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第6話 聖女は悔しさに涙する

聖女聖女と連呼していたせいか、名前を出したのに「聖女」と書き込んでしまう…。その上、フェリシアなんだかフェシリアなんだか混乱中!訂正箇所みつけたら、報告お願いします。

フェリシアちゃん、ごめんね。

 聖女の能力(スキル)については、あまり公にされてはいない。

 それは当然のことで、討伐対象である魔王に知られて、対抗策を立てられてしまうのを防ぐため。それでも、山中で淀みを浄化したり市井で病を治療したりしながら旅をするため、多用するスキルは広く知れ渡っている。


 聖女の持つスキルを総じて【白魔法】と呼び、基本的な仕様が防御や治療に特化している魔法の総称とされている。ちなみに、攻撃魔法系は【黒及び赤魔法】と呼ばれている。


 私の公になっているスキルは、治癒魔法・神聖結界・神聖浄化などが代表格で、王城や大神殿に招かれると必ずと言ってよいほど頼みごとをされる。その大半が権力者からだけに、無下に断ることはできない。

 城では、宝物庫の浄化や王族の治癒。変わった所では、王家の霊廟の浄化などもあった。大神殿では、儀式用の閉ざされた広間や地下の墓地の浄化、神官や信者の治療などがほとんどだった。

 だから、私は勇者たちとは違って、王都に到着してもゆっくりと休んだ記憶が朧にしかない。いつも何かしらの役目を押し付けられ、縋る人の不安な眼差しに晒された。そんな人々が、目に光を戻して自然な笑顔を浮かべ、高い位の人であっても私に頭を下げて心からの感謝をしてくれる。それが、救いと言えば救いだった。


 そんな中で、ただ一人だけ、出会った当初から私の体調を心配して下さり、食事にしても少しでも栄養のある物をと気遣って下さった神官長様がいらっしゃった。

 アルフォーゼ神官長様は、フォルウィーク王国から北へ二つほど小国を通過した先にある、エマレント公国の大神殿に所属する神官長で、兄と同年代の若い神官長なことに驚いた記憶がある。そして、容姿の色合いも兄に似て、小麦色の癖っ毛にたれ目がちの碧の目の下にはうっすらとソバカスが浮いている。微笑まれると垂れた目尻がもっと垂れ、本当に心和ませて下さる笑顔だった。


 それを、無意識に求めていた様だった。

 でも私の期待は見事に裏切られ、土埃にまみれたマントを纏い、くたびれた旅装束の私を目にした途端にアルフォーゼ様はとても険しい顔をなさった。そして、辺りを見回すと有無を言わさずに私の肩を引き寄せ、建物の中へと引き入れた。


「し、神官長様っ」

「静かに…。こんな時間だ、眠った者まで起きてしまう」


 慌てて口を手で押さえ、固まってしまった。

 心身共に疲れ切っていて、思考力が鈍っていた様だった。こんな夜更けに女が聖職者を尋ねることで、相手にどんな迷惑がかかるかを忘れ切っていた。


「遅かったね…?」

「乗合馬車が途中の山道で故障してしまって……本当に申し訳ありません。今から宿を探して、明日の日中にでも―――」

「こんな時間では、もう宿は無理だよ。大丈夫だ。宿泊者用の部屋を一つ用意しておいたから」


 そこで、やっとアルフォーゼ様は私の大好きな笑顔を向けて下さった。ふっと凝り固まっていた肩から力が抜けた。


 ここは、大神殿に付属されている聖職者の宿舎と信徒の宿舎が一緒になった建物だった。石造りの堅牢な大神殿とは違い、飴色になるまで使い磨かれた木造二階建て。部屋も一間一間が広く取られ、資金提供した昔の公家の、女神様への敬虔さが伺えた。


 案内された部屋は女性専用の棟にあり、アルフォーゼ様に呼ばれた修道女のカテリナさんが案内してくれた。アルフォーゼ様の「友人の妹で敬虔な信徒」と言う説明に、初対面では訝し気だった表情がぱっと明るくなり、案内の道すがらとても気遣ってもらえた。

