結果的には円満解消?
予想外の方法で婚約破棄が成立した。
エレノアとしては望む結果なのでそれでいいのだが、なんだか釈然としない。恋をすると人はバカになるのだろうか。
エレノアとしては首をかしげてしまう。
トリスタンは確かに選民意識の塊で、平民など塵だと思っているようなところあるが、馬鹿ではなかった。病気かどうかわからないような人間を連れてきて、治癒をかけて認められるなんてあるわけがない。聖女というのはある意味、能力主義だ。能力がなければ候補にも挙がることはない。
「あんな適当なことで誤魔化せて聖女になれると本気で思っていたのかしら?」
治癒が必要な人を皆の前で治す。
確かにエレノアの聖女認定の時も同じことをした。エレノアには実績があり、その能力がすでに認められていた。ジェイダは治癒はあまり得意ではないが、水をきれいにして土地の穢れを払うことができる。植物も育たないようなやせ細った土地であっても、彼女が浄化すればすくすくと育つようになった。
祈りとは神の力を分けてもらい、奇跡を起こすものだ。
「聖女がなんであるか知らないと思う」
エレノアの言葉に反応したのは、祈りで疲労困憊したジェイダだ。彼女は力の限り浄化を行っており、まだコツを掴んでいない彼女は限界を迎え、ぐったりと座り込んでいた。エレノアはジェイダのやり残した浄化を手伝うために祈りの間に来ていた。
「でも、前の夜会の時にも聖女認定の時の話をオースティンお兄さまが話したけど」
「言葉だけで大げさだと思ったとか? きっと見たことがないから大したことはないのだと決めつけていたのよ。あのアンポンタン」
アンポンタン、どこからその言葉を仕入れてきたのかわからないが、とりあえず無視しておいた。ジェイダは疲れてくるとどうしても言葉が悪くなる。
「じゃあ、予想外の結果という事よね?」
エレノアが予想外の結末と思っているのだから、向こうもそう思っていても不思議はない。ジワリと嫌な感覚が胸に広がる。一度気がついてしまえば、胸はドキドキと高鳴り、変な汗が出てきた。
「嫌な予感がする」
何やら考え込んでいたジェイダがそんなことを言いだした。エレノアもつい頷いてしまう。
「何かの間違いだ! エレノアの陰謀だとか言い出しそうで怖いのだけど」
「ありえそう。やっぱり王太子はバカなんだわ。顔がいいのにバカだなんて、すごく気の毒ね。あんなのが次の国王だなんてお先真っ暗だわ」
「心の中でそう思っても、言葉にしてはダメよ?」
あまりにもジェイダがバカだバカだというものだから、つい注意をする。ジェイダは目を丸くした後に、ぺろりと舌を出した。
「わかっています。でも話を聞いているだけでも舐めているのか! と怒鳴りたくなっちゃう。浄化がそんなに簡単ならこんな程度で倒れていないのに」
「焦らなくても大丈夫よ。確実によくなっているから」
祈るたびに自分の足らないところを理解していて、少し落ち込んでいるようだ。エレノアはちゃんと成長しているのだと言葉にする。
「本当に? 慰めるために言っているのではなく?」
「こればかりは自分でつかんでいかないといけないのよ。ジェイダにもきっとわかるわ」
ジェイダは唇を尖らせた。理屈ではわかるが、祈りの力も自分の中の何かも目に見えない。エレノアの目にはどんな風に見えるのかを教えてもらうしかない。
「祈りの質はどうやって上げていったらいいの?」
「自分の中を覗きこむような気持ちよ」
「ますますわからないわ」
ジェイダはため息をついた。
******
意味が分からない。
エレノアは遠くを見つめた。オースティンも頭が痛そうにこめかみを揉み解している。
「要するにこの指輪が奇跡を可能にするかもしれないから、同じように指輪をはめればカイリー王女も同じことができるというわけですね」
「どうしてそういう結論になったかは理解できないが、そういうことだ」
神官長も苦く笑っている。
「この指輪、聖女と認定されるほどの力がないと代償を払うことになるのではなかったでしょうか? 指輪一つで奇跡など起こるはずないのに」
「そういう都合の悪いところは頭に入らないんだ。どうしようもないバカなのか、顕示欲の高い人間なのか……」
エレノアは自分の右手の中指に嵌めてある指輪をひらりとさせた。透かし彫りの女性がつけるには少し厳つい指輪だ。この指輪はなくとも、深い祈りを捧げられるのなら、穢れを払うことは可能だ。ジェイダも自分の祈りで穢れを払っている。
エレノアはこの指輪を嵌めてから祈りやすくはなったが、代償と言われるものを払ったことはない。
「この指輪、聖女以外がつけたらどうなるのですか? 本当に代償を払うことになるのかしら」
「聖女以外がつけたことがないから、わかりません。ただ言われているのは、資格がないものは身を滅ぼすとだけ神官長には伝えられています」
この指輪は大神官であるオースティンが聖女認定の儀式でエレノアに嵌めた。管理をしているのは神官長だ。神官長も実際にそういうことがなかったからか、よく知らないようだ。
「身を滅ぼす、か。何とも言えない表現だな」
「そもそも聖女以外がつけようとはしませんから。本来ならば断わるところでしょうが……」
断り切れなかったようだ。理由はわからないが、カイリーは隣国の王女。そのあたりに政治的な判断があるようだった。
「では全力で浄化を済ませておきます」
今は穢れが徐々にだが増加している状態だ。そんなときに何かが起こってもらっても困る。ジェイダと可能な限り浄化しておけば、最悪な事態を避けられるだろう。
「いや、浄化はしなくていい」
ところがオースティンの考えは違ったようだった。気合を入れるエレノアに待ったをかけた。
「でも」
「どうせあいつらのことだ。派手なお披露目にすると思うから、浄化はせずに穢れを溜めておこう」
「魔獣が出てきてしまいます」
「結界を強化しておく。適当に流しても難癖をつけられるぐらいなら、ぐうの音が出ないほど叩き潰しておきたい」
いつもと変わらない態度であったから気にしていないのかと思っていたが、そうでもないようだ。エレノアは顔をひきつらせた。
「10日も放置していたら、本当に天から魔獣が落ちてきますよ?」
「いいんじゃないのか? エレノアに払えない穢れを払うとか言って、喜んで祈りを捧げてくれるだろう」
「好きそうですよね。そういう舞台。流石にそこで失敗したら自分の立場を理解するのではないでしょうか?」
「王女が失敗した後にエレノアに浄化させれば、疑心暗鬼になっている民に聖女の力をわかってもらえるだろう」
オースティンと神官長はお互いの顔を見て楽し気に笑った。
止めた方がいいのだろうが、エレノアは口を挟まなかった。
今後の面倒くささを考えれば、叩き潰したい気持ちもよくわかるからだ。
エレノアはそっとため息をついて、自分の方に火の粉が飛んでこないことを祈った。