第115話
書籍版発売まで残り7週間ちょいとなりまして、活動報告でキャラデザなど公開していく予定です。
できれば1週間に1回ずつ、カウントダウン的な感じで。
第1回はイリスさんです。
よろしければ是非、覗いていってください。
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ウルが捕らえられている場所を探り出すため一計を講じ、伝令の男を追って地下牢にたどり着いた俺は、そこで許せないものを見た。
広い地下牢の牢獄の一つ、その奥の石壁に、ウルが鎖で拘束されていた。
ウルの衣服は、獣化で破れただけではああはならないだろうと思うほどに、ボロボロに破り裂かれている。
しかもそれに加えて、少女は全身のあちこちに大小の怪我を負っていた。
特に痛ましいのは、彼女の左肩に突き立てられたナイフだ。
そうした満身創痍の少女の姿はつまり、ここにいた闇勇者たちが、ウルの心と体を玩具のように弄び、いたぶり、虐待したことを意味している。
俺は一瞬、全身の血が沸騰するような怒りに襲われたが、すぐに深呼吸して気を取り直す。
一番つらかったのはウル自身だ。
今は彼女を少しでも安心させてやらないと。
俺は努めて柔らかい笑顔を作って、ウルに向けてやる。
「ウル、遅れてすまない。すごく痛くて、つらかったよな。でももう大丈夫だ。ここにいる悪いやつらは、全員やっつけるから」
俺はウルに向かって、そう約束する。
ここの闇勇者どもは一人残らずぶちのめすことを、俺は心に決めていた。
それから一歩遅れて、リオ、イリス、メイファも地下室に下りてきた。
囲みを突破してきただけだから、上にいた残り六人の闇勇者たちもすぐに下りてくるはずだ。
だがまずは、ウルの安全を確保すること。
牢獄の中でウルを弄んでいた軽薄そうな笑みを浮かべた青年が、俺たちを警戒して廊下に出てくる。
俺はそこに全速力で駆け寄り、手にした剣で牽制の一撃を放った。
俺の速さが想定外だったのか、青年は一瞬、驚きの表情を見せる。
だが同時に、反射レベルの速度で素早く身を翻し、加えてバックステップで俺から距離を取った。
俺は牢獄の前の廊下に、ウルを守るように陣取る。
リオ、イリス、メイファの三人も駆け寄ってきて、全員が俺のもとに揃った。
やがて階上からは、想定通りに六人の男たちが下りてくる。
ウルが囚われた牢獄を背にする形で、俺たちが廊下の真ん中に立ち、左手には二人の闇勇者、右手には六人の闇勇者に挟まれた形となった。
「ブレットさん……! それにリオちゃん、イリスちゃん、メイファちゃんも──そいつらけちょんけちょんに、やっつけちゃえっす!」
ウルの応援の声が、背後から飛んでくる。
あんな大怪我をさせられて傷が痛みもひどいだろうに、大したものだ。
俺は背後のウルに視線を送り、うなずきかけてやってから、教え子の一人へと指示を出す。
「イリス。ウルの治癒を頼む」
「はい、先生!」
俺の指示を受けたイリスは、牢獄の中に駆け込んでいく。
ウルのことはイリスに任せておけば大丈夫だろう。
しかしイリスが抜けると、こちらの戦力は俺、リオ、メイファの三人。
対する敵戦力は八人の闇勇者だ。
そんなとき、先ほど俺の牽制攻撃を回避した軽薄そうな青年が、ペッと唾を吐き捨て俺を睨みつけてきた。
「……不愉快だな。キミは何者だ? ラヴィルトンの官憲に、この俺、“疾風”ゲイリーに匹敵する力を持った勇者などいないと思っていたが。しかも子供の勇者を三人連れて殴り込みにくるなど、まるで意味が分からない。キミたちだけでここに来たのか?」
やはりあいつが“疾風”ゲイリーか。
先ほど俺の攻撃を回避した動きから、手練れだなとは思っていたが。
俺はわずかだけ、背後へと視線を向ける。
イリスがウルの肩に刺さったナイフを思い切って引き抜き、血まみれになりながら必死に治癒魔法をかけている姿が見えた。
苦痛にあえぐウルを励ますように、優しく声をかけながら治療を行うイリス。
そんな少女の懸命で献身的な姿には、いつもながら“聖女”という言葉を彷彿とさせられる。
だが許せないのは、そもそもウルをあんな目に遭わせた者たちだ。
俺は視線を、闇勇者どものリーダーへと言葉を向ける。
「ああ。“疾風”のゲイリーさんよ、あんたが何を勘違いしているか知らないが、俺はラヴィルトンの街の官憲じゃない。通りすがりの勇者学院の教師だよ。……つまり、テメェの私欲のために子供をいたぶり不幸にするクズどもが許せないってだけの、ただの教師だ」
「くっくっ……そうかい。キミほどの実力を持った勇者が、教師などというチンケな仕事をしているのはまったくもって理解に苦しむが、まあいい。──だが、どうするつもりかな? もし仮に、キミが俺と互角に切り結べたとしてだ。残る戦力差をどう覆すつもりだい?」
自分たちの圧倒的優位を疑っていない態度で、そう切り返してくるゲイリー。
なるほど。
あいつには「そう見えている」ってことか。
実力を見る目が意外と弱いのか、単なる自信過剰か、あるいはその両方か。
まあいい。
だったらそれに乗っかってやろう。
「さぁな。──やってみれば分かるんじゃないか?」
俺はそう返して、ゲイリーおよびその隣の伝令の闇勇者と向き合うようにして、剣を構えて立った。
そうすると必然的に、残る六人の闇勇者たちに対しては背を向けることになるのだが──
