第117話
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ブレットが戦闘を始めるより少し前まで、時間は遡る。
イリスはブレットから指示を受け、牢獄の石壁に鎖で繋がれたウルのもとへと駆け寄っていた。
「ウルちゃん、よく頑張ったね。痛かったよね。今治療するから、つらいと思うけど、もうちょっとだけ痛いの我慢してね」
ウルの前まで来たイリスは、彼女自身が泣きそうなぐらいの同情を寄せてウルの心配をする。
だがそれにウルは、肩に刺さったナイフの痛みで脂汗を浮かべながらも、首を横に振る。
「い、イリスちゃん……うちは大丈夫っすから……ブレットさんたちを、手伝って──うぐぅっ……!」
みなまで言う前に、痛みで言葉を途切れさせてしまうウル。
イリスは余計に心配そうな表情を浮かべる。
「もう、バカなこと言わないでよ! ごめんね、ナイフ抜くから、今だけ痛いの我慢してね」
「だ、大丈夫……いぎっ……ぁあああああっ!」
イリスがウルの肩に刺さったナイフをひと思いに引き抜いた。
それでイリスの手にはべったりと赤い血がついてしまい、その顔や衣服にも血が跳ねたが、少女は気にすることなく作業を続ける。
「はぁっ……はぁっ……う、うちのことは、いいから……イリスちゃん……」
「先生たちなら大丈夫だから、静かにしてて。今、楽にしてあげるからね。──【究極治癒】!」
イリスはナイフを床に投げ捨て、ウルの患部に両手を当てて精神集中、自身が持つ最高水準の治癒魔法を行使する。
強力な治癒の光が、ウルの肩の傷をみるみるうちに癒していった。
そして数秒もしない間に、ウルが受けた重傷は完全に塞がってしまう。
それどころか、イリスが手を当てた直接の患部以外の小さな負傷も、すべて綺麗に癒されてしまった。
「す、すごい……イリスちゃん、聖女様みたいっす……」
「もう、こそばゆいよ……。それより、もう痛むところはない? 鎖も魔法で切るから、ちょっと待っててね」
「う、うん……って、そうじゃないっす! だからイリスちゃん、うちのことなんかより、ブレットさんたちの方を手伝ってあげてくださいっす! もううちは本当に大丈夫っすから!」
ウルがそう必死に伝えると、イリスは困ったように眉をハの字に曲げた。
「あのね、ウルちゃん。さっきも言ったように、先生たちは大丈夫だから。心配しないで」
「大丈夫って……!? だって、三対八っすよ! 勝てるわけないっす!」
ウルはなおも訴えるが、イリスはきょとんとした様子でこう答えた。
「なんで?」
「え、なんでって……」
「だって、あのぐらいの人数差で、あの程度の雑魚相手に、先生たちが負けるはずなくない?」
「は……? ざ、雑魚……?」
「うん、雑魚」
ウルが首を傾げる。
イリスもまた首を傾げた。
「んー、まぁいいや。心配なら一緒に見てようか。もし万が一危なくなるようなら、私も助けに入るから」
そう言ってイリスは、光属性の攻撃魔法【聖光】でウルの手足を拘束する鎖を焼き切りながら、ウルの隣に立ち、対峙する勇者たちの姿を視界に収める。
相対するトータル十一人の勇者たちは、戦闘に入る直前のピリピリとした空気で、互いに険悪な会話をしているところだった。
「はぁ……。でもあの“疾風”ゲイリーっていうやつ、めちゃくちゃ速くてめちゃくちゃ強かったっすよ。うちは獣化した状態でも、あいつ一人に完全に遊ばれたっす……」
「あー、そうだね。あいつだけは『ちょっとだけ』強いかな。──でもねウルちゃん。私とリオとメイファの三人で、二ヶ月ぐらい前に『最強新人勇者決定戦』っていうのに出場したんだけど」
「えっと……」
何の話が始まるのかとウルが不思議に思って聞いていると、イリスは二本目の鎖を焼き切りつつ、こう続ける。
