャと同様、よく日に焼けた健康的な褐色の肌を持っており、踊り子のように露出度の高い服装で、槍を片手に戦っていた。
この三人の勇者のうち、二人の屈強な男が縦横無尽に立ち回って、襲い来る多数のサハギンどもをどうにか打ち倒し、あるいは牽制していた。
ちなみに、ほか十人以上の船員たちも武器を構えてはいるが、これはろくな戦力にはなっていないように見える。
個体戦力としては、「 一般人 < サハギン < 勇者 」という図式になる。
平均的な勇者一人で複数のサハギンと渡り合えるが、武器を持っただけの一般船員ではサハギンと一対一でも分が悪い。
そして三人の勇者のうちの残り一人、若い娘の勇者は何と戦っているかというと、四本腕のサハギン──半魚人の男爵と呼ばれる種類のサハギンの上位種である。
サハギンバロンの図体は、通常のサハギンより一回り大きく、人間の成人男性が対峙しても見上げるほど。
四本腕を駆使して四本の武器を同時に扱い、平均的な勇者と一対一で対等に渡り合うだけの実力を持つ。
しかもそれが二体、同時に娘の勇者に襲い掛かっている。
娘の勇者は、まだ若いのになかなか腕が立つように見えるが、だとしても相手が悪い。
各四本、合計八本の武器に次々と攻め立てられて、防戦一方に追い込まれていた。
そして残り二人の勇者も、救援に行けるほどの余裕はない。
「姐御っ、今助けに──くそっ、雑魚どもが、次から次と邪魔くせぇ!」
「あたいに構うな! こっちはこっちで何とかする! ほかのやつらを守ってやれ!」
「何とかするったって姐御、バロン二体相手じゃあ、いくら姐御でも! ちくしょう、やっと宝の地図を手に入れたのに、何だってんだよ!」
戦力は均衡──いや、サハギンたちのほうがやや上回っているようにも思える。
しかもそこに、決定打が投入された。
もう一体、別のサハギンバロンが甲板に上がっていったのだ。
それを見た船上の勇者たちが、驚きの声を上げる。
「なっ……!? ちくしょう、もう一体バロンが来やがっただと!?」
「ふざけんなよ!? あ、姐御、もう無理だ! どうしよう!?」
「泣き言言ってんじゃない! でかい図体して、ちったあ根性見せろっつーの! つっても無理か──このっ、【風の刃】!」
二体のサハギンバロンを相手にしながら、娘の勇者がかなり無理をして一瞬の隙を見出し、魔法を放つ。
三つの風刃が、一般船員に襲い掛かろうとしていた雑魚サハギンの三体に一発ずつ命中し、手傷を負わせた。
そこに一般船員たちが束で攻撃を仕掛け、そのサハギンどもを仕留めることには成功する。
だがそれで、さしもの娘の勇者も対応力の限界にきてしまった。
「ゲギャギャッ、もらったぞ、女!」
「なっ、しまった……!?」
──ギィンッ!
娘は右手に槍、左手には短い筒状の何かを手にして戦っていたのだが。
その金属製と思しき筒状のものが、サハギンバロンの一体が振るった槍の一撃で、大きく弾き飛ばされてしまったのだ。
筒状のものは、そのまま船の外、海へと落っこちていく。
「あ、あたいの地図が……!」
「おおっと、大事なものだ。ちゃんと回収しないとなぁ。ゲヒャヒャッ」
娘の勇者と戦っていたサハギンバロンのうちの一体が、海に落ちた筒状のものを追いかけて海に飛び込んでいく。
「ま、待て! そいつはあたいたちの──」
「ゲヒヒッ、焦って隙ができたぜ、勇者さまよぉ! 食らいな!」
「ぐあっ……!」
慌てて追いかけようとした娘の勇者は、もう一体のサハギンバロンの槍で腹部を貫かれ、甲板上でもんどりうって倒れてしまう。
「「姐御ぉっ!」」
屈強な男の勇者たちは娘の勇者のピンチに叫び声をあげるが、自分たちの前の敵の相手をするだけで手いっぱいで、到底助けには行けない。
そうしているうちにも、船に取りついた新たなサハギンが、次々と甲板上に上っていく。
一方、腹部を槍で貫かれた娘の勇者は、甲板上でのたうち、もだえ苦しむ。
「あぐぅっ……! くっそぉ……あたいたちが、こんなことで……!」
