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第5話 聖女は現実の辛さに落ち込む

 隣国エリエンスク王国は、後ろを大海に前をフォルウィーク王国に挟まれた小国だった。

 戦乱の昔、フォルウィーク王国が占領して属国としたことがあったが、初めて女神様がご降臨なさった年にそれは解消され、対等な国同士の交流となった。でも、それは表向きだけ。

 女神様に護られた唯一の国と、これと言って特色もない小国が対等な立場で外交を行える訳はなく、結局は小国の業で裏では不平等な密約を強いられることになっているようだった。


 聖女の旅では、勇者や神殿側に囲い込まれて見えていなかった。こうして、一介の平民として旅をしているから見えることもあった。それに、庶民の立場であっても小さな村から出なければ、分からないままだっただろうことも。

 エリエンクス王国に輸入される物全て、フォルウィーク王国を一度通ってから送られる。そこには他国以上の税が課せられ、フォルウィーク王国へと送られる物には他国以下の税ですませられていた。

 それが数年前に、輸入税が安くなった。それに加えて、険しい山中だが別の国と接している国境の封鎖が解除され、少しだけの輸出入もできるようになった。


「それはよかったですね。何かあったんですか?」

「それが分かんないのよ。ある日いきなり布告されたから、誰もが驚いたわ。ことに商人にとっちゃ大事事だから、お役人の詰所に確認の為に押しかけて大変な騒ぎだったわね…。ただね、その頃に末の姫様の縁談が決まったって噂が流れたのよ。でも、誰もどこへ輿入りするのか知らないしさ…。噂が消えたらそれきり。一体何だったんだろうねぇ」


 王都近くの小さな町まで馬車を乗り継いで着き、今日はこの町で宿を取ろうと探していた所で、足を痛めて座り込んでいた女性を助けた。それが良い出会いで、安宿だが清潔で食事付きの宿の女将だった。

 薬師兼治療師の修行中だと言って薬草を使いながらこっそり回復の術を掛け、痛みが和らいだことに喜んだ女将は、夕食を少し豪勢にしてくれ気安く話し相手にまでなってくれた。


「その噂が本当かどうかも分からずじまいで?」

「ああ、そうなんだよ。でもね、王城からはなんの告知もないしねぇ…。冗談交じりに、税の引き下げと他国との輸出入を引きかえに、フォルウィーク側が攫ったんじゃないかって噂も出たんだよ!アハハッ。フォルウィークの王太子様は聖女様と婚約したんだから、そんな訳あるわきゃないってのにさー」

「ええ、そうですよねー…」


 さっきまで美味しくてフォークが止まらなかったのに、今じゃ表情を隠すために食事に勤しんでいる振りをしなくてはならなくて苦しい。すでに味も舌触りも分からない。一気に食欲は消え失せた。

 

 おかしい。本当におかしい。

 だって、大神官は私にはっきりと告げたのよ?私がまだ勇者と討伐に向かっている最中に、隣国の姫を妃に迎えて盛大な婚礼の儀を催したって。

 盛大な婚儀は、どこの誰が招待されたの?またもや自国の貴族だけ?それとも、婚儀自体が嘘なの?

 自国の民にすら告げず、姫の出自国では輿入れした事すら秘されてるなんて…。私の責任じゃないのに、とにかく申し訳ない気持ちが溢れて来て泣き出してしまいそうだった。


 だからと言って、本国へ戻って王城前で大暴露してやる!なんてことはできない。私がそれをしようがしまいが、すでに彼女は王太子妃になっているんだろうし、城内の者達や貴族たちは王の勅命で口を噤んで見て見ぬ振りをしていると仮定して、私が暴露しても彼らが楽になるだけでしかない。ああ、姫様も無理な偽りから解放されるわね…。でも、それはできないの。

 私が迂闊な行動に出ては、家族に被害が及ぶのは間違いない。だから、詫びることしかできない。ごめんなさい。


 不意に黙りこくってしまった私を不審に思ったのか、女将が心配そうに顔を覗き込んで来た。


「大丈夫かい!?なんだか顔色が悪いよ?」

「大丈夫……長旅だったから、美味しい食事を取ったら安心してしまって…一気に疲れが出たみたい」


 無理に笑顔を作って見せ、食事の礼をすると部屋へと案内を頼んだ。

 今は少しでも早く一人になりたかった。落ち込み出した精神を少しでも安らかにさせてあげたかった。

 簡素で狭いが清潔で目の行き届いたサービスの見える部屋は、疲れ切った私を優しく迎え入れてくれた。もう誰も命令したり搾取したりする者はいない。

 ただ、少しだけ寂しかった。



 翌朝は私の気分とは正反対の晴天で、差し込む日差しの痛さに目を眇めた。

 夢も見ない眠りに落ちたけど、目覚めてみれば体の疲労が消えただけで、心の落ち込みはどんよりとしたモノが溜まったままだった。

 軽い朝食を頂いた後に女将へ一泊の代金を払って別れの挨拶を交わし、手を振って見送ってくれる姿に何度も手を振り返した。

 そして、眠る間際まで考えていた場所へと向かうことに決めた。そこは、元々の最終目的地へ行く途中にある国で、討伐の旅の途中でも寄った神殿だった。


 会って話がしたい人がいる。神殿の大神官の下に付く神官長の一人だけど、他の人達と違ってとても良くしてくれた方だった。困ったことがあったらと何度も気にかけて下さり、旅立つ間際まで心配そうに見送ってくれた優しい方だった。

 アルフォーゼ神官長様。今は彼が持つ知識に縋るしかない。


間違い箇所を訂正しました。 12/30

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