第19話 聖女はこの国に天秤を突きつける
「――――その醜悪な姿が、あなたには一番お似合いですわよ?ジョーデル大神官様。いいえ、邪神の下僕様。だからお隠しならず、堂々とその薄汚い姿をお見せになればよろしいですわ。神官の方々も、きっと初めて見る邪神の僕を目に焼き付け、代々の教えの中に生かして下さいますでしょう。お喜びなさい?あなたは死んでも聖典の中で生きて行けますわ。あら―――どうしたのです?恥ずかしいのですか?」
今、舞台上では王と大神官が、ぼろぼろの下履きだけの赤裸を丸めて打ち震えていた。
両者とも胸と背に、罪人に刻印される戒めの印『×』が傷となって描かれていた。深くはない。薄っすらと血が滲む程度の傷で、さきほど治癒したものと比べたら些細な痛みだろう。
ただ、これは凶魔剣が描いたもの。どんな薬もどんな治療魔法も、その傷痕は消せない。
同じ傷を魔王クライヴ様の腕に見つけ、何気なくその傷痕の曰くを聞いた時、私は蒼褪めた。まさか勇者の剣でつけられた傷が消えずに残って、たえずチリチリと痛み続けるなど思いもよらなかったのだ。すぐに申し出て、治癒をかけて消えた時は、心底ほっとした。
治らぬ傷を愚者の証しとして、愚者二人は死ぬまで抱て行けばいい。
「あなたに身を汚され辱められた者たちは、こんな程度の羞恥で終わらなかったでしょう。奪われ貶められた者たちの屈辱は、こんな程度では許せるものではないでしょう!人の苦しみで出来た物は、あなたの好物のご様子。今度は―――――ご自分の苦痛をたっぷりと味わいなさい。まずは――――」
ドンッ!と地響きがここまで届く様な爆発が、王城の向こうで起こった。大神殿に残っていた者達の悲鳴と驚愕の叫びが聞こえた。
「大神官様の邸が…」
走り出て行くこと叶わず、ただ崩れ落ちる様を見届けるしかない神官たちは、茫然とその場に佇んでいた。
「女神様は、神の信徒に財を許したことはないと。個の財欲しくば、野に下れと」
これは女神様の仕業ではなく、魔王様の配下の作戦。館に溜めこんでいた金品や、人を脅すために隠した書類などを世に放出するための騒ぎ。火も煙も出さず、ただ建屋を落としただけ。始末の為に掘り起こした中から見つかった物に、人々はきっと呆れるでしょうね。
「どうしますか?ここで、女神様の裁きをお受けになりますか?それとも野に下り、その刻印を隠しながら地を彷徨い―――」
「聖女様!どうか…どうか、その裁きは我々にお任せ下さいませんでしょうか!」
私が大神官に選択を迫ろうとしたその時、下手から見知った神官長が汗みどろで飛び出して来た。
さすがに女神様の視界へ身を投げ出したのだからか、やはり恐怖に震え慄いていた。
「エーデルズ神官長様……あなた方だけで女神様が納得する刑罰を、この方に与えられると?」
「こ、このまま、ここで刑を執行してしまっては、この者に隠されてしまった被害者たちの無実も行方も分からぬままになってしまいます!必ず!必ず、全ての大神殿の者たちが…」
「では、お任せしましょう―――ただし、それ相応の代償を」
「ああ…ありがとうございます!我々女神様の信徒一同、命に代えましても正しく執行致します!」
私の中の女神様の双眼が、地に頭を擦りつけ願い出た神官長を視ていた。心の奥底までも見通す神眼が、神官長をその約定に足りる者かを計っていた。
『代償は、この国に新たな聖女を存ずること、これ以降無しとする。妾の加護のなき世で、自らの力のみで厄災を遠ざけよ』
それが最後の神言だった。
民衆や貴賓席が一斉にどよめきがあがった。
不満や不安、仕方ないことと諦め落胆など様々な声が、波となって寄せては返す。
いきなり心身に掛かっていた束縛が解け、私は宙で僅かによろめいた。見上げていた魔王クライヴ様の目が見開かれ、思わずと言った態で身を乗り出した。その動揺からか、宙に浮いていた私は、静かに舞台の上へと降ろされた。駆け寄ろうとした彼を片手を翳して押さえ、中央へ歩いた。
