第110話
ドラゴンの縄張りから月鉱石を採ってきて、ガルドンに仕事を預けたその翌日から、リオ、イリス、メイファの三人のアイドルとしての特訓が始まった。
ラヴィルトンの街の公園を使い、ウルが指導役になって歌やダンスなどを教えていく。
ウルは最初、「うちは人に教えられるほどうまくないっすよ!」などと言って指導を断ろうとしていたが、うちの教え子たち三人が顔を見合わせて悪い顔をして、「「「ウル先生、お願いします!」」」などと息ぴったりで頭を下げたものだから、ウルとしても引き下がれなくなったようだ。
そんなわけでレッスンを開始した三人の教え子たち。
初日はウルも、パン屋の仕事が休みだったので付きっきりで見ていたが、翌日からは昼間は仕事があるので、ウルは早朝と夜に少し見るだけになった。
短期間のトレーニングだが、三人とも、技術の吸収力は目覚ましいものがあった。
リオは特にダンスを覚える能力がズバ抜けていて、ウルが一度やって見せると、すぐにその動きをかなりの精度で真似してみせて、指導役のウルを驚かせた。
イリスは歌の修得に特に高い才能を示し、その清廉な声と音感の良さとで、あっという間にプロ級とも思える歌唱力を身につけていた。
メイファはというと、相変わらず絶妙に練習をサボろうとするのだが、不思議なことになぜかリオやイリスと比べてもさほど遜色のないレベルで技術を修得していったので、やはりメイファのやつはよく分からない。
そんなこんなで、練習を始めて三日目の夜ぐらいにはウルが唖然とするぐらいのレベルに仕上がっていて、「才能って残酷っす……うちが今の三人のレベルになるまでには、半年ぐらいかかったっすよ……」などと言って、指導役の少女はがっくりと崩れ落ちていた。
まあリオたち三人も、その三日間はほとんど朝から晩まで歌とダンスのトレーニングをしていたわけで、努力はした上でのその結果なのだが。
ただその成果の出方が半端じゃないので、彼女らの成長を周りで見ている人間は心が折られるよな、というのは俺もすごく分かるところだ。
もう、アレだ。
この三人は異常な成長力を持った究極生命体か何かだと思って、自分と比較をしたらいけない生き物なのだろう。
ともあれそんなわけで、リオ、イリス、メイファのアイドルとしてのトレーニングは、驚くほど順調に進んでいった。
この調子でいけば、ひょっとすると本気で週末のコンテスト優勝もあるんじゃなかろうかと思うぐらいで、横で見ていた俺も徐々に期待感を募らせていた。
だが残念ながら、順調なことばかりでもなかった。
ガルドンに月鉱石を渡してから、四日目の朝。
俺はこの日もまた、毎日の日課としてガルドン武具店を訪れていた。
店内で出迎えたガルドンはしかし、目の下に隈を作り、髪や自慢の髭もボサボサで、疲れ切った顔をしていた。
その表情でだいたい察しはついたが、俺は確認としてガルドンに聞く。
「おはようございます、ガルドンさん。どうですか、『遮光の首飾り』製作の進捗は?」
それに対し、ガルドン武具店のカウンターの向こうで、店主のドワーフは不貞腐れたように言う。
「ふんっ、見て分からんか小僧。順調だったらこんな顔はしとらん」
苛立ちのこもった口調で言うガルドン。
大人げないなぁと思わないでもないが、まあ相当メンタルをやられているんだろうから、無理もないなとも思う。
ここ二、三日のガルドンはだいたいずっとこんな様子で、日に日に憔悴の色が強くなっているように見える。
つまり「遮光の首飾り」製作の進捗は、芳しくはないということだ。
こんな姿になっているのは、ガルドンが寝る間も惜しんで本気で製作に取り組んでくれているからだろうとは思うのだが……。
ガルドンはバリバリと頭を掻きむしりながら、苛立たしげに愚痴を漏らす。
「月鉱石を使った金属の錬成までは問題なくできるのだ! しかし首飾りへの加工の過程がどうしてもうまくいかん! クソッ……!」
それを見ていた俺はつい、「無理はしなくていいですよ」と言いたくなったが、そういうわけにもいかないと考えて、口に出すのは思いとどまる。
ウルの人生が賭かっているのだから、苦しそうだからといって軽率にあきらめていいとも言えない。
一方のガルドンも、何としてでも完成させてみせると言った手前、そう易々とギブアップもできないのだろう。
