第24話 聖女は祝賀会に招待される
対抗馬第二段!(違)
その従者は、フォーゼル伯爵家からの使いだと告げた。
私は母に呼ばれて居間で使いの方に会ったが、覚えのない彼の主に首を傾げた。
フォルウィーク王国の貴族が私の居場所を知る訳はないし、魔王国の貴族なら従者の彼が魔族でないのは不自然だし…誰?
と、従者の彼は、ご主人様から私に書状を預かっていると、仄かに香が焚き染められた書簡を手渡して来た。
フォーゼル伯爵とは、旅の途中で助けたルベーヌ帝国の元子爵様だった。
ルベーヌ帝国は、ディアベル魔王国が攻め入った小国の一つで、丁度内乱で混乱を極めていた所を攻め込まれて呆気なく降参した国だった。
戦後、国へ戻ったフォーゼル子爵は、新王派だったこともあって内乱時からの功績を認められて陞爵し、伯爵位を賜ったのだそう。
そのフォーゼル伯爵が魔王国の戦勝祝賀会に招待され、ご子息ウィリス様が伯爵の名代として出席するので、そのパートナーをして欲しいとの依頼だった。
「あの…不躾なことをお伺いしますが、ウィリス様には婚約者のご令嬢がいらっしゃるのでは…?」
従者はお茶のカップを手に視線を僅かに落とすと、小さな声で答えてくれた。
「伯爵様が子爵だった頃に、今回の戦で倒された先王と敵対する派閥の貴族だと知れてしまい、その時点でご婚約されていたお相手の家から縁を切られまして…」
はっきりとは言い辛いのか遠回しに説明してくれたけれど、つまりは先王に目を付けられたフォーゼル家とは距離をおきたいから、婚約破棄を申し入れたと。家を守るために、それは仕方のないことなんだろうけれど…。
それにしても、その代わりを平民の私にと言うのは納得いかない。
書簡には、助けてくれたこととクライヴ陛下を知る者同士の縁もあり、と書かれているけど、今では国へ戻って伯爵として再起しているなら他の貴族のご令嬢もいらっしゃるだろうに。
「でも、今はもう伯爵様に仇なす方はおられませんよね?それなら共に戦った他の貴族家のご息女など…」
「……実は、ご婚約相手にどうかとのお話もあるようなのですが、どのご令嬢も魔王国へ赴かれるのを怖れていらっしゃるとかで…」
ああ、なるほど!と、私はそれを聞いて即納得した。
つまり、親は味方をしてくれた魔王国の人達とは接触があっただけに蟠りや差別意識はないが、表に出ることがなかったお嬢様たちは、差別意識は持っていないにしても恐怖心は消せない訳ね。
確かに、五日程度で四国を墜とした強国だもの。それだけを見聞きした、世間知らずなお嬢様たちにしてみれば、怖れを抱くのも無理はないでしょう。
「分かりました。お引き受けいたしましょう。ただし、知人と言うことで、よろしいでしょうか?」
「はい、主に申し伝えておきます。では、書にある通り、必要な物全てはこちらでご用意いたしますので、前日にお迎えにあがります」
従者は晴れ晴れとした表情で帰って行った。その分、私はあまり嬉しくはないけれど。
クライヴ国王様と顔を合わせるのは、実はあまり気が進まない。
必死とまでは言わないけれど、今は忘れる努力をしている最中。お仕事をしてる間は忘れているけれど、少しでも心に空白ができると彼の顔が浮かんでしまう。慌てて、彼は私とは天と地ほど離れた身分の方なのだと、呪文の様に何度も唱えている……けれど、彼の温もりが消えて行かない。
晩餐会なら、きっと王妃候補の方々もご出席するだろう。
クライヴ国王様が彼女たちと一緒にダンスをする光景を見て、私は心を乱さずにいられるかしら。
そんな風に考えては落ち込んでを繰り返している内に、その日が来た。
