進まない時計~黄色信号
窓の外の漆黒が少しずつ薄くなってくる。
寝ようと思えば思う程、頭の中が騒々しくイメージを送ってくる。
母親の顔。久しぶりという感覚すら薄くなっている。
あの人は僕を守るために居なくなってしまった。
今の僕の日常はあの人の望んだものなのだろうか。
東の空に黄色信号が灯り始め、僕は寝るのをあきらめた。
さて、ソラとの出会いから何日たっただろうか。
残念ながら次の日の朝、目覚めたときも彼女はいた。僕のベッドでスヤスヤと寝ていた。
夢だったという可能性は消えてしまったようだ。
起きる気配がなかったので、その日は彼女を家に残し学校に向かうことにした。
教室に入ると、窓際の一番後ろの席に山崎サキがいた。一年生のときから席替えの度に毎回一番後ろの席になる運のいいやつだ。
ソラはあの子にとり憑くはずが、間違えて僕のところへ来たといっていた。
彼女の言う任務とやらもきっと山崎サキに関係することなのだろう。
ただ、隣に住んでいると言っても今までまともに話したこともない。というか彼女が誰かと話している
ところを見たことがない。
家がどうなっているか心配で学校が終わってすぐに家へと帰った。
「おかえり」
父親と二人で暮らすようになってから初めて「ただいま」と言った気がする。
「今日は早かったね」
「家が心配でね」
「私の心配は?」
「知らないよ、なにを心配すればいいのさ」
「寝てる間に置いてって、私が飢え死にしたらどーするの」
真剣な顔で訴えてきたが、いろいろと腑に落ちない。
寝坊で置いていかれる背後霊なんて聞いたことがない。
そして霊が飢え死にというのもよくわからない。
だが、突っ込んだら負けな気がして触れないでおいた。
「明日は7時に起きてね」
「目覚まし掛けとく」
そんなことより任務とやらの話を聞こうと思ったが、彼女が呪文のように「お腹空いたお腹空いたお腹空いた」と繰り返すので呪われるまえに食料を与えることにした。
戸棚を開け、中を漁る。大量のカップ麺の中から無作為に二つ取り出した。
父親は出張で家に帰ってこない日が少なくないので
バイトがない日の非常食は完備されている。
蓋を少し開けお湯を注ぎ3分待つ。その間彼女はテーブルに顔をつけぐったりしていた。
本当に霊も空腹で死ぬのかもしれないと考えたら可哀想に思えた。
「出来たよ」
「…」
まだぐったりしているので蓋を完全に開けて箸で麺をほぐしてやった。
「…美味しそう!いただきまーす!」
匂いにつられて元気を取り戻したソラは僕の手からカップ麺を奪い取り黙々と食べ始めた。
「美味しかった!生き返ったよ」
霊が言うとややこしいが、恐らく精神論を言ってるのだろう。
食事を終え部屋に入るとソラは当たり前のように僕のベッドに腰掛け話始めた。
僕は当たり前のように床に座る。
「昨日言ってた任務のことだけど」
そう、それが聞きたかった。早く終らせて出ていってもらおう。
「私は山崎サキを助けにきたの」
「うん」
「…」
「…」
「山崎サキちゃんを助けるのが任務なの」
「なにから」
「さあ?知ってることはそれだけ」
「話すと長くなるんじゃなかったの?」
「だって、眠かったんだもん」
お腹が空いたり眠くなったり、霊とは僕の想像とはだいぶ違うようだ。
「だから、私の代わりに山崎サキちゃんを守ってあげて」
「よくわからないけど」
「大丈夫!私もよくわかってないから」
「…」
「じゃあ、明日は早起きだから早く寝よう」
「僕はいつも通りだけど」
おやすみと言って電気を消されてしまったので仕方なく横になると、硬い床に跳ね返される。
早くベッドを取りかえそう。そう決意し座布団をたぐり寄せた。
しかし次の日も、その次の日もソラは寝坊を繰り返し、なんの進展もないまま今日を迎えた。