第129話
発売二日前です!
活動報告でのキャラデザ紹介、最後を飾るのはあのお方です。
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「──きゃあああああっ!」
海水浴場の端にある岩場のほうから、突如、悲鳴が聞こえてきた。
海で遊んでいた人々が、何が起こったのかという戸惑いの表情を見せる。
「ブレット先生、今の」
「ああ。何が起こったのかは分からないが、ひとまず見にいくぞ」
アルマの言葉を受けた俺の意見に、その場にいた女性勇者全員が真剣な顔でうなずいた。
俺たちは声のした方へと向かって駆けていく。
やがて大岩がごろごろと並んでいる波打ち際へとたどり着いた。
こうした場所は、遊ぶには少々危険なのであまり人が寄らないものなのだが、逆にちょっとした冒険感が得られるために、火遊びが好きなカップルなどがこういった場所でイチャイチャしていることも稀にある。
実際、そこでは水着姿の一組の男女が、抱き合って震えていた。
男女は俺たちの姿を認めると、震える手で海のほうを指さす。
その先を追えば、見えたものは大きく二つだ。
一つは、波打ち際の岩場に打ち上げられた姿で、げほげほとせき込む一人の少女の姿だ。
よく日焼けした褐色肌をもつ黒髪の少女で、年の頃はリオたちと同じぐらいに見える。
その少女が身に着けているのは水着ではなく、見た感じ、下着一枚のみのようだ。
トップレスに見えるが、今はそんなことを気にしている場合でもなさそうだ。
というのは、もう一つ見えたものが問題だ。
少女のさらに先──海のほうを見れば、半魚人型のモンスターらしきものたちが、こちらへと向かってきているのが分かった。
モンスターは魚顔で、全身が緑がかった青色の鱗に覆われ、体形は人間の成人と似ているが、魚に似た尻尾を持ち、腕や脚などにも水中活動用のヒレを持っている。
数は、見える範囲で四体。
水中にも別に何体かいそうな気配がある。
水上に姿を現しているものは、水中にいる何かにまたがった姿勢で、こちらに向かってくる。
手にはそれぞれ、銛に似た形状の槍や、三つ又の槍などを持っていた。
俺はそのモンスターの姿を見て、勇者学院のモンスター学の教科書に記述されている知識の中から、適応するものを引っ張り出してくる。
「あれはサハギン、それもおそらくは鮫を使役しているタイプか。──セシリアさん、じゃなくてアルマ、あの少女の救助を頼めるか?」
俺がセシリア、をやめてアルマのほうを見て聞くと、元同僚教師はこくりとうなずく。
「分かった。ブレット先生たちは?」
「あれを迎え撃つ。事情は分からないが、少なくとも平和的解決を望める相手じゃなさそうだ」
「そりゃあそうでしょ。サハギンは邪悪で暴力的な種族だからね。──ところで、セシリアさんじゃなくて私にあの子を頼む理由は?」
「セシリアさんは性癖的にヤバい。セシリアさんに裸同然の少女を任せたら、二次被害になりかねない」
俺がアルマにそう答えると、話を聞いていたセシリアががくっと肩を落とした。
「私の信頼は、そこまで落ちているのか……とほほ」
「しょうがねぇよ、セシリア姉ちゃん。その辺は姉ちゃんの自業自得だし」
リオにトドメを刺されて、セシリアが力尽きるようにその場に膝をつく。
まあそれは置いといて。
まずはアルマが、ぴょんぴょんと岩場を跳んでいって褐色肌の少女のもとにたどり着くと、その少女に肩を貸して助け起こす。
一方で俺は、リオ、イリス、メイファの三人を連れて、アルマたちと半魚人どもの間に入るような位置まで移動した。
セシリアは岩場にいたカップルを誘導して、砂浜のほうへと誘導している。
最近ダメ勇者という印象が強いセシリアなので、彼女がちゃんと勇者らしい動きをしてくれるのを見ただけで俺は感動した。
そうこうしているうちに、だいぶ遠くの海にいたサハギンたちは、あっという間に俺たちのすぐ近くまでやってきた。
その数は、まず何かにまたがっている様子のサハギンが、二体ワンセットで二組いて合計四体。
加えて、その周辺の水中からざばっと顔を出したサハギンが、全部で三体。
トータルで七体。
おそらくサハギンはこれで全部か。
さらに水中に潜れば、二組四体のサハギンたちがまたがっている鮫を二体、目にすることができるだろう。
サハギンは鮫を不思議な力で手懐けて、騎乗動物として、あるいは戦力として利用することが知られている。
俺たちの前に現れた半魚人たちは、その魚面の顔を歪ませ──多分あれは薄ら笑いの表情なのだと思う──次々にその口を開く。
「ゲッゲッゲ、うまそうなニンゲンの女がたくさんいるぞ。ごちそうだらけじゃないか」
「待て待て。まずはあの逃げた女を捕まえるのが先だ」
「どっちも捕まえればいいだろ。そんで連れ帰るやつ以外は食っちまえばいい」
「ゲヒヒッ、それもそうか!」
『ゲヒャヒャアーッ!』
サハギンたちは、俺たちに向かって一斉に襲い掛かってきた。
一応言葉はしゃべるのだが、対話の余地などありはしない。
半魚人たちは、あるものは槍を手に水上から跳び上がり、あるものは泳いで岩場へと上がろうとしてくる。
それを俺、リオ、イリス、メイファの四人で迎え撃つ。
俺とリオが前に立ち、イリスとメイファはやや後方へと下がる形だ。
