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婚約破棄


 エレノアの気分は最悪だ。


 夜会のあった翌日にトリスタンとカイリーの態度を理由に、婚約破棄を神殿から申し出た。エレノアもそうであるが、トリスタンもこの婚約に不満を持っていたため、すぐにでも破棄されるものだと思っていたのだが、10日経った今日、何故か呼び出されてしまった。


 オースティンと神官長と同じ馬車に乗りながら、ムスッと不機嫌に黙り込む。


「エレノア様。今は良いですが、王城に着いたら表情を繕ってください」

「わかっているわよ」


 神官長の注意に、エレノアはすぐに言い返した。その様子を見ていたオースティンがくつくつと笑う。


「別に笑顔を見せる必要はない。冷静な表情でいてくれれば十分だ」

「どうして婚約破棄できないのですか? 常識を疑うほど馬鹿にされた状態なのに」


 こうして馬車に乗って王城に行かなくてはならない原因はトリスタンとカイリーにあった。


 カイリーは自分が聖女のような振る舞いをしている。それだけならまだしも、この国の聖女として認められたら、治療費を取らない、職のない人には手に職を付けさせる、などと現実的ではない良いことばかりを言っている。もちろん今はまだこの国の聖女ではないからできないけれど、という前置きをしている。


 トリスタンの婚約者でこの国の聖女はエレノアであるため、カイリーの発言は妄言に近い。カイリーの発言を咎めるべきトリスタンは微笑まし気な顔で聞いているらしい。


 二人の様子を聞いたエレノアは怒りよりも呆れてしまった。どうでもいいから早く婚約破棄してほしいというのが本音だ。


「それが国王の反対にあっていて、なかなか進まない」

「国王が反対? 何故?」


 元々国側にいる人間はエレノアがトリスタンの正妃になることは気に入らなかったため、簡単に婚約破棄されると思っていた。ところが蓋を開けてみれば、国王が反対した。


「王妃だけでなく、王子とそれから重鎮たちも婚約破棄を受け入れる態度なのに一人だけ反対なんだ。おかげで、連日国王を説得しようと大騒動だ」

「そこまでして反対しても、禍根を残すだけですよね? 何がしたいのかしら?」


 エレノアは理解できないといった風に眉を寄せた。国など王が動かしているものではない。沢山の貴族が動かしている。その人たちの反対に合えば、国王の座が危ないというのに。


「もしかしたら、事前にカイリー王女の資質について聞いているのかもしれないな」

「それだったらあの妄言をどうにかしない理由がわからないわ」


 エレノアがますます眉間のしわを深くした。オースティンは肩を竦めた。


「国王だって王位が大切だろうから、そのうち折れるだろう。宰相との協議ではすでに話はまとまっている。あとは国王の署名があればいいだけだから」

「それならいいのですけど」


 エレノアとしてはどうでもいいので早く解放してほしい、それだけだった。


「恐らく今日の話し合いで何かしらの方針が決まるはずだ。くれぐれも切れないように」

「わかっています」

「エレノア様。交渉は私が行いますので、オースティン様の側から離れないように気を付けてください」


 神官長にも念を押されて、頷いた。

 あと少しの我慢で婚約破棄が決まるというのなら、いくらでも我慢する。


 エレノアは気合を入れた。



******


 何度も何度もため息を押し殺した。

 城に到着して案内された場所は小さめの会議室だった。城にある会議室のため、サロンのような雰囲気のある部屋だ。エレノアは背筋を伸ばし、表情をなるべく出さないようにしてオースティンの隣に座る。


 神官長と宰相が色々と話し合っているが、正直どうでもいい話だった。トリスタンとの婚約が破棄されようと、神殿の役割は変わらない。婚約破棄後にエレノアに対する風当たりがひどくなることぐらいだ。


「大神官様」


 エレノアがもう帰りたいなと思っていると、カイリーがトリスタンを連れて近寄ってきた。オースティンはわずかに片眉を上げたが、親しい人間だけが気がつく程度のものだ。


「何か用ですか?」


 オースティンはそっけなく答える。カイリーはどこか媚を売るような目でオースティンを見つめた。その目が次第に潤んでくる。


「わたくしがこの国の聖女に認定されれば済む話なのです。お願いですから、認定してもらえませんか?」

「カイリーの言うとおりだ。無駄な会議を終わりにするためにカイリーを聖女として認めるべきだ。大神官がエレノアを擁護したい気持ちはわかるが」


 カイリーのお願いに、トリスタンが援護する。オースティンは不愉快そうに口元を歪めた。


「神殿に問題があるようなことを言わないでいただきたい。我が国では次代の聖女も確定している。他国のましてや王族である王女を聖女として迎えることはありえない」

「でも!」

「それほどまでに聖女になりたいというのなら、国に帰って認定してもらえばいい。この国の神殿で認定を受けるよりもはるかに容易(たやす)い。その後にトリスタン王子と婚約を結べばいいはずだ」