「リオ、メイファ。そっちの六人は任せた」
俺は二人の教え子に、そう声をかける。
俺の指示を受けたリオとメイファは、どちらも俺と背中を合わせるようにして、俺の後ろに立った。
そして嬉しそうな声で、こう返してくる。
「へへっ、そうこなくっちゃ。バッチリ任されたぜ、兄ちゃん!」
「……ボクも、了解した。……その代わり、そっちのクズ野郎は、お兄さんが責任をもってぶちのめしてほしい」
そんなわけで、戦いの構図は二つに分かれた。
俺が対峙するのは、“疾風”ゲイリーともう一人の闇勇者。
その俺と背中合わせに立つリオとメイファが相手にするのは、残る六人の闇勇者たちだ。
俺はその上で、リオとメイファにもう一つ声をかける。
「二人とも念のため、防具は装備しておけよ」
だがこれには、リオが悲鳴を上げた。
「えぇーっ!? 大丈夫だよこんなやつらぐらい! ていうか、あれ着るの恥ずかしい!」
「そう言うなよ。リゼルが精魂込めて作ってくれたんだ。それに防具としての性能は一級品だぞ?」
「そりゃ分かってるけどさぁ。……ううっ、もう、分かったよ。着ればいいんだろ着れば」
リオはどうも、リゼルが作ってくれた防具があまりお気に召さないらしい。
リオの性格を考えると分からないでもないが、しかし身の安全には代えられないというもの。
一方のメイファはというと、別に抵抗感はないらしい。
「……まあ、ボクは嫌いじゃない。……それじゃリオ、いくよ」
「あいよ、メイファ。いっせーので行くぞ。オレだけとか無しだからな?」
二人はそう言って、いずれもポケットから一つのブローチを取り出した。
そしてブローチを胸に当て、同時に叫ぶ。
「「──ガードクローク・ドレスアップ!」」
すると二人の全身が、パッと一瞬だけ光り輝いた。
そして光がやむと、二人が身に着けていた衣服がすっかりと姿を変えていた。
どちらも胸元にブローチを宿した、フリルたっぷりのヒラヒラ衣装姿に大変身である。
端的に言って、アイドルの舞台衣装姿そのものだった。
これはリゼルが作ってくれた、うちの教え子たち専用の防具だ。
ブローチ式の魔道具の中に衣装が魔法的に内蔵された仕組みとなっており、装備者の掛け声によって一瞬で自動的に着替えができるという優れものである。
しかも衣服系防具ながら強度は折り紙付きで、実質の防御力は下手な金属鎧よりも上。
加えて、高位の魔法防具には定番の自動修繕&自動洗浄機能まで付いているという至れり尽くせりっぷりだ。
正直に言って、これほどのランクの防具が出来上がってくるとは思ってもいなかったので、リゼルからこれを三人分渡されたときは冷や汗をかいた。
これに見合うまともな代価を支払ったら、ドラゴンから受け取った財宝分も含めて所持金が一瞬で消し飛んだ上に、莫大な額の借金を負うことになるからだ。
だがリゼル曰く、「私が作りたくて作ったんだから、最初からお金を取るつもりなんてないわよ。貧乏人の尺度で物事を考えないで頂戴。どうしても気になるなら、その衣装を着て全世界で大活躍してリゼル武具店の宣伝をしてくれればいいわ」とのことで、あらためて大金持ちは恐ろしいなと思った俺だった。
というわけで、見た目は可憐なアイドル衣装、しかしてその実態は極めて強力な高ランク衣服系防具という、とてもおそろしい防具が手に入ってしまったわけだ。
ちなみに、メイファは普段の衣服からしてフリヒラなので多少デザインが変わったぐらいだが、一方で普段が半袖短パンの健康優良児であるリオにとっては、このフリルたっぷりのミニスカートを含んだデザインはすごく恥ずかしいらしい。
……まあ正直な感想を言うと、俺から見ても、これから戦闘をするという格好ではないよなぁとは思うが。
それでも心構えができていた俺はまだいいとして、そうでない連中──闇勇者の連中からしてみれば、ポカーンとするしかない状況だ。
そして、一瞬の後には、闇勇者たちの間でどっかんどっかん大爆笑の渦が巻き起こった。
「ギャーハハハハハッ! なんだその格好! あり得ねぇだろ!」
「やっべぇ、マジウケる! これで戦う気かよ! しかもガキが俺たち相手に六対二とか! ヒーッ、腹痛ぇ~!」
「お嬢ちゃんたち~、学校のお遊戯の時間はお終いでちゅよ~? 大人の世界とおままごとを勘違いしていると、痛い目に遭いまちゅよ~。これからおじちゃんたちが、現実を教えてあげまちゅからね~?」
そのように散々笑いものにされて、顔を真っ赤にしたのはリオだ。
リオは闇勇者たちを指さして、俺に抗議してくる。
「ほら言ったじゃん兄ちゃん! めっちゃバカにされたし!」
「あー……まあ、うん、そうだな。でもほら、身の安全には変えられないから」
「うわーんっ! だったら兄ちゃんもこれ着て戦えばいいんだ!」
リオがとんでもないことを言ってきた。
あー……それは確かにないなぁ。
リオの気持ちが少し分かってしまった俺だった。
だが一方で、そんな俺たちの様子を見て、再び不愉快そうに唾を吐き捨てるのは、俺と対峙する“疾風”ゲイリーだ。
「……何を考えているかはさっぱり分からないが、ずいぶんと舐めた真似をしてくれるものだ。いいだろう、そんなにガキどもの変わり果てた姿を見たいというなら、望み通りにしてやろう。──お前たち、やれ。ただしガキは殺すなよ。必ず生け捕りだ」
そう指示を出したゲイリーは、自身も武器を片手に、ふらりと俺の方へと歩み寄ってきた。




