第124話
俺がみんなで海水浴に行くことを提案すると、リオ、イリス、メイファの三人は大はしゃぎで喜んだ。
そんなわけで、善は急げ。
誘ってきたアルマと日程の調整をすると、俺たちは数日後には村を出立し、海岸都市シーフィードへと向かった。
出立時のメンバーは、俺とリオ、イリス、メイファの三人に加え、ヴァンパイア事件以降、我が家の専属家政婦になったセシリアも一緒だ。
なお出立前の一幕としては、こんなことがあった。
アルマから連絡があった日の夜、俺はセシリアにも一緒に遊びに行かないかと誘ったのだが──
「い、いいのか!? 私なんかが一緒に行っても!?」
と、セシリアは凄まじい喰いつきを見せ、俺の手を両手でがっちりと握ってきたのだ。
「え、ええ……。ただ当たり前ですけど、うちの子たちの水着姿を見て、変な気は起こさないでくださいよ。セシリアさんの少年少女愛好は度が過ぎるときがありますから、大丈夫だとは思うんですけど一応忠告しておきます」
「も、もちろんだとも! 変な気を起こさないように頑張る! 努力はする!」
「……頑張る? 努力?」
「あ、いや、えっと……ぜ、絶対にしない! ……ように、気を付けます……」
と、だんだん声が萎んでいったうちの家政婦であった。
どうやらこのダメ勇者、嘘がつけない性格のようである。
これは連れていったらまずいのではないかと真剣に考えたのだが、リオたちが、
「また留守番はかわいそうだから、セシリア姉ちゃんも連れていってやろうぜ、兄ちゃん」
などと言うので、俺は最終的には、セシリアにも同行を許可したのだった。
なお、オーケーを言い渡したときのセシリアは、「ははーっ、ありがとうございます、ご主人様」などと言って家のリビングで土下座して、おでこを床にこすりつけんばかりに頭を低くしていた。
全国でもトップクラスの凄腕勇者は、うちの教え子たちと一緒に海水浴に行きたいがために、どこまでもプライドをかなぐり捨てていた。
まあそんなわけで、俺と子供たち三人とオマケ一人を加えた五人で、乗り合い馬車に揺られること数日。
俺たちはついに、海岸都市シーフィードへとやってきたのである。
「うわぁ、すっげぇ……! あれが、海……!」
「大っきい……! 先生、すごく大きいです……!」
「……くんくん。……これが、磯の香り。……貝の匂いみたいだけど、どこか趣き深い」
先に馬車から下りた子供たちは、都市の向こうに一面に広がる広大な海の姿に感動しているようだった。
海岸都市シーフィードは、俺たちの今いる陸側の入り口は市壁と市門に守られているが、街の向こう側は海岸に面しており、港にはたくさんの船が往来している姿を望むことができる。
馬車の停留場所は、そのシーフィードの街の市門前だ。
俺も子供たちに続いて、馬車を降りる。
セシリアもそれに続いた。
馬車が現地に到着したのは、昼下がりの時刻だ。
麗らかというには少々強すぎる日差しに照らされて、俺はまぶしさに目を細める。
市門では、訪問者の入市チェックが門番によって行われていて、門の前には多少の行列ができていた。
全員でその最後尾について順番を待っていると、セシリアが俺に、ふとこんなことを聞いてきた。
「ごしゅ……ブレットくんは、この海岸都市シーフィードには、以前にも来たことがあるのかな?」
「そうですね、アルマと一緒に何度か。セシリアさんは?」
「私も何度か来たことはあるが……ところでごしゅ……ブレットくん、その『アルマ』というのは何者なんだい?」
俺から家の外では「ご主人様」呼びを禁止されているセシリアが、そんな質問をしてくる。
そういえばセシリアは、アルマとは接点がなかったか。
「アルマは王都の勇者学院で勤務していたときの同僚ですね。王都の男子生徒たちの中にはファンクラブもあるぐらい人気のある美人教師ですよ。俺は彼女とは年齢も近いし気が合うんで、長期休暇のときにはよく一緒に遊びに来ていたんですよ」
「ふぅん……それは意味深だね。ブレットくんも意外と隅に置けないな。まあそれはそうか。ブレット君ほどのイイ男が、モテないはずもないものな」
そう言ってセシリアは、ニヤリと笑いかけてくる。
俺はそれを見て、はぁと大きくため息をついた。
またそのパターンか。
俺はセシリアさんの首に腕を回し、肩を並べた友人同士のようにして言う。
「あのね、セシリアさん。そう男女が仲良くしていたらすぐ恋仲を疑うの、良くないと思うんですよ。俺とセシリアさんだって、そういう関係ではないでしょ?」
「ああ。ご主人様と召使いの関係だね」
「うっ……いや、それはさておき。アルマとは別に、いわゆる男女の仲ではないです。普通に仲のいい同僚ですからそのつもりで。変な勘繰りはやめてください」
だが俺がそう伝えると、セシリアは怪訝そうな様子で眉をひそめた。
「えっと……すると何か、ブレットくん。キミはそのアルマという女性教師と、恋仲でもないのに男女二人きりで一緒に海水浴をしに来ていたと?」
「ええ。どうもアルマのやつ、俺ぐらいの相手が一番気安くていいらしいんですよ。自分のファンみたいな男と一緒だと変な目で見られるし、同性とも意外と打ち解けづらいみたいで」
「はあ……」
セシリアはなおも、いまいち釈然としていないようだった。
と、そんなとき──
「セシリア姉ちゃん、ちょっとこっち来て」
リオがセシリアに向かって、ちょいちょいと手招きをした。
なんだ……?
セシリアはそれを受け、リオのもとに近付いて、しゃがんで耳を寄せる。
リオはセシリアの耳元で、ごにょごにょと何かを伝えたようだった。
しばらくふんふんと聞いていたセシリア。
やがて「なるほど」とつぶやくと、ちらと俺のほうを見てから、何やら大きくため息をついた。
それからセシリアは立ち上がり、再び俺のもとに歩み寄ってきて、俺の肩にポンと手を置く。
「ブレットくん。キミのそういうところは嫌いではないけど、ほどほどにしなよ。そのうち刺されるよ」
「……いったい何の話をしているんですか」
なんだかとても呆れられたような雰囲気だった。
ぐぬぬ……残念お姉さんのくせに生意気だぞ。
ともあれそんなやり取りをしていると、やがて市門での入市チェックも終わり、俺たちはシーフィードの街に入ることができた。
海岸都市シーフィードは、街の三方を海に囲まれた都市だ。
天然の地形を利用して作られた街並みは、俺たちの入った陸側から三方の海側に向かって下っていく高低差のある構造になっていて、通常の都市とは一つ趣を異にしている。
海側からは磯の香りのする潮風が吹いてくるので、旅行客にとっては雰囲気があっていいが、現地住民にとってはべたつくし塩害もあるしでまあまあ大変なものらしい。
ちなみにこのシーフィード、港を持つ貿易拠点としてももちろん大きな機能を果たしているのだが、港湾都市でなく海岸都市と呼ばれるのは、何よりも海岸の地形を利用したレジャースポットとして有名だからだ。
特に街の東側に広がる海水浴場は、この暑い夏の時期には大人気となり、近隣地域ばかりか遠方からもバカンスに来る人が少なくないほどだという。
それゆえに、観光客向けの宿泊業なども盛んだ。
もちろん俺たちもその利用客で、あらかじめ市内の一軒の宿を予約してある。
アルマともその宿で落ち合う予定になっているので、俺は子供たちとセシリアを連れて、まずはその宿へと足を向けたのだった。




