第130話
書籍版、昨日(7/29)発売です!
今日の活動報告では新しい画像も情報もありませんが、作者の喜びと感謝の声だけは見ることができます。
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アルマは少女を岩場から移動させ、砂浜へと横たわらせていた。
ほとんど裸同然の姿だった褐色肌の少女には、どこから調達したものか毛布のような布が掛けられている。
横になった少女のかたわらでは、セシリアが砂浜に膝をつき、気を失っているらしき少女に治癒魔法をかけていた。
一方でその様子を見守っていたアルマは、歩み寄っていく俺たちに気付いて声をかけてくる。
「ブレット先生──それにリオちゃん、イリスちゃん、メイファちゃんも。モンスターの撃退、お疲れ様。すごい手際の良さだったね。ブレット先生がすごいのはいまさらだけど、ほかのみんなも。見ててびっくりしたよ」
アルマにそう褒められて、子供たちは三者三様の反応をする。
「へへっ、まぁね。いつも兄ちゃんに鍛えられてるからな」
「そんな、私なんて全然まだまだです……。でもよくできているとしたら、先生のご指導の賜物です」
「……このぐらいは、朝飯前。……だけどお兄さん、ボクはそろそろ、三時のおやつが食べたい」
リオは誇らしげに胸を張り、イリスは謙遜しながら、どちらも俺を立ててくる。
こういうの、どこで覚えてくるんだろうなこいつら。
嬉しくないと言ったら嘘になるが、少しむず痒い。
ちなみにメイファは、俺におやつの催促である。
こいつは本当にブレないな。
さておき俺は、赤髪ポニーテールの親友へと言葉を返す。
「そっちはどうだアルマ。さっきはその子、だいぶヤバそうにも見えたが」
砂浜に寝かされている褐色肌の少女を見れば、セシリアの治癒魔法のおかげか今は穏やかな表情だ。
「ん、ひと安心って感じかな。体力と呼吸の限界を超えて運動し続けたみたいな状態だったけど、セシリアさんの治癒魔法でひとまず落ち着いたみたい」
「それは良かった。意識はないのか?」
「うん。あたしが肩を貸したところで、力尽きて寝入ってしまったみたい。【覚醒】の魔法で無理やり起こしてみる?」
「そうだな。無理はさせたくないが、急を要する可能性もある。──セシリアさん、【覚醒】もお願いできます?」
「心得た──【覚醒】!」
治癒魔法を施し終えて優しげな表情で少女を見守っていたセシリアは、俺に言われて、さらなる魔法を行使する。
【覚醒】は、気絶状態であれ睡眠状態であれ、この魔法をかければ一瞬にして鮮明に意識を取り戻すという光属性の魔法だ。
どんな寝坊助にでも効果はてきめんで、家でもメイファがどうしても目を覚まさないときなどには、最終手段として使う場合がある。
ただ本人の体のリズムや防衛反応などを崩してしまうことにもなりかねないので、濫用はしないように注意が必要な魔法だが、今はそうも言っていられない状況だ。
「んんっ……! ……あ、あれ……ここは……?」
目を覚ました少女が上半身を起こし、きょろきょろと周囲を見回す。
すると少女の体にかかっていた毛布のような布がぺろんとずれ落ち、何もつけていない胸があらわになった。
「──ぶっ!」
俺は慌てて目をそらす。
だが、それと同時に視界が真っ暗になった。
誰かの手が、俺の両目を覆ったようだ。
「な、なんだ……!?」
「先生は、見ちゃダメですっ……!」
ふにゅっと、大きくて弾力のある二つの感触が俺の背中に押し付けられる。
どうやら俺の視界をふさいだ犯人は、イリスのようだ。
背後から俺に抱きつくようにして、俺の視界を奪っているらしい。
だが密着するイリスの体温や、柔らかな肌の感触が水着越しにもろに伝わってきて、さらにほのかに甘い汗のにおいまで感じてしまい、これはこれでヤバい。
いや、教師として教え子相手にそこをヤバいなんて思っちゃいけないんだが、俺も健全な若い男なので、そう全部が理性の命じる通りにはいかない。
俺は内心を表に出さないように気を付けながら、イリスに呼びかける。
「イ、イリス……大丈夫だから、俺は後ろを向いてるから、放してくれないか……?」
「でも先生、ウルちゃんのときに前科が何回もありますし……」
「あー」
何も反論できなかった。
俺の前科多すぎ問題。
あとこの目隠しをされるシチュエーションにも、若干の既視感がある。
この前はメイファのお腹だったような。
しかもイリスは、俺の耳元でこんなことまでささやいてくる。
「先生を信用しないわけじゃないんですけど、その……先生ときどき、私たちのことも、エッチな目で見ていますよね……? だから……少し、怖いんです……」
「は……?」
イリスがなにげなく言ったであろうその言葉に、俺は震えあがっていた。
……イリスは今、なんて言った?
