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第25話 聖女は苦しい吐息を漏らす

 ディアベル魔王国の王城にて盛大に開かれた戦勝祝賀会には各国の貴賓を迎え、大広間は自国他国入り乱れた招待客で溢れかえっていた。


 魔王国の助けを借りて国から逃れ、新たな国作りの為にと故国へ戻った貴族や、戦後復興を良い機会だと国交を結んだ国々の大使や王族を招待し、それは煌びやかで熱気あふれる催しとなった。

 戦勝祝賀となれば、通常なら戦勝国が自国内で祝うために催される行事だ。そこへ負けた国の者を招待すると言うのは、嫌がらせにしかならない。

 しかし、今回の祝賀は裏の意味もある。それぞれの国で悪政と悪行を働く愚王や貴族たちを、魔王国の力を借りて排除したのだ。自浄能力が足りなかったことは悔しい事実だったが、これからの為に力を発揮すれば良いと、裏の勝利を手にした者たちは思った。


 そんな説明を先代様から伺いながら、私とウィリス様は配られた乾杯の盃で喉を潤していた。

 熱気溢れる大広間の中央では、クライブ国王様を中心に各国の友好の使者たちが囲んで、先ほどの乾杯の興奮を語っている。その後ろに控えた重臣たちが、自国の貴族や貴賓たちの挨拶を受けながら、国王への挨拶を待つ人たちから国王を守っていた。

 それを眺めながら、お元気そうな姿に安堵した。


 他国の伯爵となると、陛下の元へ挨拶に向かうのは王族や高位貴族の後になる。ともすれば、人の多さに陛下の体調を考慮して、高位者以外は遠慮する暗黙の決め事もあった。

 お知り合いの相手はウィリス様に任せ、先代様と共に人の流れを眺めていた私は、陛下の一声で舞踏の時間に移ったのを知った。

 さーっと人波が側に引き、空いた中央に紳士淑女が手を取り合って出て来る。


「フェリシア様、一曲お相手願えませんか?」


 パートナーとして出席してはいるけれど、年上の知人女性でしかない私に、ウィリス様はにっこりと微笑んで手を差し伸べ、始めの一曲を誘って下さった。


「長く踊っていませんでしたので、お足を踏んでしまうかもしれません。それでもよろしいかしら?」

「結構!フェリシア様に踏まれても、羽に撫でられた程度ですよ」


 おずおずと差し出した手を握られ、足早にホールに連れて行かれた。向かい合って腕を腰に回され……まだ二十歳前の初々しい彼は、私よりも頭一つ背が高く、しっかりと女性を抱くに相応しい大人の男性に変わっていたことに目を見張った。

 流れ出した音楽に乗り、軽やかなリードに誘われてステップを踏む。初めてのダンスは…と、王太子との婚約が告げられた時の忌々しい思い出が蘇りかけ、慌ててウィリス様を見やって消し去った。

 ふっと、目線をウィリス様の肩越しに投げた時、覚えのある美しいご令嬢と踊るクライヴ陛下を見つけ、もっと気持ちが萎れた。


 先代様と談笑していたご夫婦とお嬢様の側へ戻り、私は慣れないお役目を漸く終えたことにホッとし、発泡酒を手に喉の渇きを潤した。視線の先では、ウィリス様が先代にせっつかれて側に佇むお嬢様へダンスの誘いをしている。それを微笑ましく眺め、二人がホールへと向かう姿を目で追った。

 視界の隅でまた違うご令嬢と踊る国王様の姿に気を取られながら、空いたグラスを給仕に渡してから先代様の側へと戻った。


「…お顔の色があまりよくありません…お疲れでは?」


 立ったまま長時間を過ごしてか、先代様の顔に疲れが見て取れた。知人のご夫婦に言伝を頼み、隣りに設えられた休憩用の一室へ先代様を連れて行き、カウチへ身を横たえさせた。そっと【回復】をかけ、お水のグラスを手渡した。


「貴女がいてくれて助かったよ。長いことこんな場所へは出ていないからなぁ…孫の付き添い程度だと甘く見ておった」

「このような華やかな場所に連れて来て頂いただけでも感謝しておりますわ。その上に私でお役に立つことがあって…本当に良かったです」

「フェリシア嬢……貴女とて、ここに居ても何ら不自然ではない存在なのだよ?あまり自らを卑下しないことだ。でないと、女神様に申し訳がたたなくなる……」


 伯爵夫人が知っているとなれば、おのずと先代様が私の正体を知っていても不思議ではない。それを踏まえて先代様の言葉を聞いて、私は自嘲した。

 本心は――――クライヴ陛下に一目会いたかったからお話を受けたの。忘れたい、忘れよう、なんて心に一生懸命に鞭打っても、その機会があればこうして無様に誘いに乗ってしまう。


「さあ、儂に構わず楽しんでおいで。ウィリスも一人では寂しいだろう」

「でも……」

「儂はここでゆっくりしておるから、十分楽しんだら迎えに来てくれればよい。ほらっ」

「では、早く戻ってまいります。先代様はごゆっくりお休みください」


 私はそう一言付け加え、足早にウィリス様の元へ戻った。不安げだったウィリス様とご夫婦には、お疲れが出ただけだと伝え、安心して楽しんでとの言伝を告げた。


 

 突然、人波が分かれて辺りが静まりかえった。何事かと振り返った私の前にクライヴ陛下が近づいて来ると、手を差し伸べて来た。息をのんで呆然と彼を見上げている私に、あの色めいた甘い微笑みを向けた。


「フェリシア嬢、私と一曲踊って頂けるか?」

「わ、私と…ですか?」

「ええ、お相手願えるかな?」

「よろ…こんで…」


 断ることは出来ない。一国の王が自ら誘って来たのをこの場で断ることは、身分がどうでも不遜に当たった。

 震える手を取られて好奇の視線の間を進み、中央へ立った。陛下の腕が、まるで逃がしはしないと言いたげに力強く私の腰に回され、取られた手も痛いほど握られた。


「やっと捕まえたぞ……」


 強張る笑みを必死に保ち、ともすると引きずられそうになるステップを合わせ、それでも陛下の顔を見ることだけは避けた。見たら…見つめてしまったら、そのまま絡め捕られて離れられなくなってしまう。


「なぜ、逃げた?」

「お会いするのが…とても苦しいのです。陛下が、お美しい方を娶られるのを…目にする悲しみに耐えられそうになく…」

「やっと本音を漏らしたな……ハンス殿に頼んだ甲斐があった」

「陛下…?」

「なんでもない。貴女は己に厳しすぎるぞっ。少しは――――」


 思わず漏らしてしまった本音に、いまさら羞恥が広がって行き、心臓の音が煩くて耳が聞こえ辛くなって行く。きっと蒼白から真っ赤になっているだろう顔を、陛下には見えないように俯くしかない。早く早くと曲が終わるのを祈りながら、でも彼に触れられる喜びに鼓動が高まる。

 それでも終えた音楽に、私はさっと身を引くとドレスの裾を摘まんで跪礼し、陛下の手に合わせるだけにしてカーテシーをすると、そのまま陛下の前から逃げた。


 もう不敬も何も頭から消え、とにかく姿を消してしまいたいと、人気のない庭伝いのバルコニーへと飛び出して行った。灯りの届かない白亜の欄干に寄りかかり、胸を押さえて乱れた鼓動を抑える。

 言ってはならないことを口にしてしまった……それが今は怖さに変わった。初めての恋に浮かれていただけだと戒めていた自分の愚かしさ。再び出会って、そんな生易しい感情ではなくなっていることに気づいた。

 怖い。ただひたすら。


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