第102話
見つけた、と言ったメイファの周りに、全員が集まる。
メイファが読んでいたのは、なぜか混ざっていた武具を扱う職工関係の本だった。
「……お兄さん。……見て、これ」
メイファが開いているそのページを覗き込むと、勇者向けの、とある魔法のネックレスに関する情報が記されていた。
そのネックレスの名称は「遮光の首飾り」。
このアイテムを身に着けていると、光属性の魔法効果──例えば【聖光】のダメージであるとか、【月光治癒】の治癒効果であるとかを完全に遮断するのだと記述されている。
そして──本命はそのあとの記述だ。
メイファがそれを読み上げる。
「……『この光属性の影響を遮断する効果は、厳密には魔法以外の効果にも作用する。例えば、満月の月光による狼人間の狂化なども防ぐことができるだろう』……だって」
「ちょっと見せてくれ、メイファ」
俺はメイファから本を受け取り、その記述をつぶさに見ていく。
そこにはメイファが読み上げたとおりの内容が記述されており、この件に関しては、それ以上のことは何も明記がなかった。
……いや、待て。
どうしてこんなアイテムがあるのに、人里で暮らす狼人間たちに、この情報が広まっていないんだ……?
俺はウルへと視線を投げかける。
ウルはぽかんとして、この状況に驚いている様子だった。
俺は少し考えて──そうか、と合点する。
ウルは職場の人たちには、自分が狼人間であることを隠していると言っていた。
人里でひっそりと暮らすたいていの狼人間は、そうしているのだろう。
ということは、周囲の人たちは、そこに狼人間がいてもそうとは気付かず、自分たちと同じ普通の人間だとしか思っていないわけだ。
であるならば、武具製作の専門家である職人たちが「遮光の首飾り」の月光遮断効果を知っていたとしても、彼らが狼人間たちにそれを伝える機会がない。
あるいは狼人間たちが、今回の俺たちと同じように能動的に図書館で調査をすればこの情報を見つける可能性はあったわけだが、だとしても自分たちのことが書かれているであろう人類学やモンスター学関連の本には当たったとしても、武具関係の職人向けの専門書なんて普通は触りもしないだろう。
これはあの司書さんのお手柄だ。
司書さんはこの本の内容を読んだことがあって、この部分の記述を記憶していたから、狼人間関連の書籍として渡してくれたのだろう。
俺は「遮光の首飾り」に関する記述を一通りメモに取ってから、すべての本を元の棚に戻して、教え子たちを連れて図書館を出る。
その際、入り口のカウンターで本を読んでいた司書さんに、一声をかけた。
「ありがとうございました! おかげで解決の糸口が見つかりました」
すると司書さんは、本に目を落としたまま、言葉だけでぽつりとこう返してきた。
「お役に立てたなら、良かったです。またどうぞ」
相変わらず淡白でおっとりとした様子だったが、心なしか、少しだけ嬉しそうにも見えた。
俺たちは図書館を出ると、中央通りのほうへと足を向ける。
子供たちはと見れば、彼女らもまた、ずいぶんと嬉しそうだった。
「良かったな、ウル。何とかなりそうじゃん」
「ま、まだ信じられないっす……。こんなことあるんだ……。うち、嬉しすぎて、何が起こってるのか、もうわけが分からなくなってきてるっす……」
「よしよし、ずっとつらかったんだよね、ウルちゃん」
イリスがウルをそっと抱き寄せて、ウルの頭を優しくなでなでする。
ウルは驚いて目を真ん丸にし、顔を真っ赤にしながらも、されるがままにイリスの胸に埋まっていた。
えっ、何あれ尊い……。
子供が子供を抱いてなでなでするとか、そういうのアリなの……?