 ことに日暮れ間近に山路で車輪が破損し―――と話すと、顔色を変えて怖かったでしょう!?と自分のことのように同情してくれ、遅くなっても構わず声をかけてね?と部屋の前で手を握って言ってくれるほどだった。


 久しぶりの他人の優しさは、食事の温もりより沁みた。

 ああ、女神様はどうしてあんな国を選ばれたんだろう。どうせなら、この大神殿にご降臨下されば良かったのに…なんて愚痴まで零れてしまった。


 荷物を整理し、アルフォーゼ様が待つ大食堂へと向かった。始めは談話室の予定だったが、私がまだ夕食を取っていないと知ると、すぐに食堂へ変更になった。

 聖堂の様なとても広い大食堂は、深夜の祈りがある神官や信徒がいつ何時でも口にできるようにと、質素だけど具が一杯入ったスープとパン用意されている。幾人かの神官や見習いさん修道女の方々が、静かに食事を取っていた。

 端の席で私も静かに食事を口に運びながら、向かいでお茶を飲むアルフォーゼ様の穏やかな気配に心を落ち着かせた。

 私の器が空いた頃合いを見計らったのか、アルフォーゼ様が低く囁くように話された。


「貴女は…勇者と添われたと聞いたのだが?人妻がなぜ旅など…」


 最後の一さじを飲み込み、お茶を手にすると再会して初めてアルフォーゼ様のお顔を真正面から見つめた。


「私は、誰とも婚姻しておりません。それどころか帰国初日に「歳のいった平民の女は王家には不要」と婚約破棄を王から告げられ、大神殿からは下賤な女と言い捨てられて追い払われました。そして、勇者が娶った相手は、討伐の旅の途中で勇者が同行させた精霊使いの女性です。」


 震え出しそうな声を両手を握って耐え、しっかりと相手の目を見て次第を語った。


 ここへ向かう道すがら寄った町で、フォルウィークの王太子とエリエンスクの第三王女のレデリカの婚礼の儀が各国からたくさんの招待客を招いて、盛大かつ豪華に執り行われたことを知った。それから半月も経たずに、王の寛大な許しの下、勇者と聖女の婚姻式が催されたことも。

 前者を耳にした時は、お姫様が騙りを働くことなくご成婚できたと知って、心から祝福し安堵した。だが、後者の噂を耳にした時は、その場で崩れ落ちるのを堪えた自分を褒めたいくらいの衝撃だった。

 あの二人には、旅で受けた不当な扱いは腹立たしかったが、その旅も終えてしまえば強い恨みを持つこともなかった。その時までは――――その晩の宿で、私は悔し涙を流した。


「……確かめもせず詮無いことを言って申し訳なかった。しかし、それならなぜ不当を訴えない?」

「里の家族が――――私の知らぬ間に、口止めされて無理やりへき地へと移されてしまいました。聖女であっても、大神官や王家を相手に争うことは……もう女神様におすがりするしかなく」


 項垂れるな!と自分を叱咤していたのに、溢れる涙を止めることも隠すこともできなかった。


「なんと言うことだ……フォルウィーク王国は神に選ばれ、女神様に守護されし国として、この世になくてはならないはずなのに。その守護神たる女神様の遣いである聖女を蔑ろにするとは……」

「女神様への不敬の断罪は、必ず女神様の手で下されることでしょう。私個人の心情としては、そんな王家に嫁がなくて良かったと思えるくらいですから。ただ、偽聖女と勇者の婚姻で、王家からの理不尽な理由による婚約破棄が、私の不貞による婚約不履行の上、王の寛大なお心で、なんて茶番にすり替えられてしまったことが悔しくて…!」


 掌で顔を覆って泣き出してしまった私の頭に、暖かで大きな温もりが長く慰撫していてくれた。

 私を知る討伐で出会った人々は、現在あの作り話を聞いてなんて思っているだろう。聖女でありながら浮ついた心を持つ女とでも…。それが辛く悲しい。


 その夜は、これ以上の話は無理と部屋へ追い立てられ、待っていてくれたカテリナさんと一緒に湯に浸かり、寝台へもぐりこんだ。


 弱い心は夜の闇に捨て、明日こそはきちんと正面を向こう。

 


誤字訂正しました。12/31

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