なお、俺たちは武器も防具もない完全な徒手空拳だし、敵のほうが数も多い。
とは言え──
「兄ちゃん、こいつらぶん殴っていいんだよな?」
「ああ、対話をする余地もなく襲い掛かってくるような連中だ、平和的対応を考えるのは不毛だな。それよりリオ、格闘戦は得意分野じゃないと思うが、やれるか?」
「へへっ、楽勝! 剣を持ってなくたって、このぐらいの相手ならどうってことないだろ」
「よし。ただ足場が悪いから、そこは気を付けろよ」
「オッケー、兄ちゃん!」
俺とリオは、それぞれ一体ずつ飛び掛かってきたサハギンの槍の一撃を、まずは悠々と回避してみせる。
それから俺は、自分に突きかかってきたサハギンの槍をつかんで、ぐいと引っ張る。
相手が前のめりにバランスを崩したところに、思いきり手刀を叩き込んだ。
俺の手刀で背中を強かに打たれたサハギンは、「ぐぇっ」とうめき声をあげて大岩の上に突っ伏した。
俺は同時に、そのサハギンが持っていた槍を奪い取っている。
一方でリオは──
「──はあっ!」
自身に襲い掛かってきたサハギンの腹に、強烈なパンチを叩き込んでいた。
ズドンッと強烈な衝撃音が響いて、サハギンが前かがみになって呻く。
リオはさらに、そうして怯んだサハギンを強く蹴りつけた。
それでサハギンは吹き飛んで、ドボーンと大きな水しぶきをあげて海に沈む。
だがリオは「おっとと……!?」と、サハギンを蹴り飛ばした勢いで、大岩の上で足を滑らせてバランスを崩していた。
まったく、言わんこっちゃない。
しかもそのリオに向かって、別のサハギンが襲い掛かり、手にした槍を突き出そうとするのだが──
「もう、リオってば油断しすぎ! ──【聖光】!」
イリスが放った光属性の攻撃魔法が、リオに襲い掛かろうとしていたサハギンに向かって炸裂した。
聖なる熱線の直撃を受け、そのサハギンは「グギャアッ」と悲鳴を上げて吹き飛び、やはり大きな水しぶきを上げて海中へと沈んだ。
「サンキュー、イリス。でも今のぐらいは、助けてもらわなくてもよけられたけどな」
「見てるこっちの心臓に悪いの! ほら、ちゃんと前見て!」
「ほーい」
リオとイリスがそんなこんなをやっている間に、俺は手に入れた槍で別のサハギンを迎撃して海に沈めている。
これでトータルの撃破数は四体目だ。
残るサハギンは三体。
残ったサハギンたちは、あっという間に仲間が倒されたことに焦っている様子だった。
「ゲゲェッ、ウソだろ!? こいつらまさか、全員が勇者なのか!?」
「ギャギャッ、しかもバカみたいに強いぞ! ど、どうする!?」
「グゲェーッ、どうするったって、あの逃げた女だけでも捕まえねぇと……!」
そんな風に慌てふためく半魚人たち。
しかしそうして戸惑っていれば、今度はメイファの魔法が発動する。
「……水の中の相手だと、火属性の魔法は、相性が悪いかも? ……まあ、そこはそれ。──【火球】!」
メイファが突き出した右手の前に、燃え盛る紅蓮の魔力球体が生まれる。
それを見た残りのサハギンたちが『ゲゲェーッ!?』と悲鳴を上げて、慌てて海に潜った。
ほぼ同時に、メイファの魔法が発射される。
一瞬の後、メイファが放った灼熱の魔力球が、サハギンたちが潜った海の上、海面に着弾して大爆発を巻き起こした。
その結果はというと──
「ギャワーッ!」
「熱っぢぃいいいいいっ!」
海の中から、サハギンたちが次々とトビウオのように跳ねとんだ。
メイファが疑ったとおり、水中の敵に対して火属性の魔法というのは相性が悪い。
火属性の中級範囲攻撃魔法【火球】を使っても、直接的に炎や爆発によるダメージを与えることは難しい。
だがそうは言っても、海水の一部を一瞬で沸騰させて、熱湯にしてしまうことぐらいはできる。
メイファの怪物級の魔力で放たれた【火球】は、そこそこの広範囲で海水をボコボコと沸き立たせていた。
あれでは海中に逃げ込んだサハギンどもも、全身大火傷は免れないだろう。
「く、くそっ! 覚えていろ、ニンゲンども!」
サハギンたちがそう言って逃げ去っていこうとしていたので、俺は「こいつも持っていけ!」と言って、自分の足元で伸びていたサハギンを、仲間たちのもとに投げ飛ばしてやった。
半魚人たちは、そいつも拾ってほうほうの態で逃げ去っていった。
一件落着だ。
「ふぅ……問題なく片付いたみたいだな」
俺が一息をついていると、そこにリオがやってくる。
「いえーい、兄ちゃん! ねぇね、手ぇ出してみて♪」
「ん、こうか?」
俺が両手を開いてリオの前に出すと、リオがそれに両手をパチンと打ち合わせてきた。
それからリオは、後に手を組んで「にひーっ」と笑いかけてくる。
今日も今日とて、うちの子はめちゃくちゃ可愛かった。
しかも水着姿なので、さらに可愛さ倍増。
これはもう、愛おしいと言っても過言でないレベルではなかろうか。
加えて、イリスとメイファも同じことを要求してきたので、俺は二人とも両手を合わせていく。
それから何となく寄り添ってきた二人の頭をなでて、さらにリオも同じことを要求してきたのでまた頭をなでて、一通りの戦後処理が終了──いや、これを戦後処理と呼んでいいのかどうかは分からないが。
ともあれその後、俺は教え子たちとともに、倒れていた少女の看護をするアルマのもとへと向かった。