ていうか、イリスさんマジ聖母。
俺はなぜ今、携帯用の魔導撮影機を持っていないのか。
だが、それはそれとして──
テンションが上がっているところに水を差すのは気が引けるが、釘は打っておかないといけないんだよな。
俺は心を鬼にして、子供たちに伝える。
「まだ喜ぶのは早いぞ。解決の糸口が見付かっただけで、問題はまだまだ山積みなんだからな」
俺のその言葉を聞いて、少女たちは「えっ?」という顔を見せた。
うん、だろうと思ったよ……。
この世の中に解決手段が存在するらしいと分かっただけで、まだ俺たちがその手段を手に入れたわけじゃない。
「遮光の首飾り」──本にあった記述によれば、これはかなりレアなアイテムである上に、そこそこランクの高い装身具のようだ。
これを入手するためには、まず、どこに行けば手に入るかという問題が一つ。
そしてもう一つが、値段の問題だ。
一点目の問題──すなわち、どこに行けば手に入るかに関しては、心当たりはある。
勇者向けの装身具系アイテムならば、まずはあそこを当たってみるべきだろう。
リゼル武具店。
勇者向けの武具の品揃えなら、この街ではあの店が随一だろうし、装身具系の取り扱いという点でもあの店は強そうだ。
さっきの本には、市場取引価格に関しては記述されていなかったから、値段が未知数なのが気がかりだが……まあレアで高ランクという時点で、安くはないだろうなぁ。
……というように、いまだ頭が痛いことは多いが、それでも前進は前進だ。
これで次のステップに進める。
まずはリゼル武具店に行って、在庫があるかどうかの確認と、値段の把握をするところからだな。
そう思い、俺はリゼル武具店に向かうべく、子供たちを連れて中央広場を横切ろうとしたのだが──
そのとき、ふとこんな声が聞こえてきた。
「あーっ! 姉御、あいつらです! 昨日のモンスター騒ぎのときの!」
そう言って、行く手の先から俺たちを指さしてきたのは、どこかで見覚えのある二人組の男だった。
警邏の制服を身に着けていて、一人は大男、一人は小男。
昨日、路地裏でウルを見つけたときに絡んできた、チンピラじみた男たちだ。
そして今、二人の男たちは、一緒にいるもう一人の人物に何かを訴えかけているようだった。
もう一人はどうやら、二十代中頃の若い女性のようで、様子から察するに男たちの上司なのだろう。
赤毛の短髪で、男たちと同じく警邏服に身を包んでいるが、スタイルがいいので男性と見間違えることはない。
女性警邏は、しばらく男たちの話を聞いていたが、やがて俺たちのほうへと歩み寄ってきた。
女性警邏の後ろについてくるのは、ニヤニヤとした笑みを浮かべる大男と小男。
何だか知らんが、昨日の恨みでも晴らそうというのだろうか。
女性警邏は俺たちの前まで来ると、こう問いかけてきた。
「あー、キミたちは旅の勇者かな? 聞きたいことがあるんだけど、少しいい?」
女性警邏から、敵意は感じられない。
あくまでも普通の職務質問といった様子だ。
後ろの二人とは違い、まともな官憲であるように見える。
ならばこちらも、ひとまずは通常対応だな。
「ええ、構いませんけど」
俺がそう答えると、女性警邏は屈託のない笑顔を見せてくる。
「ありがと。──じゃあ早速なんだけど、昨日のモンスター騒ぎについては知ってる? 街中にモンスターが出たっていうやつなんだけど」
女性警邏がそう切り込んできた。
おっと……そう来るのか。
これは少し、まずいかもしれない。
ウルはと見れば、女性警邏のその言葉にびくりと震え、目を泳がせていた。
その様子を、女性警邏がちらりと一瞥したのが分かった。
ウルが狼人間であることは、少なくとも現段階では、街の人たちにはなるべく知られたくない情報だ。
そう考えると、全部が全部、真実を伝えるというわけにもいかないだろう。
とはいえ、闇雲に嘘をつくのもまずいし──
「ええ、知っています。昨日ちょうど、俺たちが近くにいたときに騒ぎが起きたので、俺たちもモンスターの目撃情報を追いかけたんですよ」
とりあえず事実を伝えてみた。
このあたりは街の人たちも見ていたわけだし、嘘をついても調べればすぐにバレてしまうだろう。
すると女性警邏は「ふんふん、なるほど」とうなずいて、こう返してきた。
「ということは、通りすがりの勇者として、街中にモンスターが出たと聞いたら見過ごせなかったっていうところかな?」
「ええ、そんなところです」
「ちなみにお兄さんは、魔王ハンター?」
「いえ、今の本業は勇者学院の教師です。リット村という小さな村で、こいつらを相手に教えていまして。ラヴィルトンには装備を買いに来たんですよ」
「ふぅん……なるほどねぇ……」
女性警邏は顎に手をあてつつ、子供たちのほうへと視線を向ける。
そして少し考える仕草を見せてから、こう言ってきた。
「まあ、それはいいや。それで──モンスターを追いかけて、そのモンスターは見つかった?」
──本命の質問が来た。
女性警邏の視線が、鋭く光る。
嘘を言ったら見抜いてやるぞという目だ。
俺は──




