第120話
あたりがだいぶ暗くなり、ラヴィルトンの街にネオンライトが目立ち始めた頃。
満月が煌々と輝く空の下、俺たちは街のメインストリートを通り、中央広場へと向かう。
中央広場に到着すると、すでに会場の設営は終わっているようだった。
会場には徐々に観客が集まりはじめている段階だ。
時間的には、遅刻というほど遅れてはいない。
俺は子供たちを連れて、ステージの舞台裏へと向かおうとしたのだが──
「いたーっ!」
そのときどこかから、そんな聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。
あたりを見回すと、俺たちの方へパタパタと駆け寄ってくる小柄な姿が一つ。
その後ろからボディガードの黒服が数人ついてくる。
リゼル武具店の店主、エルフのデザイナーにして職人のリゼルだ。
だがその目もとには、どこか隈のようなものが見える。
朝に「遮光の首飾り」を受け取るために会ったときも若干顔色が悪かった気がするが、それに拍車がかかっているような。
まさか、昨日から寝てないパターンか……?
「はぁっ、はぁっ……み、見つけた……!」
「どうしたんです、リゼルさん。おかげさまで『遮光の首飾り』はちゃんと機能しましたけど」
「そう……それは、良かったわ。じゃあついでに、これも受け取ってちょうだい」
リゼルは黒服の一人に、指図する。
指示を受けた黒服は、手元の袋から一着の衣装を取り出した。
そしてウルの前に行って、それを手渡す。
「えっ……なんすか、これ……?」
衣裳を受け取ったウルが呆然としていると、リゼルが言う。
「今日のあなたのステージ衣装よ。特急で作らせたから少し荒いかもしれないけど、ステージの主催側が用意している貸し衣装よりは百倍仕立ては良いはずだし、何よりあなたに似合うデザインにしたわ」
「は……? ──って、えぇええええっ!? う、うちの専用衣装ってことっすか!?」
ウルが驚きの声を上げる。
驚いたのは俺もだ。
そう言われてみればリゼルは、ウルのプロポーションをはかるような様子も見せていたが……。
一方のリゼルは、事もなげに言う。
「そうよ。この私が徹夜で作ったし、作らせたんだから、今日のステージではそれを着て踊りなさい。──ガルドンさんから聞いたわ。今日はあなたの晴れ舞台なんでしょう? だったら思いっきり着飾らなきゃ。それに何より、あなただけ貸し衣装なんかじゃ、私が作ったそっちの三人の衣装に見劣りしてしまうわ」
そう言ってリゼルは、リオ、イリス、メイファの三人を見る。
彼女が作って三人に渡してくれた防具は、今日のステージのための衣装でもあるのだ。
「ふぇぇっ……わ、分かったっす……。何もかも夢みたいっすよ……。あ、ありがとうございます。いくらお礼を言っても言い足りないっす」
「いいわ、気にしないで。私がやりたくてやっているんだから。その代わり、今日はいいステージを、見せてちょうだい……楽しみにして、る……」
「おっと」
リゼルは自らのミッションを達成したからなのか、ふらりと倒れそうになったので、俺はそれを支えてやった。
すぐに黒服たちが慌てて駆け寄ってきたので、ぐったりとしたリゼルを受け渡してやる。
リゼルも意識を失ったのは一瞬だけで、黒服たちに支えられながらよろりと立つ。
黒服たちは「リゼル様、無茶のしすぎです!」「どうかお体を大切にしてください!」などと言うが、リゼルは「……うるさいわね。あなたたち私のお母さんか何か? 好きにやらせてよ」などと言って拗ねていた。
……なんというか、趣味に没頭して寝食を忘れた趣味人という感じだ。
リゼルもリゼルで、また相当な変わり者だな。
周りの人たちも大変だ。
それからリゼルは、ステージの前に用意された特設の観客席へふらりと向かっていって、そこにあった席に崩れ落ちるように腰かけた。
そして力尽きたのか、すぅすぅと寝息を立てはじめる。
そのリゼルの隣の席には、これまた見覚えのあるずんぐりむっくりとした人物がどっかりと座っていた。
隣の席で寝落ちたリゼルを見て、「ふん」と鼻を鳴らすのは、ドワーフの職人ガルドンだ。
彼も今日のステージを見に来たのだろうか。
「うち、ガルドンさんにも挨拶してくるっす!」
そう言ってウルは、パタパタと駆けていく。
そしてガルドンの前でウルが何度も何度も頭を下げると、ガルドンはその少女の頭を不愛想になでた。
