第118話
リオとメイファ。
二人の少女は六人の闇勇者と対峙し、戦闘態勢を整える。
「ああもう、兄ちゃんのせいで恥かいた!」
リオは顔を真っ赤にしながら、メイファの前に進み出て前衛に立つ。
フリルたっぷりのアイドル衣装スタイルの衣服系防具は、そんな少女の姿を可憐に彩っている。
一方でメイファもまた、特に申し合わせたわけでもなくリオの後ろへと下がる。
彼女もまたリオと同様にアイドル衣装の姿だが、こちらは何とも堂々としたもの。
「……大丈夫、リオ。……その格好のリオ、ちゃんと可愛いから、恥ずかしがることない」
「か、可愛いって言うなバカ! むしろだから恥ずかしいんだよ!」
「……可愛い、可愛い、可愛い。……その姿のリオ、すっごく可愛いよ」
「むっきぃいいいいっ! お前なぁっ! いい加減にしろよ!」
「……お兄さんに可愛いって言われたら、嬉しいくせに」
「ぐっ……! そ、そりゃあ……兄ちゃんに言われるのは、いいんだよ。あれはいい。許す」
「……じゃあ今度、リオは可愛いって言われるのは嫌いだって、お兄さんには言っておく」
「なんでだよ! 兄ちゃんに言われるのはいいって言ってんだろ!」
「……くっくっ、リオはやっぱり、からかい甲斐があっていい」
そんな風に二人がじゃれていると、それを見て顔を歪めるのは、二人と対峙する六人の闇勇者たちだ。
「……おいおい、お嬢ちゃんたち。俺たちのこと忘れちゃってくれてんのか、ああ?」
「自分たちが大ピンチだってことが、よく分かってねぇみてぇだなぁこのメスガキども」
「だったらちゃんとワカるように、俺たちの手で教育──いや、調教してやらねぇとな」
そう言って、ギャハハハッと下品に笑い合う闇勇者たち。
それを聞いたリオは、メイファとのじゃれ合いをやめる。
フリヒラ衣裳を着たボーイッシュな少女は、再び前を向き、冷めた目で闇勇者たちを見上げた。
「ったく、いちいちうるせぇなぁ。本当にオレたちに勝てると思うんなら、さっさとかかって来いよ。それともビビってんのか、おっさんたち?」
その場の空気が一瞬、凍りつく。
やがて──
ビキッ、ビキビキッ……!
リオの挑発に、闇勇者たちの額に青筋が浮かびあがった。
「……ほ、ほぉう、そうかい。──だったら望み通り、さっさとぶちのめしてマワしてやんよ!」
「小生意気なクソガキが! もう後悔しても遅ぇからな。おママゴトじゃねぇってことを教えてやらあっ!」
そう叫び、まず二人の闇勇者がリオに襲い掛かった。
廊下はそう広くはなく、六人の闇勇者たちが同時に飛び掛かるのは困難だ。
同時に襲い掛かれるのは、二人がせいぜい。
リオはそれに対し、なんら気負った様子もなく受けて立つ。
その眼差しには、普段の天真爛漫なものとは異なる、鋭く冷たい眼光が宿っていた。
リオは腰の鞘から剣を抜き、ヒュンと横手に一振り。
その動作にはコンマ一秒もかからず。
それから、立ち上がった熊のような姿勢で襲い掛かってくる二人の闇勇者を前に、自然体で身構え──
『いくぜ、クソ野郎ども──【疾風剣】!』
──ズバババババッ!
リオがアイドル衣装に包まれた小柄な体を可憐に躍らせ、一瞬で十二連撃の高位斬撃技を放った。
「「ぐわぁあああああっ!!」」
一拍の後、二人の闇勇者は全身から血を噴き出し、ドサドサと倒れていく。
彼らが受けた傷の一つ一つはさほど深くはなかったが、その全身が滅多切りにされ、二人ともが一瞬にして戦闘不能状態に陥っていた。
しかも、うち一人は鎖帷子を着込んでいたのだが、斬撃に強いはずのその鎧も難なく切り裂かれ、太めの針金を丸めてできた鉄の鎖がバラバラに千切れ飛んでいた。
「な……んだ、と……!?」
「う、嘘だろ……!?」
それに驚いたのは、残る四人の闇勇者たちだが。
一方でまた、攻撃を放ったリオ自身も、あることに驚いていた。
「うひーっ……この剣、すっげぇ切れ味だな。ガルドンのおっちゃんの剣、マジですげぇ」
そう言ってリオは、自らが振るった剣の刀身をまじまじと見る。
鈍い銀色に輝くショートソードは、まったく地味で飾り気もないが、これまでリオが使っていたショートソードとは、使っている素材の質も鍛え方もまるで比べ物にならない逸品だった。
だが、両者がそうして膠着を見せたのも束の間。
『くそっ、あのガキ、ありえねぇ強さだぞ……! 接近戦はダメだ! テメェら魔法だ! 魔法で畳むぞ!』
残る四人の闇勇者たちは、気を取り直し、リオに近付かないまま魔法で攻撃を仕掛ける戦術に出た。
「【炎の矢】!」
「「【風の刃】!」」
「【石弾】!」
四人はほぼ同時に、初級の攻撃魔法を放つ。
火炎弾が、かまいたちが、石つぶてが。
一人あたり三弾、トータル十弾を越える猛攻撃となって、一斉にリオに襲い掛かった。
『なっ……!? 全部オレに来んのかよ!? くっそ──【ディフレクション】!』
それでもリオは、俊敏な回避のステップと剣を使った防御スキルとで、襲い来る魔法攻撃の大部分を回避、あるいは防御してみせる。
だが回避も防御も及ばなかった残る四弾が、リオに直撃した。
