第123話
大人の事情が解禁されたので、目次ページの下の方にパッケージイラストを貼り付けました!
また活動報告の方では、タイトルロゴなどのないプレーンなカバーイラストも公開しています!
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うだるように暑い、ある夏の日のこと。
俺と教え子たちが暮らす、辺境の小さな村。
その一角にある、勇者学院校舎という名のボロ小屋の前で──
俺こと勇者学院の教師ブレットは、教え子たちの前に立ち、先日入手した秘密道具を取り出した。
「ジャジャーンッ! 見ろ、我らが貧乏勇者学院にも、新しい教育用具が導入された。その名も『魔力測定器』だ!」
新しく購入したアイテムを、さも素晴らしいものであるかのように、もったいぶってから登場させる俺。
だがグラウンドという名の庭に座った子供たちのテンションは、ちょっと低かった。
「兄ちゃん、それより暑っついよぉ。冷房魔道具買ってよ、冷房魔道具」
「ちょ、ちょっとリオ! 先生だっていろいろ考えて買うものを決めてくれているんだから、失礼だよ!」
「……ボクも、リオに賛成。……今年の夏はヤバい。ここ数年で最高。百年に一度の暑さ」
「でもメイファは毎年そんなこと言ってねぇ? 去年は何だっけ?」
「……豊かな日差しと、ほど良い湿度が調和した暑さ」
「そ、そんなことより二人とも! 魔力測定器だよ、魔力測定器! 学校で魔力が測れるんだよ! これってすごいと思わない?」
三人の教え子たちは、イリスひとりが一所懸命に俺の選択をよいしょしてくれていたが、リオとメイファは本音に正直である。
ちなみにそんな少女たちは今、衣服の胸元などをパタパタさせて、少しでも涼しくなろうとしていた。
……目のやり場に困る。
こいつらももう年頃の女子なんだから、その辺は少し自覚してほしい。
あとこっちの様子を窺うようにチラチラと見てくる、その視線は何だと問いたいのだが。
俺は、はぁと大きくため息をつく。
「……リオ、メイファ。お前らも一昨年までは、冷房どころか何もない中で生活してたんだろ?」
「そりゃあそうだけどさぁ」
「……ボクたちは、広い世界を知ってしまった。……人は快適を求め、日々堕落していく生き物。……魔法文明の進歩は、蜜の味」
だんだんわがままになっていく教え子たちであった。
まあ、俺も快適なほうがいいから、悪いとは言わないけどさ。
「分かった分かった。次にまとまった収入が入ったときには、冷房魔道具の購入を検討してやるから」
「「「やったーっ!」」」
歓喜の声を上げる教え子たち。
さりげなくイリスも混じっている。
この気遣い天使の次女も、本音は一緒だったらしい。
ともあれ──
「とりあえず今日は魔力測定な。リオから順番に、一人ずつ測るぞ」
「「「はーい」」」
庭に体育座りをしていた子供たちは、まずリオから立ち上がり、俺のもとに来る。
「リオ、魔力測定器の使い方は覚えているか? ステータス検定のときに使ったと思うが」
「えっと……どうやるんだっけ、兄ちゃん。こう?」
「微妙に違う。もっとこう、真ん中のほうを持って──」
「あ、そっか。えへへ、忘れてた」
俺が道具の使い方を手取り足取り教えてやると、リオはぺろっと舌を出してみせてくる。
相変わらずくっそ可愛いな、うちの子は。
「リオの魔力値は──19か。三ヶ月前のステータス検定のときはいくつだった?」
「んと、勇者カード、勇者カード……あった。三ヶ月前に測ったときは、魔力17だって」
「お、2ポイント伸びてるな。ただ計測結果にはそのときどきで多少の誤差は出るから、それは頭に入れておいてくれ」
「ふぅん……。でも魔力はオレ、そんなに高くなくていいや」
「まあな。リオは剣を使った武器戦闘がメインだし、そっちを頑張っているからな。──よし、リオは計測終了だ。次はイリス。こっち来い」
「は、はいっ!」
リオと入れ替わって、イリスが立ち上がり、俺のもとに来た。
ドキドキした様子で、俺から魔力測定器を受け取る。
それから測定をしようとして──イリスはチラと、俺の方を見てきた。
「あ、あの、先生。……これ、どうやって使うんでしたっけ?」
イリスはおずおずと、そんなことを聞いてきた。
んん……?