「ゲヒャヒャヒャッ! 若い娘は連れて帰るよう言われているが、お前は生かしておくと危険そうだからな。ここで死んでもらおうか」
サハギンバロンが、甲板上で腹部を押さえて苦しむ娘の勇者の前まで歩み寄り、四本の武器を一斉に振り下ろそうとする。
だが、そこで──
ようやく、俺たちの最初の攻撃射程に入った。
「イリス!」
「はい、先生! ──行けっ、【ダブルショット】!」
イリスが矢継ぎ早に、弓に二本の矢をつがえて放つ。
放たれた二本の矢は、まっすぐに目標──娘の勇者にトドメを刺そうとしていたサハギンバロンの胴へと、たて続けに突き刺さった。
「グギャアアアッ!」
イリスの攻撃を受けたサハギンバロンの巨体は、弾かれたように吹き飛んで、甲板上を転がっていく。
イリスが使う弓はショートボウではあるが、職人都市ラヴィルトンの名工、ドワーフのガルドンの手による剛弓である。
特製の矢の威力と、弦を引くイリスの力の強さも相まって、その攻撃力は通常のショートボウのそれをはるかに上回る。
さしものサハギンバロンも到底、無事ではいられない。
吹き飛ばされたサハギンバロンの姿を見て、甲板上のサハギンどもが驚きの声をあげる。
「ゲギャッ!? な、なんだ!? どこから攻撃が来た!?」
「ギャギャッ! 見ろ、あっちから何か来るぞ!」
「あれは……海神様!? 人間が乗っている!? なんでだ!」
「ゲゲッ、あいつらは……!?」
最後のやつは、俺たちのことを知っているかのような口ぶりだった。
海水浴場で戦ったサハギンかもしれない。
まあ正直、サハギンの顔なんて見ても区別はつかないし、非常にどうでもいい話ではあるが。
一方で俺たちは、弓の射程から、ついには攻撃魔法の射程までたどり着く。
俺は子供たちに号令をかけ、自分でも魔法を行使する。
「行くぞ、リオ、メイファ、アーニャ! ──【火の矢】」
「「「──【炎の矢】!」」」
俺、リオ、メイファ、アーニャの四人が同時に魔法を発動する。
俺たちの前に現れたのは、合計で二十を超える膨大な数の火炎弾。
それがゴウと音を立てて一斉に射出され、船の上のサハギンどもに降り注いだ。
『ギャワアアアアアッ!』
次々と悲鳴を上げ、倒れていくサハギンたち。
中には尻に火がつき、慌てて海に飛び込んだ者もいる。
「ゲギャギャッ、海神に乗って、人間どもの増援だと……!? しかもあいつら、全員勇者か!」
「バ、バロン様! あいつらです、あの勇者のメスガキを捕まえるのを邪魔したやつらは!」
「なんだとぉっ!? 勇者がたくさん現れたなどと、失敗をごまかすためにでっち上げた嘘ではなかったのか!? ──えぇい、この船の人間どもは皆殺しにしてやりたかったが、やむをえん! 撤退だ! 野郎ども、全員退けぇっ!」
そのサハギンバロンの号令で、船上にいた生き残りのサハギンどもは、次々と海に飛び込んでいく。
「兄ちゃん、あれ追いかける?」
「いや、やめておいたほうがいいだろうな。水中のサハギンは侮れないし、何より素早い。泳いで追いかけても、追いつけないだろう」
水陸どちらも得意なサハギンは、陸上生物である俺たち人間と比べると、水中での戦闘力や移動力はかなり高くなる。
泳ぎではまず追いつけないし、仮に追いつけたとしても陸上戦闘とは話がまったく違うので、あの数を相手にすれば返り討ちに遭う危険性も低くはない。
一体ぐらいとっ捕まえてアジトの場所を聞き出したかったが、やむを得ない。
それに運が良ければ、甲板上にまだ生き残りのサハギンがいるかもしれない。
そんなわけで、生き残ったサハギンどもはすべて撤退して戦闘終了だ。
一応、逃げ去って行った方角は覚えておく。
一方で船の上の人々は、俺たちの姿を見てぽかーんとしていた。
「う、海神様に乗って、子供の勇者がたくさん……? どんなおとぎ話さ……」
娘の勇者が自ら治癒魔法で腹部の傷を癒しながら、そんなことをつぶやいていた。
 