大神官を庇うように背にし、いまだ頭を垂れたままのエーデルズ神官長の前まで進むと、彼の前に女神様が残して行った契約の書を差し出した。
「私からの条件は、全ての真相を明らかにすること。もし、この約定が守られない場合は、ただちに天罰があの方に下されます。苦しみを負った人々の救済を、切に望みます。では、この契約書にサインを。」
「ありがとうございます!必ずや!」
神からの契約書を手渡すと、筆も使わずに彼の署名が浮かんだ。彼の持つ魔力が、その証明をしたのだった。 契約書は、一瞬の内に光を放って燃え上がり、灰も残さずに消え去った。そして、彼の体のどこかに書の紋が付けられただろう。
エーデルズ神官長は立ち上がると、厳しい顔で残った神官たちにすぐに命じ、大神官を引っ立てて舞台から降りて行った。大神官は放心したまま抗うこともなく、以前の部下に連れられて去った。
彼はこのまま一生を、大神殿の地下で過ごすことになる。全てを吐き出した後に迎えることができるのか、天罰により迎えるのか。しかし、どちらであっても安らかな死は無理だろう。
ふうと、大きな溜息を漏らし、今度は残された王たちを眺めた。
王はいまだ肌をさらしたまま座り込んでおり、その奥では近衛によって騎士のマントを被せられた王太子がいた。
「あなた方は、どうしますか?あなた方の法に則り、この場でその首を差し出しますか?」
私の声がどこか投げやりだったのに気づいてか、王の肩が見事なほどにびくついた。
もう情も何も消え失せていた。
と、そこにまたもや飛び込んで来た者がいた。
「その首、私にお預け下さい!」
「貴方は?」
「私は、先王の妹であるジュリア王女の血を引く者。ヤンベルト辺境伯家当主レイモンドと申します。末席ながら王族の血を引く私に、その簒奪者の裁きをお任せ願えれば!」
「王家の血筋……」
片膝をついて頭を垂れるヤンベルト辺境伯に、じっと目を落とした。
年の頃は王より少しだけ若く、辺境を領地としているだけに、貴族の優雅さよりは騎士に近い力強さが身に現れていた。
しかし、王族の血の者に、その裁決を任せていいものかと悩む。とは言え、王に近かった高位貴族は、娘に王妃の座を与えるために、王妃の命を奪ったり、簒奪王に味方をし、反対派に血の排除を行った咎で、軒並み女神様の天罰に打たれてすでにこの世にはいない。
「先王は、母と共に私をとても可愛がってくださいました。それを……知らぬこととは言え、ここまで付き従っていたと思うと…ここで首を撥ねて死を与えても、ただこ奴に安楽を迎えさせるだけ…」
ああ、彼にも恨みを持つ理由ができてしまったのね。
降嫁した王女とその子息は、先王の情の下にあったのだろう。
「では、ラーデス王、そしてレオン王子の身柄は、ヤンベルト辺境伯様にお任せいたします。条件は、生涯幽閉。代償は、罪人と共に王侯諸氏の命で。それでもよろしいですか?」
幽閉はともかく、代償が己を含めた貴族たちの命とは大きすぎると感じただろう。でも、そこまでしなければ、この国の再興は無理だと思う。
もう女神様の加護はないの。人は自らの力のみを使って生きていくことになる。その時、己の欲に惑わされる者は…。
「はい。十分です。高位専用ではなく地下牢にて一生を。我々の命は国の復興のため、とそう心に銘じて進みたいと」
「契約の書を!」
これは、魔法による人と人が交わす契約。そこには呪いの様に結ばれた「絶対」が存在する。
しかし呪いでないために、解呪や解封などの魔法は干渉できない。
ヤンベルト辺境伯の言葉に、抗議の声は上がらなかった。
これで断罪終了です。
想像していたざまぁと違った方々にはお詫びを。
命を奪って終わりではなく、権力者として、バカにして来た民衆や部下の前で恥を晒す、と言うざまぁ!にしたかったので、こうなりました。
個人対個人ではないざまぁ!は難しいですねぇ。
誤字訂正 1/8