「すみませんが、よろしくお願いします。何か俺にできることがあったら言ってください」
俺はそれだけ言って、店をあとにする。
それに対して「ああ」と答えたガルドンの声は、かなり弱々しかった。
店の外に出ると、リオたち三人が待っていた。
ガルドンの苛立ちにあてられるのもどうかと思って、外で待たせていたのだが。
「兄ちゃん、どうだった?」
リオが聞いてくるので、俺はその頭をなでつつ答える。
「うまくいってはいないみたいだな。どうにかなるといいんだが……」
「そうですよね……。もう三日後の夜にはステージ当日だし、それがないとウルちゃんがステージに出られないから……」
イリスが心配そうに言う。
その一方で──
「……あのドワーフ、大口を叩いていたわりに、意外と大したことない」
メイファがそんなとんでもないことを言うので、俺はその頭をこつんと軽く叩いた。
「おいメイファ、お前それ本人の前では絶対に言うなよ。ガルドンさんだって必死に頑張っているんだ。それにあの人、装身具は専門外だって言っていたから、そこはしょうがない部分も……」
と、そこまで言ったところで、俺はふと気付く。
ガルドンは、月鉱石を使った金属の錬成までは問題なくできるが、首飾りへの加工工程がうまくいかないと言っていた。
だがそもそも、ガルドンに「遮光の首飾り」の製作を頼んだのは、なぜだったか。
オーダーメイドを依頼する職人としては、もう一人候補がいた。
たしか、「彼女」が言っていたのは──
そこまで考えが行き着いた俺は、いてもたってもいられなくなり、その場から駆け出していた。
「ちょっ、兄ちゃん! いきなり走って、どこ行くの!?」
リオが呼び止めるので、俺は振り返り、教え子たちに向かって叫ぶ。
「もう一人の武具職人のところだ!」
***
そんなわけで中央通りに向かうと、目的の店舗の前で、その日の開店の指揮を取っているエルフのオーナー職人、リゼルの姿を目撃した。
リゼルは俺に気付くと、笑顔で声をかけてくる。
「あら、ロリっ子美少女ハーレム計画絶賛推進中の色男、ブレット先生じゃない。朝からうちに何か用?」
「妙な二つ名を付けないでくださいよ。それよりリゼルさん、お聞きしたいことがあるんですが」
「私に? ……ん、分かったわ。立ち話もなんだから、中に入ってちょうだい。お茶ぐらいは出すわ」
そうして俺たちはリゼル武具店の応接室に通され、リゼルに話をした。
「遮光の首飾り」の製作をガルドンに依頼したが、月鉱石を使った金属錬成まではできるものの、そこから先、首飾りへの加工工程でガルドンが詰まっていること。
そこで、装身具系の武具の製作に長けているリゼルなら、何とかできるのではないかと思ったこと。
話を聞いたリゼルは、「なるほどね」と一言つぶやいてから、こう返してきた。
「結論から言って、途中から私が引き継いでいいなら、できると思うわ。……それにしても知らなかった。ガルドンさんって装身具系の武具の製作は不得手なんだ。純粋な武具製作技術は私より全面的に上だと思っていたけど、そうでもないのね。ちょっと意外」
それを聞いた俺がソファーから腰を上げ、喜び勇んで「じゃあ」と言うと、リゼルは手のひらを見せてきて「ただ──」と言って注釈する。
「ガルドンさんってあの通り、プライドが高いし頑固でしょう? 作業の途中から私に任せるなんて、あの人のプライドが許さないんじゃないかしら。だいたいあの人、私のことを蛇蝎のごとく嫌っているもの。きっと金の亡者だとか思って、職人としての私なんて全然見てくれていないと思うわ。……こっちは、あの人の技術に惚の字だって言うのにね」
そう言って肩を竦めるリゼル。
と、そのときだ。
応接室の扉がノックされた。
リゼルが「どうぞ」と言うと、スーツ姿のリゼル武具店の店員が応接室に入ってきて、リゼルのもとに寄って耳打ちをする。
リゼルは驚いたという様子で、店員に聞き返した。
「ガルドンさんが、店の前に来ている?」
「はい。リゼル様にお目通りをしたいと。今日は騒いではおりませんが、追い返しましょうか?」
リゼルは少し考える仕草をしてから、次には店員にこう返した。
「いいえ。構わないから、ここに通してちょうだい」