私たちのことも、エッチな目で見ていますよね……?
「お、おい、イリス……それ、いつから……」
だがイリスは、そんな俺の疑問には答えずに、なおも耳元でささやき続けてくる。
「先生……私、やっぱり悪い子でしょうか……? 先生のことが大事なのに、私、先生には私たちだけを見てほしいって思ってます……。私たち以外の女の子を、エッチな目で見ないでほしいって……先生、私ってやっぱり、わがままな悪い子ですか……?」
イリスはいつからか、後ろから俺に体重を預けてきていた。
目隠しよりも、抱きつくことが主目的であるかのように。
視界がふさがれていることもあって、俺とイリスの二人だけの空間にいるのではないかとすら錯覚する。
だがそこにほかの声が聞こえてきて、俺は一気に現実へと引き戻された。
「なあイリス、いつまで兄ちゃんとイチャイチャしてんだよ。もうあの子の胸は隠し終わったから、手ぇ離して大丈夫だぞ」
「はわっ……!? イ、イチャイチャなんてしてないもんっ! 私は、先生の目隠しをしてただけで……!」
「ふーん。ま、そういうことにしとくよ」
「もう、リオっ!」
イリスは慌てて俺から離れると、リオとキャンキャンやり合い始める。
俺が呆然とイリスのほうを見ていると、イリスはちらとだけ俺のほうを見てきて、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染めると、照れ隠しをするようにリオと取っ組み合いを始めた。
日常が戻ってきた。
俺は我知らず、ホッと胸をなでおろしていた。
今のをどう解釈したものか、俺は少し困惑していたが──とにかく今は、目の前の事件に集中しよう。
俺はピンク色の妄想を振り払うようにして、現実へと逃避する。
そんなわけで俺は、倒れていた少女に対して、あらためて事情聴取を開始した。
まずは少女に状況説明。
ここが海岸都市シーフィードの海水浴場であること。
追いかけてきていたサハギンたちは、勇者である俺たちが撃退したこと。
すると少女は自らの名を「アーニャ」と名乗り、自分も勇者であることと、助けられたことへのお礼を告げてきた後、俺たちに向かって必死な様子でこう訴えてきた。
「私たちの村に、あの魚人族の軍勢が攻めてきて、お師匠が……! 皆さんも勇者なら、お願いします! どうか私たちを助けてください! 私にできることなら、何でもしますから……!」
アーニャは涙を流し、俺たちに向かって深々と頭を下げて頼み込んでくる。
そうまでされて無碍に断れるほど俺は薄情にできていないし、子供たちやアルマ、セシリアも同じ気持ちのようだった。
俺は周囲の仲間たちが全員うなずいたのを確認すると、褐色肌の少女の黒髪の上に手を置いて、安心させるように優しくなでてやる。
「分かった。俺たちでよければ手伝うよ、アーニャ。村まで案内してくれるか?」
「……っ! はいっ、ありがとうございます!」
涙をいっぱいにためた瞳で、嬉しさが弾けたような笑顔を見せてくるアーニャ。
リオ、イリス、メイファの三人は、そんなアーニャのもとに寄って、励ましたり話を聞いたりしていた。
そんなわけで──
俺たちはその後、水着から普段着へと着替えてから、アーニャの案内で彼女が住む村への移動を開始。
この地域の勇者ギルドとも連絡を取りつつ、問題の現場へと急行したのだった。




