第36話 聖女は魔王の心に……
みんなー砂糖吐け―!
クライヴ陛下が瞼を下ろすと、彼の周りに纏いつく魔力の気配は僅かだけ薄くなる。
魔王国の人達は魔力の量を瞳の色の濃さで計っているらしいけれど、それはなんだか寂しい行為だと思っていた。
まだ私がお城に滞在していた時、私の世話をしてくれた侍女のシャイナさんがぽつりと語ってくれたことがあった。彼女は裕福な商人の家の出で、三女なこともあって嫁入り前の身上箔付けのためにとお城へ奉公に出された。下働きから侍女へと上がって行く内、最初に囁かれた悪口が「薄いくせに」だった。
始めはなんのことを言われているのか判らなかったが、仲の良かった同僚が別の侍女のことを噂していたその内容に、その意味不明だった台詞が出て来た。
そこで知ったのが、瞳の色が薄く魔力量の少ない者はそれだけのことで見下されること。
『人は、何が何でも相手の弱点を見つけて、そこを攻撃しながら見下さないと気が済まない生き物なんですねぇ…』
そう漏らした時の、彼女のなんともやりきれない淡い笑みが忘れられない。
外見の相違、身分や階級の上下、力の有無、富裕と貧困などなど。人は大なり小なり人の上に立ちたい欲がある。支配欲なのか征服欲なのか。そして、他者から認められたい欲がある。顕示欲なのか承認欲なのか。
私が聖女として采配を振るっても、それを差別と切り捨てることはできない。
全てに表があって裏があるように、それらにも役割があるから。欲は、人を生かすための希望や目標とも言いかえることができる。欲無くして人は生きてはいけない。
「貴方がもっとも欲しいのは、誰?血色の瞳を持つ王様、それを私に聞かせて?」
目を閉じ長考にいた陛下に、私は再び問いかけた。
その答えを貰った後に、私の欲をお聞かせしましょう。
ゆっくりと開かれた瞼の向こうには、ささやかに降り注ぐ陽にも強く煌く紅玉があった。それが、少しだけ顔を強張らせた私を凝視し、僅かに細められた。
「私が欲するのはフェリシアだ。だが――――王である私は聖女が欲しい」
唐突に失墜感が襲う。やはりと思う諦観と、フェリシアだけを求めて欲しかった嘆き。どちらにも、幸せを見出せるような暖かさは微塵もない。
「それは…聖女の力を国の為に使いたいから?」
どんどん墜ちて行く彼を乞う心。暗い闇へ向かって。あれに浸ってしまったら、私は一生誰も愛することはできないかも知れない。
「違う!!それは違う!」
突然、焦りを含んだ叫びと共に、苦しいほどの拘束と熱さが私の体を縛り上げた。
漏れそうだった嗚咽が、押された肺と共にどこかへ抜けて行った。
「聖女もフェリシアも、私の…私だけのために在って欲しい。クライヴと言う一人の男を愛し甘やかすフェリシアと、王と言う別称を持つ男を諫め正す聖女を…」
「でも、もし私が貴方のものになったら、もう聖女ではいられないわ?それでも…」
息苦しい抱擁は、私の心の墜落を留めるために必要だった。この腕が離れれば、また墜ちて行く。
「女神様の加護を失ってしまっても、貴方はいつまでも――――私だけの聖女だ。私の妃になって欲しい。ただ、それだけを願っていた…」
ぼっと火が爆発したように顔が熱くなった。そして、すぐに頭や肩へ飛び火して、気づけば全身が火照り出していた。
なんて男だろう!こんな…こんなにも私を悩ませ苦しませて来たくせに、そんな一言で重く凍り付いていた私の心を溶かして、ついでに天へ向かって弾き飛ばすなんて!
なぜ私は、こんなにも簡単に絆されているの!?経験の少なさ!?何!?なんなの!?
「ま、あの、でも、今す…すぐには!ね?ま、まだ!へん、返事はっ、今すぐに。はむ。無理ぃ…」
仰のいて陛下を見れば、彼は艶めいた微笑みを浮かべ、細めた瞳で撫でるように私を見詰めていた。
濡れ濡れと仄かに光る紅が、私を捉えて離さない。
どうしよう。逃げないとっ。今、掴まったら「はい」と何にも考えずに頷いてしまう。
「貴女の母上が話してくれた。王妃になる気持ちの準備は、すでに出来ているようだと。家族も反対しないそうだ」
なにを!お母さんたら!どちらの母親も、なにを考えてるのよ!!もうっ、もうっ―――――。
「もうっ!!」
混乱はなぜか意味不明な危機感を呼び、気づいたら【神聖結界】を張っていた。
凄い音と共にクライヴ陛下が斜め上へ飛んで行ったのを、顔を手で覆ってしゃがみ込んでしまっていた私は長い時間気づかなかった。
その日、よろよろと空から舞い降りて来たディアベル魔国王を迎えた宰相は、常駐させていた眉間の皺をもう一本増やし、国王の首根っこを鷲掴んで城内奥へ引っ立てて行った。何事か怒鳴り合い、部屋から出て来た対照的な表情の二人を見て、追って来た従者と官吏はただ安堵した。
「さっさと決定してくださいね!こちらは婚儀の準備を進めておきますから!」
「分かってる!絶対に頷かせる!」
城内の者達全てが国王の味方だった。揃って女神様に祈った。
――――うちの国王様の求婚に、聖女フェリシア様が頷きますように――――と。
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ある日、フォルウィーク王国の城に、遠い北の小国から使者が来た。
謁見の間で使者を迎えた国王と王妃は、使者の口上を聞いて満面の笑みを浮かべ喜び、使者に寿ぎの言葉を返した。
「必ず、王妃と共に出席致すと伝えて欲しい」
新国王は力強く申し出に応えた。
それを聞き届けた使者は、最後にと一通の書簡を捧げ持った。
「王妃レデリカ様へ、聖女フェリシア様からです」
そう告げて、王妃付きの女官へと手渡した。
驚きと歓喜に頬を染めた王妃は、その書簡をてにするとすぐに開き、目を走らせた。
―――辛い思いは忘れ、私達は王と民と共に幸せになることだけを、女神様に願いましょう。お会いできることを楽しみにしております。フェリシア―――
END
これで本篇ENDとなりました。
フォルウィークの新王は、あのバカ王太子ではありませんのであしからず。
あと1話、後日談で完全終了となりますので、よろしく!
番外編なんかも色々と思い浮かび、まったり不定期で書こうと思っています。
それは別物として新規で書きます。のんびりと待ってて下さい。




