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第27話 聖女は精霊王に出会う

 意識を戻されたディオン大公爵様は、そのまま城内の客室へと運ばれて行った。胸の痛みはなくなったけれど、このまま帰すには不安が残る。それなら治療士が常駐する城に、今夜一晩だけでも留め置こうとなった。

 それに、何と言ってもご息女のフェルミナ様の混乱が治まらないのも問題だった。あの清冽な騎士のような印象のフェルミナ様が、泣き喚いて取り乱した後、御父上の意識が戻っても放心状態から戻らなかった。

 これ以上の目撃者と好奇の目から隠すように、女官たちに付き添われて王城内へ消えて行った。


 私は城勤めの治療師にディオン大公爵様の容態と行った治療内容の一部を報告し、心臓の動きに注意をお願いした。

 本当は【治癒】を使っているから完治している。でも、それを話す訳にはいかない。話せば城へ上がって専属治療士にと勧誘されることは必然。そうなれば、幅広く市井の患者を診ることができなくなる。その上、クライブ陛下を絶えず意識して―――そんな自分が嫌になるだろう。


 ふと我に返れば、せっかく用意して頂いたドレスが汚れていることに気づいた。なりふり構わず地に腰を下ろして、その上に転がされてしまったのだから当然のこと。

 やっと帰宅を許された私は、待っていて下さったウィリス様と先代様に必死に詫びた。馬車に乗り込んでも詫び続け、色合いが濃いだけに汚れが目立ち、ドレスの膝辺りを目にしては落ち込む私に先代様は大笑いした。


「それはフェリシア嬢への贈り物だ。後は好きなように」


 幸いにも破損箇所は見当たらず、これなら丁寧に洗えば大丈夫だろう。ここまで上等なドレスを着る機会はもう無いと思うけれど、クライブ陛下と踊った思い出のドレスとして大事にしまっておこう。

 先代様のご厚意をありがたく受け取り、伯爵夫人への感謝の言葉を伝えてもらうようお願いした。



 慌ただしかった祝賀会出席の緊張疲れも癒え、また日常が戻って来た。村々を巡回して回り、それ以外は王都の端の治療院と孤児院のみを予定に入れ、後はひたすら樹海の中へと入って時間を潰した。


「ルー!お礼の森苺のパイを持って来たわよー」


 件の泉の畔へ着くと、疑いながらも大声でルーを呼んでみた。

 こんな広い樹海の中で、約束している訳ではないのに何処にいるかも知れない相手を呼んで、応えが返って来るとも思えなかった。

 それでも、呼べと言われていたから、人目がないのを良いことに思い切り大声を出してみた。


「待ってたぞ。それにしても遅かったな?」


 またもや人の気配も足音も、全く感じられなかった。声に驚いて振り返れば、そこには銀の髪と金の目を持ち、山野を歩く狩人の様な装備のルーの姿があった。


「魔王国の王城へ御用があって行っていたの。その前準備も大変で…」

「フェリシアは、王城の治療師か?」

「いいえ。私は巡回治療師よ。王城への御用は、それとはまったく別のことだったの。はい。これ」


 彼の手招きに従って朽ちた丸太に腰を下ろし、隣りに座った彼の膝にパイが入った丸い籠を置いた。


「…いい匂いだ。主もお喜びになるだろう」

「ええ!?それは、ルーが食べるのではないの?」

「ああ、俺も食うが、主も好物ではあるからな。俺がパイに挑戦したのは、元々は主の依頼だからだ」

「なぜ、それを言ってくれなかったの!?あなたが食べるんだと思って、一つしか持って来てないわ」

「大丈夫だ。主は年齢的にたくさんは食えん。心配するな」

「お年が……」

「樹海の物の味を試されるのが好きなんだ。ことに森苺がな」


 なんだか彼の言う主と言う方が、どうも領主や単なる土地の所有者とは違う気がして来た。

 樹海の番人とルーは自分の肩書を称した。そして主様は「お味を試される」なんて……。

 私はルーの金目をじっと凝視して、慎重に尋ねた。


「ルー…あなたの主って、もしかしたら精霊王様?」

「もしかしなくても、そうだ。俺の雇い主は精霊王だが?なんだ、気づいてなかったのか?」

「そんなこと言わなかったじゃないっ。樹海の番人だって教えてくれただけで…」

「精霊王がフェリシアに興味を持ってるとも言ったはずだが?」

「ええ、言われたわ。でも、それを聞いてあなたと精霊王様が主従関係だとは思わなかったわ」


 ルーは私の言い訳を聞くと、くったりと肩を落として顔を伏せ、大きく長い溜息を漏らした。

 それは一体、どれに対しての反応なの!?

 少しだけムッとした私に気づいてか、ルーは苦笑混じりに頭を振りながら、膝に置かれた籠をそろりと向こう側へ移動した。


「悪かった。俺の言葉が足りなかったな」

「そうね。でも許してあげる」


 私が機嫌を悪くしたことで、パイを奪われると危ぶんだらしい。その挙動があまりにも子供っぽくて、怒りを忘れて笑ってしまった。

 そんな私に、ルーは目を細めて囁いた。


「フェリシア、貴女は怒り顔より笑っている方が似合うな」


 あ、と声を上げて笑いが途切れ、喉の奥が引き攣った。


「そ…それと同じ…事を言ってくれた人がいたの…。もう、側に居ることが、叶わない人だけれど…」


 ルーの言葉が、私の中に必死に作り上げた堰を一瞬で決壊させた。流れ出たのは、堪えていた涙。


「そうか…フェリシアは泣く程その人が好きなんだな?」

「ええ…」


 自覚は無いのに涙が次々と溢れ出る。慌ててエプロンの隠しからハンカチを引っ張り出して目を覆った。

 

「じゃあ、なんで側にいられない?」

「駄目なの。その方は身分の高い人で…私の様な平民の女が側にいては…」


 一言一言口にする度、涙が零れて白い布に吸い込まれて行く。

 止まらない。どうやっても。

 ぽんっと頭の上に大きな手が置かれ、優しくゆっくりと撫でられた。


「慰めてくれて、ありがとう。ごめんなさ――――え?」


 あまりにも心地よい慰撫に、急に恥ずかしくなった私は涙を拭うを顔を上げた。

 ルーの手だと思ってそのまま逆らうことなく笑んで見せた先には、不思議なご老人が立っていた。まさかルーが!?と、隣りを見ると、ちゃんとルーは私の横に座って顔を強張らせて…。

 ご老人は、真っ白な長い髪を腰まで垂らし、眉も髭も真っ白ふっさりで目も口元も僅かしにしか見えない。でも、にこにこと陽だまりの様な朗らかな笑顔で、私の頭を飽きもせずに撫でていた。


「女神の加護が消えるまでが聖女じゃぞ?その聖女が、阿呆なんぞのために泣くでない」


 しゃがれ掠れた声が、撥ねる様な口調で宣った。



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