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第33話 聖女は目を伏せ幕を下ろす

どうにか法廷裁きも終わりましたが、今度は魔王様…。

大魔女王が…。

 幻の天秤から放たれた罪泥の矢は、罪人の令嬢だけを射抜いた訳ではなかった。

 泡が弾ける度に大小様々な矢が縦横に飛び交い、そこに集まった貴族たちに襲い掛かった。聴衆の群れはまさに阿鼻叫喚の騒ぎになり、矢を避けるために必死に逃げ惑っていた。無駄な抵抗はある種の滑稽な舞踏のようで、なぜ自力で矢に立ち向かおうとしないのか不思議だった。

 確かに城内は、近衛や警備の兵以外は武器の所持を禁止されている。でも、彼らは常人よりも魔力の高い民族なのに、その力を発揮しないのか。

 つまりは、他力本願で生きて来た証しだ。今も詰めている騎士や兵に向かって怒鳴っている。「助けろ。庇え」と。

 それを私は、静かに凪いだ心境で眺めていた。


 これは幻。ただの幻覚でしかない。刺されても痛みや傷なんてないし、元々は天秤すらこんな実体はない。

 ただ女神様への畏怖と、己の罪を反証し贖う気持ちを持ってもらうための、脅しでしかなかった。なのに、己の罪すら引き取れないとは無様としか言いようがない。

 フォルウィーク王都での、あの民衆の恐慌状態を思い出した。あれは女神様の怒りの凄まじさを前にした、人の純粋な恐怖でしかなかった。見えない神の御力が、忘れてしまっている罪まで暴き裁こうとしているのではないかと…。

 この世に、まっさらな心を持つ者など赤子しかいないだろう。人は無自覚に罪を重ね、それに気づいて反省し、心身を鍛えながら成長して生きている。自分だけは、と思っている方が可笑しいのだ。

 

 残忍な幻での見せしめ扱いをされたキャサリーン様は、すでに矢も消えて放心の中にいた。その横で伏して号泣していた男爵子息も矢を浴びた衝撃で、粗相したまま気を失い動かなくなった。

 私は振り返り、胸に矢を受けても騒がず、疑わし気に自分の胸を撫でている宰相と法務長官を見やった。

 さすが人を動かし、裁く人だ。肝が据わっていると感心した。


「これで心の底から、反省と謝罪の気持ちを持ち続けるでしょう。では、望み通りに法の下に裁きを」


 話しかけた私に気づいて、青白い顔の法務長官が慌てて手にした書類を読み上げた。


「は、判決!

 ロンズベル侯爵の娘キャサリーン=ロンズベル及びラール男爵家三男ヘラルドの両名には、貴族の責と義務により、南の塔にて無期限の禁固。両家共に爵位降格を申し付ける!!他二名には、二十年の鉱山労働を科す!以上!」


 滔々と読み上げられた判決は、壇上の私達しか聞いていない状況だったが、それでも壁際に並んだ警備兵と騎士たちはすぐに我に返って、罪人たちを引っ立てて聖堂を出て行った。

 それと同時に「閉会!」の声が宰相様から上がった。

 後部と両脇の扉が開かれた途端、濁流の様に人々は我先にと飛び出して行ったのには呆れた。


 騒がしい方々が消え、関係者だけになった所で、私は深々と膝を折って頭を下げた。


「皆様、神聖な裁きの場を混乱させてしまい、そして、ご無礼を働き申し訳ございませんでした」

「…頭を上げてくれ…。それは私達の台詞だ。申し訳なかった」


 漸く衝撃から立ち直った国王は、慚愧に堪えないといった口調で訴えると、すぐに段を下って来て私の前に膝を付いた。すると、残っていた全ての方たちまで陛下に習って平伏した。

 その中にはディオン大公爵の、(やつ)れて萎れ切った姿もあった。

 今朝、登城した時に宰相様から、フェルミナ様の話しを聞いた。

 父親の死を間近に感じてしまった衝撃から、父が無事な姿を確信してやっと立ち直りかけた所だったのに、不意打ちで受けた恐怖は彼女の心を壊しかけた。一晩明けても正気に戻らず、薬を使ってどうにか眠っている状態なのだとか。専属医師の話では、王都を離れて長い治療が必要だろうと言う話だった。


「…皆様、お立ちくださいませ。そんな事は、私は望んでおりません」

「しかし!」

「国王陛下が膝を折って良いのは、主神様及び女神様と妃殿下のみです。陛下がお立ち下さらなければ、私も皆さまも立てません!」

 私の言いたいことが通じたのか、彼らはのろりと立ち上がった。

 物言いたげな陛下を見つめ、やっと微笑んで差し上げた。それを見て瞠目した陛下は、強張った体から力を抜いて安堵した様だった。

 そして、法廷は静穏な聖堂へと戻った。



       ****




 帰宅しようと思っていた所に、宰相様が「会って頂きたい方々がいる」と彼らしくない心苦しげな表情で伝えて来た。

 一晩宿で眠ったとは言え、昨夜からの騒ぎに続く登城に疲れ切っていた私は、しばらく彼を凝視し、その肩越しに見えた陛下の様子に諦めて頷いた。


 案内された場所が、非公式に謁見するための会見の間であることは知っていた。城に留め置かれた時、私に与えられていた客室へやたらと陛下が現れることに危惧を抱き、宰相様に忠告した。その後にここを使ったことが何度かあった。

 凝ったレリーフが施された美しい両開きの扉が開かれた向こうに、見慣れない年配の男女が跪礼していた。

 身分の高い貴族のご夫婦らしく、ご主人は長身ではあるけれど恰幅豊かで柔和なお顔から人の良さ溢れる風格が見え、夫人は高級なドレスで着飾ってはいるけれど、しっとりと落ち着いた貴婦人としての品格に溢れていた。でも、それだけではない。私の視線が吸い寄せられたのは、お二人の双眸の力強さだった。

 気迫のあるご夫婦。それが私の持った印象だった。

 私より先に入室した陛下が、そのお二人の側に立ち止まった。


「彼らは、イブリース公とその夫人だ。…つまり」

「初めまして。イブリース公爵の妻でアンジェリカと申します。コレの母でございます。この度は、コレが只ならぬご迷惑をお掛けした様で、真に申し訳ございません」

「ええ!?」


 陛下が私にお二人を紹介し始めた途端、女性の方ががっしりと私の両手を掴んでその手で包み、物凄く活舌の良い早口で自己紹介と謝罪をした。

 ただ、「コレ」と言うのは…困惑の中、漸く理解した瞬間、悲鳴に似た声が漏れた。

 つまり、先代国王様と先代王妃様と言うこと……?そして「コレ」とは現国王であるクライヴ陛下。


「母上…フェリシア殿がこまっ」

「私達が早めに手を打っておけば、このような事は起こらずにすみましたのにっ、お恥ずかしい話でございますが―――」

「アンジェリカ様、あn」


「黙らっしゃい!!煩いですわよ!役に立たない糞虫共がっっ!!」


 迫力満点の恫喝が部屋いっぱいに響き、それと同時に冷汗が噴き出すほどの圧迫感が襲った。

 ああ、陛下のお母様なのだと納得した。


言い回し加筆 1/26

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