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一方その頃――――ディアベル魔王国・王城内

 クライヴ国王陛下は、ただ今絶賛不機嫌中だった。


 私室の広い居間で、何杯目か分からない盃を手に、じっと空を睨んだまま時間を過ごしている。すでに蒸留酒の空き瓶が何本か立ち並び、つまみも欠片すら残っていない。

 その相手をしているのは、宰相であり親友のアレックスと幼馴染の第一騎士団隊長のグレンフォードだ。仕事を終えて、久しぶりに顔を合わせた友人たちに酒とくれば話も弾むはずだった。上質なソファは疲れ切った体を心地良く受け止め、だらしのない恰好でも仲間だけと思えば気にならない。

 しかし、話しが弾んでいるのはアレックスとグレンフォードだけで、酒宴を始めてから彼らの主は黒い気配を辺りに漂わせながら一切口を開かなかった。


 いや、今だけではない。ここ数日はずっと不機嫌顔でだんまりを続けている。裁決のために執務室を訪れても署名と王印を押すだけで、問いかけても首を縦か横に振るだけだった。

 戦後処理に出ていたグレンフォードなどは、国王と面と向かって話した記憶が、ここの所全くなかったことに気づいた。声を聞いたことすら、出陣開始の激を飛ばす声くらいだったか…。

 グレンフォードはともかく、アレックスはその理由を知っているだけに、国王の身勝手な振る舞いにいささか腹を立てていた。

 だから、グレンフォードに話しかけている素振りで、その実は主に向けた嫌味をたっぷり込めて口を開いた。


「どんな女でも自分の魅力に参るものだ、と思い込んでる男ほど阿呆はいないな…」

 

 それを聞いたグレンフォードは、好奇心に目を輝かせてアレックスを見やると、知っている内情を教えろと目線で催促した。

 大方予想はついているが、どうして()()()()()のかまでは知らない。大体、国王の不機嫌の原因である”聖女様”を紹介してもらっていないのだ。遠目に見たことはあっても、彼女の人となりを探る機会を得ないまま出撃になった。


「勝手に自分に惚れてると判断して、のほほんと安心していた所で逃げられたって?」

「そうそう。優し~く包み込んで甘~く囁いてやれば、もうこっちのモノと思い込んで」

「相手の意思も気持ちも確認せずにってか?そんなもんに引っかかるのは、社交デビューしたてのお子様くらいだろーよ」


「お前たち……私になにか含むものでもあるのか?」


 ようやく聞けた主の声は地の底を這うような低音で、苛立ちと殺気に近い危ない気配が大量に含まれていた。それでなくても国内一の魔力量を保有し、指先一つで城を瓦解させ、手を振っただけで巨大魔獣を粉砕する男だ。不機嫌程度でも、何が漏れててもおかしくない。それだけに他の重臣から、各所の官吏が怯えて仕事にならないと苦情が届いている。

 しかし親友と幼馴染ともなれば付き合いも長く、漏れ出た何かに免疫はあるし揶揄う加減も分かっている。


「全くございませんよ?国王陛下。ただ、そんな馬鹿な男がいると呆れているだけで」

「ああ!そうだっ。私は大馬鹿だ!笑いたくば笑え!!」


 友人の揶揄いに怒りが続かず、投げやりな態度でソファに躰を横たえ、足をオットマンに投げ出した。


 フェリシアの様子が変わったのは、開戦の少し前だった。そこはよく覚えている。

 それまで視線が合えばにっこりと微笑みが返って来たのに、その日を境に視線を逸られるようになった。気になって声をかければ視線は戻りはするが、その代わりに僅かに強張った笑顔を浮かべて見せた。

 何があったのかと、護衛の騎士にその日のフェリシアの様子を聞けば、届けの出ている予定に沿った変わりない行動だったと報告を受けた。


 ただし、その不自然な態度はいつも周りに人目がある時だけだった。

 二人きりの時は、相変わらず親し気に話し、手を伸ばせば抗うことなく身を寄せて来た。これは自惚れでなく、確かに自分に対して好意を寄せてくれていると自信を持ったのも束の間、報復を完了して帰国してみれば慇懃な態度で別れを告げて去って行った。

