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まだ我慢できる


 馬車までたどり着けば、車寄せの側にある控えの間にいた侍女のリーナと護衛騎士のニコスが慌てて出てきた。

 幼いころから側にいる二人を見つけ、エレノアの表情がほっと緩む。この王城は誰もかれもが敵なので、どうしても厳しい表情になりがちだ。特にトリスタンから棘のある言葉をもらった後は、どうしてもしかめっ面になる。


「こんなに早くに戻ってくるなんて、どうしたのですか?」

「追い出されちゃった」


 リーナの心配そうな顔を見ながら、茶化しながら肩を竦めた。リーナは途端に表情を曇らせる。王城に来る時は必ず一緒にいるので、彼女はエレノアが受けている仕打ちを知っていた。


 貴族たちは敬っているようで、陰で嗤うのだ。酷い人間だと、わざとらしくぶつかってきたり、足をひっかけたりする。どれもこれも咎めるには小さすぎて、素直に申し訳ないと謝られると許す以外できない。

今回のことも、少しの意地悪と言われればその通りで大したことはないはずだ。


「追い出された……何かありましたか?」

「ドレスコードが間違っているんですって」


 うんざりした様子で告げれば、リーナが泣きそうな顔になる。今日の茶会に着ていくドレスは彼女と一緒に決めたので、責任を感じたのかもしれない。


「申し訳ありません。わたしの不手際で……」

「ああ、違うから気にしないで。わざとよ、わざと!」


 ぱたぱたと彼女に手を振って、彼女の言葉を否定した。リーナは泣きそうな顔になる。


「でも、ちゃんと確認しておけば」

「わかるわけないわよ。教える気がないんですもの」

「エレノア様、準備ができましたので馬車へ乗ってください。お話は中でお願いします」


 ニコスが周囲を気にして馬車に乗るようにと促した。


「ええ、わかったわ」

「俺も同乗しても?」


 いつもならニコスは御者の隣に座る。それが同席を求めてきたので、エレノアは非常に嫌そうな顔をした。


「気にしないで外にいてくれていいわよ」

「では、同乗します」


 にこりとほほ笑まれて、むっつりと黙り込む。笑っていながら彼の目は笑っていなかった。きっと茶会で何があったか、根掘り葉掘り聞くつもりだ。


 ニコスに追い立てられるように馬車に載せられて、リーナとニコスも乗り込む。向かいの席に二人が座った。


「それで、どういうことですか? 今回の茶会は王家からの要望で無理を押しての参加だったはず」


 馬車が動き出し、王城の門をくぐったのを確認した後、ニコスが質問した。エレノアはため息をついた。


「王子の婚約者だから絶対に参加するようにと言われていたから、浄化を途中で切り上げたのにね。どうやらドレスコードが決まっている茶会だったみたい」

「ドレスコード?」


 よくわからないのか、ニコスが首をかしげる。ニコスも貴族出身であるが知らないようだ。エレノアがトリスタンからされた説明を聞かせれば、ニコスは大きく頷いた。


「ああ、あのお茶会は伯爵位以上しか参加できないので、俺の家格では馴染みがありません」

「そうなの? 貴族全体の常識かと思ったわ」

「本当に申し訳ありません。わたしがもう少ししっかりしていたら」


 リーナは青ざめたまま謝罪を繰り返した。エレノアは困ったように首を傾げた。


「でもドレスコードが間違っていたからよかったこともあるわ。こうしてさっさと帰ることができたし、妃殿下にも仕事が大変だから来なくてもいいと許可をもらったわ」


 今日のことは嫌な気持ちもしたが、茶会も夜会も断る理由ができたのは上々だ。リーナは複雑そうな顔をして、ニコスの方を見た。ニコスは険しい顔をして唸っている。


「……神官長に伝えて、王家へ抗議すべきです」

「面倒だわ。どうせ適当な地位の役人が来て心にもない謝罪を言いに来るだけよ。そんなに気に入らないのなら、さっさとわたしをトリスタン王子の婚約者から引きずりおろせばいいのに」

「それは無理でしょう。エレノア様は神に愛された聖女ですから。トリスタン殿下の地盤を固めるにはエレノア様以上の方はいないでしょう」


 それなら余計に王子たちの態度をどうにかしてほしい。


 心底そう思うのだが、エレノアは生まれが孤児であったから貴族たちから受け入れられていなかった。しかも神殿は政治を行わないが、王家と同じだけの地位がある。


 大神官、神官長、神官という序列があり、聖女は大神官と同じ地位だ。そして、聖女と大神官は王族と同じ身分であり、頭を下げる必要がない。


 このことがさらに貴族たちの反発につながった。聖女がせめて貴族出身の娘であればまだよかったのだろうが、エレノアは辺境の貧しい場所で生まれ育った。両親も物心つくころにはすでになく、孤児院で暮らしていた。

 聖女としての務めは嫌ではないが、王太子の婚約者という立場は本当に嫌だ。たとえ婚約者という立場があるから貴族たちに表向き受け入れているとしても。


「お互いに結婚したいと思っていないのに。王子の方から断ってくれないかしら?」


 ぽつりと呟けば、頭を乱暴に撫でられた。ニコスが泣いて蹲っていた小さい頃と同じように撫でていた。綺麗に整えられていた髪が無造作に乱れる。いつもならやめてと怒るところだが、今日はなぜか泣きたくなった。


「大神官様に王太子殿下との婚約白紙をお願いしてみよう」

「大神官様に? それだけはやめて」


 優しい大神官の顔を思い描いた。エレノアにとって大神官は一番大切な人だ。神殿に引き取られてからずっとエレノアを守ってくれたのが大神官だった。誰よりも大切だから、心配させたくないし、王家に付け込まれるようなことを頼みたくない。


「まだ大丈夫。神殿に戻れば、優しい子供たちはいるし、守ってくれるあなた達もいる。わたしはまだ頑張れるわ」

「頑張るという問題じゃないと思うが」


 ニコスは渋面で呟いた。自分の代わりに憤ってくれる彼に心が少しだけ温かくなった。


「本当に大丈夫。トリスタン王子は顔がいいから、そこだけを愛するように努力してみる」

「……確かに王太子殿下は王妃殿下に似た美貌の持ち主だが」


 トリスタンは王妃に似て、整った少し甘めの顔立ちに金髪碧眼をしていた。背もすらっと高く、騎士のようながっしりとしたところはないが、それなりに鍛えているのか引き締まった体をしていた。

 うっとりするほどの美貌であることは、エレノアも認めていた。


「そうそう。好きになれそうなところがあるのだから、努力するわ」


 もっともトリスタンはエレノアの容姿を嫌っていた。エレノアは聖女の証である銀髪と紫の瞳を持っていたが、それ以外はとても平凡だった。背も平均よりも小さく、体つきも華奢で子供のようだ。胸も尻も小さければ、くびれも浅い。子供の時に満足に食べられなかったせいだろうと言われていた。


「……努力の方向が間違っている気がするのは俺だけだろうか」


 何やらぶつぶつと言っていたが、エレノアはそれ以上、この件で話すことはない。

 早く神殿に帰りたい、とそっと視線を外に向けた。




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