「おいおい、今のリオがやっていたのを見てなかったのか?」
「あ、いえ、その……す、すみません」
「……しょうがないな。いいか、こうやってだな」
俺はイリスにも、彼女の背後に回り込んで手を取って、道具の使い方を教えてやる。
「ふわぁあああっ……! せ、先生が、後ろから密着して……!」
「……おいイリス、人聞きの悪い言い方をするな。近所の人に聞かれたら勘違いされるだろ」
「は、はい、すみませんっ! 密着してのご指導、ありがとうございます!」
「お、おう。どういたしまして」
イリスもときどき、変なこと言うんだよな。
しかしこの測定器、そんなに扱い難しいかな。
片手剣ぐらいの長さの棒状の道具で、両端にグリップがついていて、そこを両手で握って魔力を流し込むだけなんだが。
「イリスの測定結果は──40。三ヶ月前はいくつだった?」
「えっと……37です」
「イリスは3ポイント伸びているか。これも誤差の範囲内の可能性はあるが、まあ伸びていると見ていいだろ。イリスもよく頑張ってるな」
「えへへ~」
俺が頭をなでてやると、イリスはにへらっと相好を崩す。
これまたいつもながら、とても可愛い。
するとそれを見たリオが、ぷっくーと頬を膨らませた。
「あーっ、イリスだけずるい! 兄ちゃんオレも、頭なでて!」
「そ、そうか……?」
リオが近付いてきて頭を差し出すので、俺はリオもなでてやる。
するとリオは一瞬にして機嫌を直して、「えへへっ」とはにかんだ。
どうしてうちの子たちは、こうも頭をなでられるのが好きなんだろう。
俺もついついやってしまう動作なので、お互いさまではあるのだが。
「よし、じゃあ最後、メイファ」
「……暑い。……ボクはもう、動けない。お兄さん、抱っこして、そこまで連れていって」
「ん、いろいろおかしいが、とりあえずぐだぐだ言わずに来ること」
「……はぁい」
メイファはふらりと立ち上がる。
元の場所に戻るイリスやリオと入れ替わりで、俺のもとへとやってきた。
そして──ひしっ。
ふらふらっと俺の目の前まで来るなり、不意に俺に抱きついてきた。
「……おい、何をやっているメイファ」
「……暑い。死ぬ」
「暑かったら、抱き着いたら余計に暑くなるだろうが。いやそういう問題でもないが。ていうか自分の行動に疑問を持たんのかお前は」
「……お兄さんには、言われたくないよね。……ん、測定器、貸して」
奇行に満足したのか、俺から離れるメイファ。
相変わらず、行動の一部始終が意味不明で理解不能だ。
あと態度が偉そう。
こいつは将来大物になるのかもしれないが、今から偉そうなのはどうなのか。
そんな教え子の言動に不安になりながらも、俺はメイファに魔力測定器を渡す。
メイファが測定器のグリップをにぎり、魔力を注ぎ込む。
計測が終了したようだ。
「……まあ、こんな感じだよね」
「げっ、メイファの魔力値、58ポイント……!? お前、三ヶ月前のステータス検定のときにはいくつだった?」
「……魔力は、53。……でも、リオもイリスも一割ぐらい伸びているんだから、予想通りの結果」
「いや、そういう言い方をしたら、確かにそうなるが……」
魔力特化型の成長力を持つメイファだから、驚くには値しないのかもしれない。
しかしそれにしても、三ヶ月で5ポイントの伸びとは……。
勇者は成長するにつれて、能力値成長の度合いは鈍化していくのが普通だ。
例外はあるものの、たいていのケースではトレーニングや実戦経験を始めてから三年から五年程度である程度の能力値の完成を見せ、以後はさほど伸びなくなると言われている。
うちの三人はトレーニングを開始してから、まだ一年と三ヶ月ほどだ。
まだ成長期のまっ盛りと考えれば、まあ不思議ではないんだが。
……まだ成長期のまっ盛りなのかぁ。
現状ですでに、そんじょそこらの大人の勇者を遥かに上回るかなりの実力者なんだが……。
今更ながらに、とんでもないなこいつら。
末恐ろしい以外の言葉が見付からない。
まあ日々のトレーニングを頑張っているだけじゃなく、いろいろと経験もしているからな。
今後も様々な経験を積んでいけば、教え子たちの能力は順調に伸びていくことが予想できる。
教育方針的には、これまでどおりで問題はなさそうだ。
ちなみにだが、俺自身も測ってみたら、魔力値の計測結果は38ポイントだった。
三ヶ月前のステータス検定では36ポイントだったから、2ポイントの伸びだ。
俺自身のステータス成長は、ここ数年間ずっと止まっている印象だったので、この結果には少しドキッとした。
だが計測誤差もあるし、ぬか喜びはしないでおこうと思った。
そんなことがありつつ。
その日の訓練を終えた子供たちを連れて、収穫期の見事な麦畑の間にある道を歩いて、家に帰ろうとする帰り道。
俺の魔法通話具に、着信があった。
着信相手の名前を見ると、「アルマ」と表記されていた。
俺が王都の勇者学院で勤務していた頃の、同僚で仲のいい女性教師だ。
彼女とは、最強勇者決定戦のときに久々に会って以降も、魔法通話具でちょくちょく連絡を取り合ってはいたのだが。
今日は何の用事だろうと思いながら通話を受けると、魔法通話具の向こうのアルマは開口一番、こう言ってきた。
「ブレット先生、夏休みだよ! 海に行こうよ海!」
俺はそう言われて、夏休みなどという概念をすっかり忘れていたことを思い出していた。