 なんだったんだ?あれは――――。


 考えにぼんやり浸っていた所で、鋭い声と盃を手荒に置いた音が響いた。


「笑うのも飽きましたので、そろそろまともにお考え頂きたいのですが。陛下はフェリシア様をどうなさりたのですか?」

「どう、とは?」


 野生的でありながら端正な美貌の国王は剣呑な流し目を宰相に向けると、その裏の意味を読み取ろうとでも言うように睨んだ。

 が、若いながらも辣腕の宰相様が、表情から内心を読ませる訳が無い。冷たい無表情で眉間に谷を一本刻み、主の投げた鋭い眼光を見えない氷の盾で叩き落した。


「彼女をお傍に置いて、どうするつもりなのかとお聞きしているんです。彼女は平民ですから、側妃にはなれませんよ?では、愛妾……公妾あたりでしょうか?」


 それは辛辣な問いかけだった。先ほどまでの気の置けない仲間内での、軽口からの流れにしては重く意味深い。


「あいしょ……そんな訳があるか!!」


 思いがけなく冷淡な親友の問いかけに、クライヴ王は一気に怒りを爆発させた。殺気が込められていたら、部屋の壁に大穴が開いていたかもしれない。


「だから、お聞きしているんです!そんな訳がないなら、一体どうするつもりでおられたのかと!」


 絶氷の宰相と噂される冷酷な面を持つアレックスは、その二つ名に似合いの薄青の双眸を細めて、手を緩めることなく主を追い込んだ。



 宰相アレックスの元に、数人の高位貴族から陳情が届いたのは、戦が終わってすぐのことだった。

 戦後処理に頭を悩ませながらも、これから王が聖女と共に張りぼての聖国を潰しに行くと言う計画で憂さ晴らしをしていた最中だっただけに、また煩いジジィ共の禄でもない嘆願か?とうんざりしながら書を開いた。が、読み出してからは態度を改めた。

 内容は、愛妾ばかりを可愛がり、王妃候補の令嬢方を蔑ろにするな!との父親たちからの申し立てだった。

 密かに敏腕を自称していたアレックスは、「ぬかった!」とつねづね己に言い聞かせている客観視を、まったく忘れ去っていたことに気づいて猛省した。


 確かに見る者によっては、国王と聖女の親密さはその関係を邪推させるだろう。それでなくとも、重要懸案の一つが勝利と言う結果で片付いて、次は王妃の座を埋めることだと、重臣たちは揃って頭を切り替えている。これで憂いなく候補たちは売り込み開始ができる。と、思っていた所に目に入ったのが新参顔だ。

 隠しているつもりはなかったが、城内奥の客間に逗留させて宰相以外には紹介されず、王自らが頻繁に通っているとなれば秘密の寵姫か愛妾かと、侍女や護衛騎士たちの口から噂が流れるのも道理だ。

 

 さて、どうするか?と、またもや頭を悩ませながらも、嬉々として報復計画決行に邁進している王を、後ろから打つのは今ではないと先延ばしにした結果、今がある。

 アレックスとしても、フェリシアがこうも素早く素知らぬふりで城をあとにしたのは意外だった。

 惚れているとまではいかないが、それなりの好意を寄せていただろうことは見て取れた。年齢は重ねているが、聞けば恋だ何だと浮かれた生活とは無縁のまま辛いだけの経験しかない彼女だけに、その心の動きは幼い少女の様で簡単に知れた。主とて感じ取っていただろう。

 なのに、逃げられた。


 彼女の立場に立ってみれば、それは逃げるだろう。なまじ王と一緒にいるための理由は、それを終えた今では意味をなさなくなった。あとは、自覚した淡い恋心をおさえるため、逃亡することを選んだだけだ。


 問題は、この自己中心的な国王様だった。

 愛らしい女性たちを悩ませる悪友を、今夜は絶対に許しはしないとアレックスは心に決めていた。


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