 突き放すようにオースティンは淡々と告げた。エレノアは黙っていたが、トリスタンが切れないか心配でハラハラする。


 カイリーがぎりっと唇を噛みしめた。先ほどの訴えるような弱々しい表情ではなく、憎々し気に歪んだ。


「では、わたくしはこの場で聖女の奇跡を示してみせます!」

「どのような? 街中で豪語しているように、病人でも治すのか?」

「ええ、そのぐらいできましてよ」


 自信満々にカイリーが胸を張った。周囲が突然の出来事に戸惑っているうちに、手際よく病人が運ばれてくる。エレノアは口を挟まずに様子を見ていたが、その病人が病人でないことにため息が出た。

 もちろんオースティンも気がついている。オースティンは立ち上がると、病人だという男性に近づいた。カイリーと話している時とは異なり、丁寧な言葉で問いかける。


「どのような病気だろうか?」

「手足がしびれて、動かせないんだ」


 見た目でわからない病状にオースティンはため息をついた。


「カイリー王女、貴女は治癒を使うことで聖女の奇跡を示すという事でいいか?」

「そうよ」

「では少し痛むが、これも聖女の奇跡の判断基準とするためだと我慢してほしい」

「は?」


 男性はオースティンの言葉が理解できなかったようだ。だがここに連れてこられた時点で、聖女の奇跡のために用意されているのだから問題ないと、オースティンは護衛騎士から短剣を受け取ると浅めに男の太腿に短剣を切りつけた。ズボンが切れ、切られた箇所から血があふれ出した。


「いてぇ……!」


 男は突然切りつけられて悲鳴を上げた。蒼白になり痛みに震える男を気遣うことなく、オースティンはカイリーに治癒をかけるようにと促した。


「怪我なんて……」


 血を見たせいなのか、カイリーは真っ青になって狼狽えた。トリスタンは慌ててカイリーの腕を押え、落ち着くように囁く。カイリーははっとして怪我に向かって治癒の祝詞を唱えた。


「治らない?」


 トリスタンが茫然として呟く。カイリーは慌ててもう一度祝詞を唱えた。その様子をしばらく見ていたオースティンは確認する。


「早く治さないと、痛みが長引く」

「わかっているわ! でも、治癒を使ったことがなくて」


 焦りなのかカイリーがぽろりと真実を零した。オースティンは黙って様子を窺っていた大臣や護衛に当たる騎士たち、この部屋にいる人間をぐるりと見回した。


「聖女ではないと判断しますがよろしいか?」

「仕方がないでしょう」


 神官長と様子を見ていた宰相が頷いた。オースティンは満足そうに微笑むと、エレノアを呼ぶ。


「エレノア、治してやってくれ」

「わかりました」


 エレノアはため息をついて、立ち上がった。エレノアは男の側に立つと、手をさっと傷口にかざして振り払う。


 それだけで切られた傷がすっと消えた。


「これが聖女の力」


 男は突然なくなった痛みに唖然として呟く。オースティンは意地の悪い笑顔を見せた。

 部屋の中は恐ろしいほどの静寂に包まれた。


「カイリー王女はこの国では聖女とは認められない。だが、このようなことになった以上、エレノアをトリスタン王子に嫁がせるわけにはいかない」


 このような茶番を起こしてまでエレノアとの婚姻を破棄したいと示したのだから、当然の言い分だった。宰相は頭が痛そうに顔をしかめながらも、国王に向かって同意を求める。国王も流石に拒否することはできなかった。


「国にとって隣国との同盟も重要なことには変わりはない。あとはそちらでお好きなように」


 オースティンは満足そうな笑顔を見せた。エレノアはあまりの展開について行けずに目を白黒とさせた。茫然としているカイリーとトリスタンが正気に戻る前に神官長が退出を願う。


 こうしてエレノアの婚約は破棄されることになった。



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