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ゆっくりとした変化


 2カ月ほど、城で行われた茶会も夜会にも出席しなかった。トリスタンに会いたくないというのが一番の理由だが、浄化に時間がかかっているのも本当だ。


 エレノアは空を見上げてため息をついた。昨日は確実に空に広がる穢れを取り除いたはずだった。それなのに翌日にはもう薄っすらと色が混ざり始めている。


 見慣れた青と橙色の混ざりあった濁りは時間が経つごとに徐々に色を濃くしていく。今はまだ神官や騎士たち以外は気がつかない程度であるが、祈りによる浄化が間に合わなければ気がつく人も出てくるだろう。


「エレノア様」


 憂鬱そうに部屋から外を見ていたエレノアにリーナが声を掛けた。


「お仕度をいたしますか?」

「ええ、お願い」

「今日も長くなりそうですね」


 心配をするリーナに笑顔を見せた。


「まだ大丈夫よ。祈り始めると時間なんてあっという間なのよ」

「ですが、終わった後ふらついているではありませんか」

「それはお腹が空いているからよ」


 茶化すように言えば、リーナが唇をへの字にした。


「お体をもう少し大切にしてください。エレノア様は一人しかいないのですから」

「そうなんだけどね」


 リーナが心配するように、エレノアの体調は思わしくなかった。最初はそうでもなかったのだが、ここしばらく連日祈り続けているせいなのか、体が非常に重くなる。

 その上、祈っているうちに時間感覚も狂っていき、本当に祈り始めてしまうとあっという間に時間が経ってしまう。一人の聖女が欠けるだけでこれほど影響が出ることに驚いてしまう。


「あと4カ月か。早く就任してくれたらいいのだけど」


 聖女教育が間に合っていない、というよりも聖女としての力が発揮できないのだから待つしかないのはわかっている。エレノアが聖女になった時も本当に大変だった。


「やはり特別な力なのですよ」


 リーナも何とか飲み込んだのか、諦めたような笑顔を見せた。二人して何とも言えない笑みを交わしていると、扉がノックされる。


「はい」


 リーナが出ればニコルが申し訳なさそうに立っていた。


「大神官様がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」

「ええ? これから祈りの時間なのに」

「承知しています」


 何の話だろう、と首を傾げながらエレノアはニコルと共にオースティンの執務室へと向かった。


 オースティンの執務室の扉を開ければ、すでに神官長の姿もあった。


「エレノア、座って」


 オースティンに勧められるまま長椅子に腰を下ろす。向かいの席にはオースティンと神官長だ。二人ともどこか疲れたような顔をしていた。


「神殿の方針が決まった。浄化する日を3日に1度にする」


 驚きの感覚に、唖然とした。


「え? 今は緊急事態でしょう? 普段よりも少なくするなんて……」

「少なくした穴埋めはジェイダに埋めてもらう」

「ジェイダに? あの子はまだ聖女の力をすべて使えるわけではないのに」


 確かにジェイダは次の聖女としての資質はある。ただし、今はまだ発展途上だ。エレノアの代わりになどなるわけがなかった。


「そうやってさせなかったから、今回のようなことになった」


 オースティンはため息をついた。神官長も困ったように笑う。


「この神殿の聖女はエレノア様で、次代の聖女も見つかっています。だけど、実践させなくてはなかなか力がつかないのも本当です」

「どういうことですか?」


 理解できずにエレノアが眉をひそめた。エレノアの穴埋めと次代の話がしっくりと結びつかない。


「この状態は、次代を大切に育てすぎて間に合わなかったことが引き起こしたんだ。エレノアだって聖女の資質があると判断されて、すぐに聖女になっただろう?」

「……そうですけど」


 エレノアは目が覚めたら聖女様と呼ばれていた。そこから力の使い方を勉強して、色々なものを身に着けた。前聖女との引継ぎはたったの3カ月だ。エレノアがいつでも手を貸せる状態でジェイダに実践させるのはとても合理的だ。エレノアが誰の手助けもなく聖女となったよりはよほどいい。


「それに負担が大きすぎて、とても体調が悪そうだとリーナから報告を受けています」

「リーナったら」

「彼女の仕事はエレノア様の体調を維持することですから。責めるのは可哀想ですよ」

「わかっています」


 ばつが悪そうにエレノアはそっと視線を逸らした。幼いころから面倒を見てもらっているため、すぐに考えを読まれてしまう。何とも言えない空気が漂った。


「そうだ、気晴らしに夜会にでも出席するか? ドレスは私が贈ろう」

「はい?」


 突然夜会の話になって唖然とした。オースティンはいたって真面目な顔をしている。神官長も微笑まし気だ。


「これはあまり伝えたくはなかったのだけどな。今隣国から王女が来ていて、城に滞在している」

「あ、なんかそのようなことを書いた招待状があったような?」


 曖昧な記憶をたどりながら、どうしてもこれだけは見てほしいと言われた招待状を思い出す。神官長も頷いた。


「そうです。エレノア様が直接判断した方がよいかと思い渡した招待状ですよ」

「それで、その王女がどうしました?」


 別にエレノアは外交を担っているわけではないから、王女が来たからと言って必ずしも挨拶が必要ではない。トリスタンの婚約者としてなら挨拶が必要かもしれないが、それはあえて無視する。


「どうやら王子は隣国の王女と恋に落ちたらしい」

「こい? 故意? 恋??」


 意味が分からず何度も繰り返して単語を呟く。オースティンはため息をついた。


「社交界はそのことで持ち切りだ。茶会でも夜会でもエスコートして、ずっと二人一緒にいるらしい」

「ええ? それって、わたし、婚約破棄されるということですか?」


 ようやく理解すると、途端に喜びが沸き上がってくる。キラキラと輝く目でオースティンを見つめた。期待する眼差しにオースティンは苦笑する。


「よほど王子が嫌いなのか」

「大嫌いです! 婚約破棄できるならしたいです!」


 強い口調で言い切れば、オースティンも神官長も笑う。


「城の方も外交重視なら、王女を婚約者にしたいと考えているだろう」

「それは嬉しいです」

「傷つくのなら許せないと思っていたが……エレノアが嬉しそうだからいいんだろうな」


 エレノアは嬉しさに、にんまりと笑う。オースティンは明るく笑うエレノアを見て目を細めた。


「今度の夜会に出席します。その時に婚約破棄ができれば嬉しいです」

「それならばエスコートは私がしよう」

「嬉しいです。でもすごく嫌な思いをさせるかもしれません」


 エレノアは了承した後に、これまでのお茶会や夜会の様子を思い出して表情を曇らせた。

 トリスタンはエレノアに対して嫌がらせを止めることはしない。トリスタンが何もしないので、貴族たちは息を吸うかの如く嫌がらせをしてくる。そんな情けない状況になっているのを知られるのは嫌だが、避けることもできない。


「貴族たちの性根の悪さは私が大神官になる時にもあった。気にするな」

「わかりました。出席します」


 トリスタンとの婚約破棄は心が躍った。トリスタンとの婚約が破棄されれば、何も心配することなく神殿にいることができる。


 トリスタンと隣国の王女の恋物語はここ最近の出来事の中で一番のいい知らせだった。



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