出会い~赤信号
西の空に大きな赤信号が灯り、これから漆黒の世界が訪れることを知らせる。
しかし、黒に染まるはずの世界は人工の白や黄色で照らされ、この世界が神の手から離れつつあることを感じさせられる。
「この世に神はいるのか」という問いに「いる」と答える人間は多数いるだろう。しかし、実際に見たことがあると答えられる人はいるだろうか。その目で神を見た者など…
実は気付いていないだけで沢山いるのだ。今、僕の目の前にいる男もそのうちの1人だ。
「いつまでいるの?」
「まだいいじゃん」
と言い、僕のベッドでくつろぐ女の子。
彼女との出会いは突然のものだった。
学校での日常が終わり、学生服のままバイト先であるチェーン店の焼肉屋に向かう。
狭いトイレの中で着替えを済ませ、活気づいた店内へと飛び出す。
賑わう店内、お客との浅い会話、先輩スタッフ達の手際の良さ。
全てがいい刺激だった。
同じ時間にバイトを終えた別の高校に通う友達と少しの間会話を交わし、帰路に着く。
焼肉屋に着ていった学生服は芳ばしい匂いを纏っているので玄関に置いてある消臭剤を「これでもか」と吹きかける。
バイトの休憩時間に店のまかないで夕食を済ませていたのでそのまま二階にある自分の部屋へと入った。
疲れた身体をベットに沈ませ、頭を空っぽにすると、不意に頭の空いたスペースにある光景が飛び込んできた。
幼い頃の記憶。
目の前で苦しむ彼女になにも出来なかった自分。
当時の記憶は曖昧になっているがその光景だけは鮮明に覚えている。
暖かい風を感じ、不意に現実世界へと引き戻される。
(あれ、窓開いてたかな?)
体を起こし窓に目をやったとき心臓が血液を一気に押し流した。
目が合った。二階の窓の外に見知らぬ半透明の女の子がいたのだ。
いや、違う。ガラスに反射しているのか。
つまり部屋の中に…いる。
振り返るのは怖いけど、そのままガラスに反射している彼女と目を合わせているわけにもいかず勇気を振り絞る。
そこには半透明ではない女の子が無表情で立っていた。
「………」
「………」
しばらく沈黙が続いた後、先に彼女が口を開いた。
「間違えた」
敵意のないその言葉に全身の警戒が少し和らいだ。
続けて笑顔を見せながら彼女が言う。
「私はソラ、よろしく」
「……初めまして、……ユウです」
自己紹介にしては手短すぎる言葉に従順すぎる反応が出たが、知りたいのはもちろん名前などではない。
「ユウ君ね、高校生?」
「うん、二年」
同年代に見える彼女が気軽に話しかけてくるのに、こっちだけ へつらっているのも悔しいので気丈に振る舞う自分がいた。
「そっか、帰り遅かったね。部活?」
「いや、部活には入ってない。バイト」
「へー、なんのバイトしてるの?」
「焼肉屋の接客……じゃなくて!」
そんなどーでもいいことより、まず聞かなければならないことがある。
「なんで僕の部屋にいるの?どっから入ってきたんだ」
「そー!聞いてよ」
聞いて欲しいなら最初に言えよ
「本当は山崎サキちゃんのとこに行くはずが間違えて君の家に来ちゃった」
「隣の家だよ!部屋に入るまでわかんなかったの?」
隣の家に住む山崎サキとは同級生。顔を合わせれば挨拶程度はするが、あまり話したこともない
「女の子にしては可愛いげがない部屋だなと思って物色してたんだけど…」
と周りを見渡しながら真顔で言うソラ
(おい!)
「物色って…、今来たんじゃないの?」
「君が帰ってくる前からいたよ」
本当はサキを驚かそうとでもしていたのだろうか
「一体どこに隠れてたのさ」
「隠れてないよ。消えてただけ」
?
「私、なんて言うか…その人を守るためにいる…背後霊みたいな感じの存在なの」
なにを言ってるのか
「俺、霊感とか無いつもりだけど」
「へー、気づいてないだけじゃない?私のこと見えてるんでしょ」
「君は幽霊には見えない。」
「ふーん、じゃあ友達として暫くよろしくね」
「なにをよろしく?」
「この部屋に泊まらせて」
「家出してきたの?山崎サキの家に行くんでしょ」
「行けないの。間違えて君に憑いちゃったから」
「一生居座る気?」
「ううん。私の任務が終われば自然といなくなるよ」
「任務?」
「そ、話すと長くなるからまた今度ね。早く寝なきゃ」
そう言って僕の座っていたベッドに潜り込む。
自称幽霊とは言え女の子と一緒に寝ることになるとは…
「ユウ君は下ね」
「…これ二段ベッドじゃないけど」
「おやすみ。睡眠不足はお肌の敵だよ」
つまり床で寝ろということか。僕のお肌はどーなってもいいんだな。別にいいけど。
仕方なく座布団やクッションを集め硬い床からお肌を守り眠ることにした。
僕の心は、初対面の幽霊にベッドを占領されても許せるほど広かったのだ。誇らしいのか、情けないのか。現実なのか、夢なのか。
朝になったら考えよう。