家族の心配そうな顔に見送られ、樹海の中にあるアープの町の伯爵家別邸に迎えの馬車で向かった。
今の別邸には、先代様が家令と数人の侍女をおいて隠居生活を送っていて、巡回のおりにお薬を届けに何度かお邪魔させて頂いた。同じような立場の昔馴染みがいるからと故国へは戻らず、時折いらっしゃるウィリス様のお出でを楽しみに、悠々自適な暮らしを営んでいらっしゃった。
今回は、名代にウィリス様、その付き添いとして先代様がご出席され、私はウィリス様のパートナー兼先代様の看護役に任命されていた。
別邸に着いた早々、侍女たちに囲まれて頭の先から足の指先まで磨き上げられ、目が回る様な手際の良さで飾り立てられていった。ドレスと装身具は伯爵夫人が選んで下さったとかで、私の年齢とウィリス様とのバランスを考慮して準備なさったそう。
瞳の色合いに合わせた深蒼の高級絹のドレスは、地に丁寧な同系色の刺繍が小さな宝石と共に細かく施され、私を幾分か若く見せながらも落ち着いた淑女に作り変え、その分を装身具と共に下ろした長い金茶の髪を巻いて飾りつけて華やかさを出した。
姿見の中の自分と、髪と目に合わせて用意された衣装と宝石の絶妙さに、思わずうっとりとして溜息が出た。
「お会いしたのは、あんなに薄汚れた格好の時だったのに…」
「オーレリア様は、貴婦人としてはとても目利きな方ですわ。お坊ちゃましかお子様がいらっしゃらないので、今回は特別に張り切っておいでだったとか」
侍女頭の夫人が、私の姿を満足そうに見やり、伯爵夫人のご様子を話してくれた。こんな高価な品々を私の為に用意して下さっただけでも申し訳ないのに、ご厚意溢れる扱いをして下さったことを聞いて感謝した。
どうしてここまで?と疑問に思った答えは、「奥様からです」と渡されたカードに認められていた。
―――聖女様が密かに施して下さった治療の魔法は、私の長年の悩みだった足の痛みまで消して下さいました。感謝いたします――――
え?と驚きながらも、あの手助けをした時にこっそり掛けた【回復】が、先代様だけじゃなく夫人にまで効いていた様子。それは良かったと結果に喜びながらも、この過ぎる礼に少しだけ参った。
それにしても聖女だと知られているのは、どこから漏れたのかしら…。クライヴ陛下から伯爵様へ?まぁ、きつく口止めして回っている訳ではないから、どこから漏れても可笑しくはないけれど。
用意をすませ、侍女頭の案内で玄関先へと向かうと、そこには先代様と久しぶりに会ったウィリス様が待っていた。変身した私を見て、先代様は目を細めて微笑み、ウィリス様は目を見開いて私に手を伸ばして来た。
「これはこれは……私はどうしたらいいんだろう?思わず姉上と呼びたくなってしまう」
私は、差し出された手に自らの手を添えて跪礼した。
そして、頬を染めて私を見つめるウィリス様の台詞に、思わず笑ってしまった。恋人候補ではなくお姉さん候補に選ばれるなんて、とても複雑な心境で。でも、そんな茶目っ気溢れる物言いが、高まる緊張を解してくれたのも本当で。
「こらこら、ウィリス。失礼だぞ?お前が姉と言うなら、儂は可愛い娘に!」
「お爺様こそ失礼ですよ!それでは父上と兄妹になってしまいますっ。フェリシア様が可哀想です!こんなお美しい方を、あの父上の妹になんて…」
「うふふ。ご冗談にしても、とても光栄なお話ですわ。本日はよろしくお願いいたします」
仲の良い祖父と孫の冗談話を挨拶を挟んで切り上げ、家令の合図で別邸を出た。伯爵家の家紋の入った立派な馬車に揺られ、私は久しぶりに城門を潜った。
期待と不安を胸に。