第114話
薄暗い地下牢。
何人もの少女が牢に入れられ、すすり泣いている。
広い地下牢全体に、鉄格子の嵌まった牢獄は四つあるが、そのうちの一つ。
一人の少女が牢獄の奥の石壁に、両手両足を鎖でつながれ拘束されていた。
成人しているかどうかというぐらいの、幼く小柄な少女。
身に着けている衣服はあちこち引き裂かれてボロボロだ。
あらわになった白い肌は、あちこちがすり傷や切り傷、刺し傷によって無惨なありさまだった
少女──ウルは満身創痍で、鎖に繋がれたその身は今や力なくぐったりとしている。
そんなウルの前には、軽薄そうな笑みを浮かべた青年が一人。
彼はナイフを片手に弄びながら、少女の姿を観察して楽しんでいた。
「どうしたのかな、狼人間のお嬢さん? もう抵抗はしないのかい? それじゃあつまらないじゃないか」
その青年──“疾風”の異名を持つ闇勇者ゲイリー・ハウエルはそう言いながら、手にしたナイフで、拘束された少女の衣服を戯れに引き裂いていく。
少女──ウルの衣服がボロボロになっているのは、獣化によって引き千切れたことばかりが原因ではない。
ウルを辱めるように、ゲイリーらが少しずつ破り裂いていった結果でもある。
「……獣化をして抵抗したって、殴られたり刺されたりするだけじゃないっすか……。うちの力じゃ、鎖をちぎって逃げられるわけでもないっす……」
ウルは虚ろな目で、何もかもあきらめたというようにそう口にする。
人さらいの闇勇者たちの手であっさりと捕らえられたウルは、そのまま気絶させられ、男たちの本拠地へと担ぎ込まれていた。
地下牢に鎖で繋がれたウルは、頭から水をぶっかけられて強制的に意識を引き戻されると、その後はずっと男たちの玩具にされていた。
最初は獣化をして抵抗しようとしたウルだったが、狼人間の力をもってしても自らを拘束した鎖を引きちぎることは叶わず、むしろ暴れようとした分だけ闇勇者たちの拳で腹を殴られ、あるいは腕や脚を刃物で突き刺されたり、切り裂かれたりした。
たまらず獣化を解くと、今度はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた男たちによって、その身を辱められた。
衣服を引き裂かれ、あらわになった肌を男たちのおぞましい手でまさぐられる。
嫌悪感で悲鳴を上げるウルを見て、男たちは歓声を上げた。
だがそれでも、暴力を振るわれるよりはマシだ──そう思うように調教されたウルは、もはや男たちにされるがまま、無抵抗を貫くようになった。
男たちはさらに行為をエスカレートさせようとしたが、しかしそれは、リーダーのゲイリーがやめさせた。
別に温情などではなく、商品に治癒魔法で癒せない傷が付かないようにというだけの配慮であったのだが。
そしてゲイリーは、ウルを嬲り者にしていた男たちに階上へ行くよう指示すると、自分だけがこの場に残ったのだ。
なおこの地下牢へは、隠し階段を下りてこなければたどり着けない仕組みになっている。
この地下牢の上、地上階にあるのはただの別荘のように見える建物だ。
闇勇者たちが人身売買や麻薬取引を行っている証拠は、この地下部分にしかない。
それは見方を変えれば、この場所を見たものはもはや、日常の世界に戻されることは一切許されないことをも意味していた。
「くくくっ……抵抗をしても痛い目を見るだけだから、お嬢さんは抵抗をせずに、こうして辱められる方を選ぶわけだ。いや、賢いよ」
そう言いながら、闇勇者ゲイリーはさらに一つ、今度はウルの下着へと切れ込みを入れていく。
ウルは少しだけ悔しげに頬を染めつつも、それに抵抗することはなかった。
目の前の男が飽きるまで、耐えるしかない──
それが現在のウルが置かれた立場であり、少女に与えられた絶望だった。
「……こんなことをして、何が楽しいんすか……これが勇者の……人間のすることっすか……」
余計なことを言えば、相手を楽しませるだけ。
そんなことは分かっていても、ウルの口からは悔しさとやるせなさのあまり、そんな言葉が漏れてしまう。
ようやく人の優しさを、思いやりを、温もりを信じられるようになってきた少女にとって、これはあまりにも無体な仕打ちであった。
だがゲイリーは、そんなウルにさらなる人の悪意を見せつける。
「ああそうさ、これが人間だよ、狼人間のお嬢さん。いや、人間に限らないさ。強い者が弱い者を好きに扱う。それは抗いようのない、大自然の摂理というものだろう?」
「……うちが好きになった人たちは、そんなんじゃなかったっす……。……力が強いとか弱いとか、そんなことで誰かを踏みにじったり、蔑ろになんてしなかった……。……お前たちなんか、人間じゃない……ただの薄汚いケダモノっす……」
「はははっ、狼人間が人間様をケダモノ呼ばわりとは。──じゃあ、もっとケダモノらしく、こんなこともしてやろうか?」
ぞぶりっ。
ゲイリーのナイフが、ウルの左肩に突き立てられた。
「いっ……! ──うわぁぁああああああああっ!」
「くくくっ、獣化してなきゃ痛めつけないなんて、一言も言ってないよ俺は。さあ、もっといい声で泣いてみようか」