「それの決勝戦で、私たち、三人の強敵とぶつかったの。“剛剣”アドルフ、“女王”ドロシー、“銀狼”ジェイクっていう三人でね。その中で“剛剣”アドルフが一番強かったんだけど──あの“疾風”ゲイリーっていう人、多分アドルフにも及ばないよ。せいぜいあの当時のドロシーちゃんやジェイクと同じぐらいじゃないかな」
「んー?」
ウルは首を傾げる。
自分が知らない大会の話なので、うまくイメージが湧いていなかった。
だがイリスは語るのが楽しくなっていて、そんなウルの様子には気付かない。
イリスは両腕の鎖を切り終えた後、今度はウルの足を拘束している鎖に取り掛かりながら、話を続ける。
「でね、それが学生レベルの勇者大会。私たち三人はそれに優勝したんだけど──」
「ゆ、優勝!? イリスちゃんたち、勇者の強さを競う大会で、優勝したんすか!?」
「うん、まぁね。でもそれも、ぜーんぶ先生のおかげ。──だけどねウルちゃん、先生はそんな私たち三人が束になってかかって、ようやく相手になるかどうかっていうぐらいすっごく強いの。だから心配しないで」
「ふぇぇっ……うち、そんなすごい人のお世話になってたっすか……」
「そういうこと。先生はすごいんだから。ウルちゃんももっと先生に感謝していいよ。私も今後ずーっと、先生の従者として、しもべとして、なんなら奴隷として、先生に一生尽くし続けることを心に決めてるんだから♪」
そう誇らしげに語り、胸を張るイリス。
ちなみにウルを拘束していた鎖は、すでにすべて彼女の魔法によって断ち切られていた。
自由を得たウルは、そんなイリスの姿に何かの熱心な信者のようなものを感じてしまい、困ったようにあははと笑う。
「じゃ、じゃあ、あれっすね。イリスちゃんにとって、ブレットさんは神様みたいなものなんすね」
それはウルの口から、なんとなく出てきた言葉だった。
だが──びくんっ。
それを聞いたイリスの体が、電撃に撃たれたように跳ねた。
ウルは、首を傾げる。
あれ、自分は今、何かまずいことを言ったかな……?
そんなウルに、イリスががばっとつかみかかる。
ウルの両肩をつかんだイリスは、目の前の狼人間の少女の体をがくがくと揺さぶった。
「そう、それだよウルちゃん! ウルちゃん良いこと言った! そのとおりだよ! 私にとって先生は、私が一生を尽くして仕えるべき神様なの! それだよ!」
「えぇーっ……」
呆れるウルの前で、美少女三姉妹の次女は瞳をキラキラと輝かせ、うっとりとした表情を見せる。
「ああ……そうだわ。私は先生という神に一生尽くし続ける敬虔にして従順なる信徒として、先生にたっぷりとご奉仕するためにこの世に生まれてきたの。だから私の身も心も、全部先生のもの……私は先生のために存在するの……」
「あの……イリスちゃん……? 大丈夫っすか? だいぶトリップしているように見えるっすけど……」
「ウルちゃん、先生教はいつでも門戸を開いているけれど、一番の信徒の一人は私だから、それだけは忘れないでね。私が一番、ウルちゃんは二番」
「イリスちゃん、ちょっと落ち着くといいっすよ……?」
「これが落ち着いていられるわけない! だってこの世の真理を、私が生きる意味を見つけてしまったんだもの!」
「あ、ダメっすねこれ……しばらく止まりそうにないっす……。──でもイリスちゃん、ブレットさんは良くても、リオちゃんとメイファちゃんの方は大丈夫なんすか? 大人の勇者相手に、二対六っすよ……?」
それを言うと、イリスははたと正気に戻ったようになって、その瞳に理性を取り戻した。
「んー、まあ、大丈夫なんじゃないかな」
「大丈夫っすか」
「うん。だって、『たかが三倍の人数差』でしょ?」
イリスはそう言って、ウルに向かってにっこりと微笑みかける。
そんな二人が視線を向けた先──地下牢の廊下では、ついにバトルが動き始めていた。




