空席
ジリリリリリ
目覚ましがなり続けている。
いつもあまりにうるさいから僕が止めていたが、このままではいつまでも僕のベッドは返ってこない。
家中に騒音が鳴り響くなか学校に行く準備を始めた。
顔を洗って歯を磨く。
まだ起きない
パンを焼いてバターを塗り、それを熱いコーヒーで流し込む。
まだ起きない。
学生服に着替え時計を見る。
ジリリリリリ……
先に目覚まし時計が諦めたようだ。
だが今日の僕は諦めないと決めている。
「起きろー」
こんなことでは起きないとは思ったが一応軽く声をかけてみた。
「…あっ、おはよう」
突然むくっと起き上がった彼女は、まだ開ききっていない目をぐしぐしと擦りながら僕の小さな声に反応した。
「生まれて初めて目覚まし時計に同情したよ」
「今何時?」
「それは彼(目覚まし時計)に聞いてあげて」
「もうこんな時間!また目覚まし止めたでしょう」
「僕は彼の努力を無かったことには出来ないよ」
「すぐ準備するから」
霊が準備とはなにをするのだろう。誰に見られる訳でもないのに。それとも他の人にも見えるのだろうか。
万が一、着替えたりするなら部屋にいては悪いと思い、台所に向かう。
時計の針は僕が遅刻を覚悟するには充分過ぎるほどに進んでいった。
「お待たせ」
「だいぶ」
「じゃ、行こっか」
結局なにが変わったのか僕にはわからなかったが、一応女性である彼女に聞くのは野暮なことなのだろうと悟った今日この頃である。
「やっと家から出られた」
自業自得だ。
「歩くの速いね」
あなたの寝坊のせいだよ
「口数少ないね」
外で彼女と話すのは勇気が必要だ。周りから見たら独り言を言ってるイタイ奴に思われてしまう危険性がある。
「家の外ではクールな男を演じてるんだね」
勝手に納得してくれた。まぁいいか。
学校に着いたときにはちょうど一時限目が終わる頃だった。
チャイムが鳴り教室から何人かの生徒が出てくる。
珍しい僕の大遅刻をいじってくる奴もいたが、隣で「あの子?この子?」
とはしゃぎ始めたソラに気を取られ反応に遅れる。
どうやらソラは周りの人間には見えてないようだ。
安心して気を抜いたとき、一人の女子生徒とすれ違った。山崎サキだ。
ソラは気づいていない。肘で小突いて合図を出そうとしたが空を切る。そうだ、霊だったっけ。
席に着いても僕をいじってくる奴がいたので、ソラには伝えられないまま授業を受け、昼休みになった。
売店に向かいソラの分もパンを買ってやった。
ソラと話すには誰もいないところへ行かなくてはならない。
屋上なんてものは不良がたむろする場所だと思っていたが、上がってみると静かな聖地に感じられた。
幸い誰もいない。
「パンどっちがいい」
「二人きりだと喋ってくれるの?ツンデレ男子だったのか。こっちちょーだい」
「山崎サキのことだけど」
「学校って面白いね」
パンを頬張りながら午前中に自分が面白いと思ったことを話し出すソラ
「おかしーよね」
「山崎サキのことだけど」
「あっ、サキちゃんどこにいるの?」
「同じ教室だよ」
「どこの席」
「窓側の一番後ろ」
「あー、今日はお休みだったんだ」
「それは通路側の席でしょ」
「そーだっけ?」
「窓側だからね」
教えたからといってなにが変わるのかわからないが、山崎サキを助けるというソラの任務が終われば僕の平穏な日常が戻ってくる。…予定だ。
そんな淡い期待を胸に午後からの授業に挑む。
ソラとふたたび話が出来たのは全ての授業を終え家に着いた後だった。
あの屋上での会話以降、ソラが無口だったのが少し気になった。
勝手にツンデレ男子と認定されたがそれゆえ気を使われたのだろうか。
家に着いた後も彼女は暫くなにか考え込んでいるようだった。
部屋に入り床に座ると彼女も隣に座った。
「あれ、ついにベッドを明け渡してくれるの」
「……あのね、考えてたんだけど」
「任務のこと?」
「窓側の一番後ろがサキちゃんの席なんだよね?」
「そうだよ」
「いなかったよ」
「だからそれは通路側だって。」
「ううん、正確に言うと見えなかった」
その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。
暫くの沈黙のあと、背中に冷たいものを感じたことを僕は今でも覚えている。