ゲイリーはウルの肩に突き刺したナイフを、ぐりぐりと捻ってみせる。
「うぎっ……! いやぁあああああっ! あぁああああっ!」
ウルは痛みに悶え、涙を流し、絶叫し、必死に身をよじらせる。
だが鎖に繋がれた身はどうやっても自由にならず、肩に捻じ込まれたナイフの痛みで、ウルの意識が飛びそうになる。
だが、そんなときだ。
上の方でゴゴゴッと音がしてから、一人の男が、地上階からの隠し階段を下りてきた。
地下牢まで降りてきた男は、ゲイリーのもとに駆け寄って耳打ちをする。
「何……? 男が一人、女のガキ三人を連れて、仲間にしてほしいと言ってきた? 全員勇者だって言っているのか」
「ああ。その四人は同じ村の出身らしいんだが、魔王ハンターだの何だのケチな仕事はやってられねぇ、もっと楽に大金が手に入る仕事がやりてぇって話だ」
「くくくっ、分かっているじゃないか。それでどこからか知らないが、俺たちのことを嗅ぎつけてきたというわけか。男はともかくとして、ガキの女勇者というのは使い勝手がいいな。……しかし、あやしくもある。官憲の息がかかったやつらじゃないんだろうな?」
「それはわからねぇ。ただ、もう一つ大事なことがあってよ。そのガキの女勇者ってのが、三人ともとんでもねぇ上玉なんだ」
「ほぅ……? それは面白い。どちらに転がしても使いようがあるということか。分かった、今行くから待たせておけ」
「おう。じゃあ、上に行って伝えてくる」
そう言って伝令の男は、ゲイリーのもとを離れて、地上階へと続く階段を上っていこうとする。
だが、そのとき──
「いや、伝えにいく必要はないぜ。こっちから出向いてきたからな」
階段の上から、若い男の声がした。
「なっ……!?」
「よっ、と」
階段を上がろうとしていた伝令の男が、驚きの声とともに慌てて剣を構えたところに、階段の上から一人の青年が飛び降りてくる。
飛び降りざまに振り下ろされた剣を、伝令の男は剣で受け止めるが──
「──ぅぐおっ!?」
振り下ろされた剣のパワーを殺しきれずに、伝令の男は吹き飛ばされた。
伝令の男は、地下牢の廊下を数メートル転がってから、慌てて体勢を立て直す。
だがその脚にガタが来て、再びがくりと膝をついた。
「くそっ……! 何だこのパワー、バケモノかよ……!? 俺だって勇者だぞ!?」
一方、その様子を見ていたゲイリーは忌々しげに舌打ちをする。
「やはり官憲の回し者だったか。……というか、つけられたなお前? この地下牢が知られたら終わりだと、散々言っておいたはずだが」
「わ、わりぃ。上で囲んで待たせていたはずなんだが」
「ブ、ブレットさん……!」
ウルはそこに現れた青年の姿を見て、瞳に涙をいっぱいに溜めていた。
絶望の中に現れた光。
空っぽになりかけていたウルの胸の奥から、希望が湧き上がってくる。
地下牢に飛び降りてきた青年──勇者学院の教師ブレットは、ウルの姿を見てまず驚き、その瞳に一瞬だけ憤りの色を見せたが、すぐに大きく息を吐き、それからウルに向かって笑顔でこう言った。
「ウル、遅れてすまない。すごく痛くて、つらかったよな。でももう大丈夫だ。ここにいる悪いやつらは、全部俺たちがやっつけるから」
そして、そのブレットのそばにもう三人、上から少女たちが飛び降りてくる。
「兄ちゃん、上のやつらもすぐに降りてくるよ!」
「って、ウルちゃん!? そんな、ひどすぎる……!」
「……っ! ……ボクは、本気でトサカにきた……!」
ブレットのそばに飛び降りてきたのは、リオ、イリス、メイファの三人だ。
さらにブレットは、ウルがいる牢獄のほうへと素早く駆け寄ってくる。
一瞬の攻防。
突然の侵入者たちを警戒して廊下に出ていたゲイリーは、ブレットの剣の一撃をとっさに跳び退って回避すると、そのまま廊下を後退して戦闘態勢を整えた。
ブレットに続いて、三人の少女たちもウルのいる牢獄の前まで駆け寄り、囚われの少女を守るように陣取った。
そこから少し遅れて、地上階からは武器を手にした闇勇者たちが次々と下りてくる。
その数、六人。
先に地下牢にいたゲイリーと伝令の男を加えると、闇勇者の数は全部で八人だ。
それらの光景を見たウルの中で、浮かび上がってきた希望の光が、闇に食われて萎んでいってしまう。
四人対八人、多勢に無勢だ。
せっかく助けに来てくれたのに、これでは──
ウルは想像してしまう。
ブレットが闇勇者たちに打ちのめされ、リオやイリス、メイファまでもが男たちに捕らえられ、自分と同じように嬲り者にされる光景を。
だからウルは叫ぼうとした。
自分のことはいいから、みんな早く逃げて、と。
だがそんなとき、ウルの脳裏に浮かんだのは、先ほどのブレットの優しい笑顔だった。
『もう大丈夫だ。ここにいる悪いやつらは、全部俺たちがやっつけるから』
ブレットはそう言った。
ウルに向かって、そう約束してくれたのだ。
だったら、信じなきゃ。
ウルは思い直し、勇気をふり絞る。
そしてウルは、傷の痛みに歯を食いしばりながら、こう叫んでいた。
「ブレットさん……! それにリオちゃん、イリスちゃん、メイファちゃんも──そいつらけちょんけちょんに、やっつけちゃえっす!」