さらにそこに──
「あ、兄ちゃん。あれってウルが働いてるパン屋のおっちゃんじゃねぇ?」
リオが指さした先には、大柄マッチョのパン屋の親方さんと、その奥さんがいた。
あの二人も、ウルのステージを見に来たのだろうか。
パン屋での修羅場のときと違い、今日は夫婦の仲も良さそうだ。
その姿をウルが見つけると、ウルは二人のもとにも挨拶に行く。
ウルはパン屋の夫婦にもまた、頭をなでられていた。
「先生……なんかああいうの、いいですね。ウルちゃん、たくさんの人たちに応援してもらって」
イリスがそう言って寄り添ってきたので、俺はその頭にぽんぽんと手を置く。
「ああ、そうだな。ちなみにイリスたちのことは、俺が百人分応援してやるから安心しろ」
「えへへっ。お願いしますね、先生♪」
イリスは少し頬を染め、俺に上目遣いで笑顔を向けてくる。
今日も今日とて、めちゃくちゃ可愛いな、うん。
「に、兄ちゃん……! オレも頑張るからっ! だから、その……オレもイリスみたいに、頭ぽんぽんってしてほしいなって……」
「……お兄さん、ボクも、イリスみたいにされたい。……なんなら頭ぽんぽんと頭なでなでのセットでも、ボクは一向に構わない」
そう言ってリオとメイファも寄ってきたので、二人にもめちゃくちゃ頭ぽんぽんしたり、頭なでなでしたり、イリスも含めて抱き寄せたりした。
そうこうしているうちに、ウルも戻ってくる。
「うちの挨拶は終わったっすよー……って、三人とブレットさんのべたべたっぷりは、相変わらずっすね……」
そう言ったウルの顔は、少し引きつっていたような気がした。
まあそれはともあれ。
準備も整って、いよいよステージに向かうときだ。
俺はウルも含めた四人の教え子たちに向かって発破をかける。
「それじゃあ四人とも、これまでの練習の成果を見せてこい。あと、せっかくだから楽しんでこいよ」
「「「「はいっ!」」」」
そうして四人は、ステージの舞台裏へと駆けていく。
舞台裏ではうちの子供たちのほかに、十組近くのグループがスタンバイをしているようだった。
うちの子たちが、あの数の子供たちとステージの出来を競うことになるのかと思うと、なかなかにドキドキするものがあるな。
一方で俺は、ステージを見やすい場所を適当に探し、そこに移動する。
するとそんな俺のもとに、また別の人物が歩み寄ってきた。
警邏服を着た女性だった。
今日はチンピラ風の二人を連れてはおらず、一人だけの様子。
「こんばんは、勇者学院の先生。──昨日は本当にありがとうございました。おかげでこの街が抱えていた、一つの大きな問題が解決しました。だからこんなイベントも安心して開催できる」
俺の隣に並んだ警邏女性は、俺に向かって頭を下げてきた。
俺はそれに、軽く微笑んで答える。
「こんばんは、警邏課長さん。なんの話だか分かりませんけど、この街を訪問した一旅行者としては何よりだと思います。うちの教え子たちも、このイベントを楽しみにしていましたから」
「そっか、それは良かった。──でもどこかの善意の旅行者さんは、自分たちのお手柄を誰にも知られなくていいのかなって、街の警備をしているあたしは思ってしまうんだよね。誰のお手柄かを明かせば、表彰と特別報酬ぐらいは出る可能性はあると思うよ?」
「でもその旅行者が実際にやったことは、街の外とはいえ、罪状の確定していない現地住民の住宅への殴り込みですよね。その辺は難しいんじゃないですか? その住居の内部から偶然、まずいものが見付かったから良かったものの。社会的には、目的のために手段を選ばないってのを正当化するわけにもいかないでしょう」
「うーん、実際のところ、そうなんだよねー……。ほんっとごめん! あとありがとう! また会う機会があったら、この埋め合わせは何かで必ずするから」
「気にしなくていいと思いますよ。その旅行者も、自分たちの目的のついででやっただけでしょうから」
「うん、分かった。何の役にも立たないだろうけど、悪党どもから何人もの罪もない市民を救った英雄がいたことは、あたしの胸の中には永遠に残しておくから。本当、ありがとう!」
そう言って俺のことを拝んでから、女性警邏は「それじゃ、また」と言って去っていった。
軽そうに見えて、意外と律儀な人なんだな、あの人も。
──とまあ、そんなこんながありつつ時間が過ぎ。
やがてステージの時間がやってきたのであった。