火炎弾が、かまいたちが、石つぶてがリオの体を打ちのめし──
『うわぁあああっ……って、あれ? ほとんど痛くねぇんだけど』
──打ちのめしたりはしなかった。
リオの身を守るアイドル衣装型防具が淡い光を放ち、その高い魔法防御力によって、衣装の主に直撃した魔法攻撃の威力のほとんどを打ち消していたのだ。
その様子を見て、くっくっと笑うのは、リオの背後で様子を見ていたメイファだ。
『……その防具の魔法耐久テストは、すでに済ませてある。……よほどの魔力を持ったものでなければ、初級攻撃魔法は、ほとんど通さない』
『え、待ってメイファ。オレそれ初耳なんだけど』
『……初々しい反応をありがとう、リオ。……とても良かった。ボクは感動した』
『おいこら』
『……演出はこのぐらいで十分。……そろそろお終いにしよう』
メイファは左手を前方に突き出し、その手の前の空間に魔力を集積させていく。
球状に集まった魔力は、やがて人の頭部ほどの大きさの灼熱の球体となり、輝きを増していった。
『お、おい……嘘だろ……!?』
『なんだあの魔力の量は……!? や、やめろ……!』
『あ、あり得ねぇ! 逃げろ、殺されるぞ!』
『ば、バカ、押すなよ! 待て、待って待って待って……!』
メイファが放つ圧縮された魔力の濃度に気付き、慌てふためく闇勇者たち。
だがメイファには、先ほどまでのふざけた様子はなく。
その瞳には、本気の怒りが宿っていた。
『……やめるわけない。……待つわけない。……ウルが味わった痛みと苦しみと恐怖を、少しでもいいから堪能しろ。──【火球】!』
──ボッ!
メイファの手から、恐ろしい魔力が詰まった灼熱の球体が発射された。
それはまるで、刹那の時間の中をゆっくりと進むようにして、地下牢から逃げ出そうとする四人の闇勇者たちの中心部、その地面へと着弾し──
──キュドォオオオオオオオオオンッ!
四人の闇勇者たちを余さず包み込んで、紅蓮の大爆炎を巻き起こした。
「「「「グギャアアアアアアアッ!」」」」
灼熱の炎と爆発に打ちのめされた闇勇者たちは、みなバタバタと倒れていき、やがて爆炎がやんだあとには、真っ黒に焼けただれた闇勇者たちの姿があった。
それを冷たい目で見つめ、メイファがつぶやく。
「……殺しはしない。……お兄さんから、人を殺すなと言われている。……お前たちなんか人じゃないと思いたいけど、お兄さんが悲しむ目を見たくはないから」
そんなメイファの隣に、リオが並び立つ。
「そうだな。お前ら兄ちゃんに感謝しろよ? ……っつっても、聞こえてねぇか」
と、そこに──
「お疲れさん、リオ、メイファ。よく頑張ったな。大丈夫だったか?」
ブレットが背後から現れて、二人の少女の頭に手を置いた。
そして二人の頭をわしわしとなでつける。
それを受けた二人の少女は、一瞬前までの様子が嘘であったかのように、飼いならされた仔猫のような姿でブレットに懐いていた。
「にゃはっ、兄ちゃんくすぐったいよ。──ま、こんなやつら、全然楽勝だったけどな」
「……そんなことを言って、リオは敵の魔法の直撃を受けていた。……防具を着ていなければ、大ダメージだった」
「そ、それは……! ていうかメイファ、あのとき何やってたんだよ! メイファならあいつらより先に攻撃できただろ!」
「……演出は、大事。……リオのあれは、必要な犠牲だった」
「え、ちょっと待て。それって」
「……あとお兄さん、もっとボクをたくさんなでてもいい。苦しゅうない。……あ、そこ、いい……もっと」
そしてそこに、イリスとウルの二人も歩み寄ってくる。
「先生、ウルちゃんの治療も終わりました。もう大丈夫です」
「ありがとうございましたっす、ブレットさん! 何度も助けてもらってばっかりで、なんてお礼を言っていいか……。それにリオちゃん、メイファちゃん、あとイリスちゃんも、本当にありがとうっす!」
ぺこっと深くお辞儀をするウル。
その二人に対しても、ブレットは頭なでなでを敢行する。
「イリスとウルも、よく頑張ったな。本当に、よく頑張ったよ」
「にゃあああっ……やっぱりひと仕事した後の先生の頭なでなでは、最高だね……あぁ、気持ちいい……嬉しい……」
「そ、そういうものなんすか……? なんか、うちの中のイリスちゃんのイメージが、どんどん崩れていくっす……」
イリスはうっとりしながら頬を染めて感じ入り。
ウルはそんなイリスの様子を見てちょっと引きながらも、やはり大きな手で頭をなでられて、少しだけ気持ちよさそうにしていた。
その後ブレットは、ラヴィルトンの街の官憲に、善意の市民として通報。
ラヴィルトンの官憲が現場に駆け付けると、何者かの襲撃によって倒れ伏した闇勇者たちの姿と、彼らの悪事の証拠を発見することとなるのだが。
その現場を作った者たちの姿はそのときすでになく、後日、善意の協力者Xの存在がラヴィルトン警邏事務所の捜査記録に記されることとなった。
そのようにして、満月の日の前夜、戦いの夜は過ぎ去っていき──翌日。
ラヴィルトンの街の中央広場にて、素人舞台アイドルのステージが幕を開く運びとなったのである。




