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第18話 聖女は愚者共の心を覗き込む

 今のフォルウィーク王城前では、凄惨な悲喜劇が繰り広げられていた。


 観客であった民衆すら、女神様の怒りの前では当事者として引きずり降ろされ、震えあがりながらその場に蹲るしかなくなっていた。聖女と勇者を見せてやろうと子供連れで来た夫婦などは、幼児たちを頭から抱きしめて守ろうとしていた。けど、その子供たちは、皆深い眠りへ()()()()ている。

 そんな状況でも、大人の視線は広場から離れない。

 恐怖の中でも、憤りや好奇心や嘲りの感情がじわじわと溢れ、目が離せなくなっていた。


 躊躇なく剣を返して相手を殺め、それに怯えや戸惑いの素振りを見せない私に気づいた魔王クライヴ様は、険しい顔でこちらの成り行きを見守りながらも魔剣で王たちをけん制していた。心配してくれているのか、女神様の私に対する傍若無人な行いを憂いているのか。


 王は腿を刺され、大神官は肩口を壊され、どちらも無駄な抵抗を諦めたのか苦痛に呻いているだけだった。すでに同じ場所で、何人もの咎人が女神や聖女の怒りに触れて骸になり果てているのを目にし、漸くこれは只事ではないと実感しているらしい。


 私は彼らに指先を向けた。すると王と大神官が、何かの力で強引に引きずり立てられて、舞台の中央へ移動して来た。傷に障ったのか、呻き声が大きく上がった。

 いきなりのことに近衛騎士たちが腰を浮かせたが、魔王様の剣の前に慌てて後ろへ下がるのが見えた。

 と、舞台の上を【光】の球が幾つも照らし出した。まるで人気役者の登場の様に、民衆からざわめきが起った。

 熱気と歓声ではなく、驚愕と動揺の。

 

「あなた方は、何をそんなに苦しんでいるのですか?たかが剣先で一度突かれたぐらいで」


 大神官は肩に開いた大きな傷口を手で覆い、蹲ったままそれ以上は動けない様で、王の方は必死に虚勢を張って、脂汗を浮かべながら歯を食いしばり我慢している。

 もう一度、私の指が彼らに向けられた。

 瞬時に完治した傷。突如無くなった痛みと傷に、二人は呆けた顔を上げて私を見た。


「礼はいりません。癒したのではなく、その痛みばかりに構って、私の声がお耳に届いていらっしゃらないご様子なので治したまで。

―――もう一度お伺い致します。たかが剣先一突きで、なぜそんなに苦しんでいるのですか?」

「…貴様はっ、お、王の身を傷付けて…なんのつもりか!!」

「王の?…それならば、なぜ王子でしかなかったあなたは、先王を殺めたのです?兄に毒を盛ったのです?王妃様が、他の王族の企てによって毒を盛られ続けていたのを知りながら、なぜ見殺しにしたのです?」

「それはっ……」

「王位王位と言うのなら、あなたはただの簒奪者。己の欲望のためだけに王位を奪った者。そして、他者の命を塵芥同然に捨て、力を翳して他者から金品を迫り奪う……まるで先ほどの殺し好きな野盗のよう…」

「それは!それは、儂だけしておったことではない!王家は代々、そのように――――!」 


 民衆の間が、一気に喧騒で埋め尽くされて行く。

 先王を、兄王子を知る者や先代聖女だった王妃を慕う者。王位簒奪を罵る者。そして王の自白に怒りを再燃させられた者。それらの嘆きや憤慨の声が、怒涛の勢いで満ち始めた。

 

「女神様の御前で、嘘は通じませんのよ?あなたの様に、己の欲の為に親兄弟を無き者にし、王位を簒奪した王族はおりませんでしたわ。だからこそ、主神様と女神様はこの国をお選びになったのです。

 ただ、残念なことにあなたより何代か前からの王達は、確かにあなたと同様に聖女を使い、勇者を仕立て上げ、他国からの貢ぎ物を受け取り「魔王討伐」などと言う茶番に付き合わせました。ですが、聖女を蔑ろにしたり偽聖女を企てたり致しませんでした。皆、聖女を敬い王妃になられても崇敬の念は忘れておりませんでした。なのに、あなたがたは…。」


 今度は、王の隣りで放心している大神官へ視線を向けた。

 途端に、 (おこり)の様に震えだした。


「……あなたは、誰の信徒なのでしょうか?ラーデス王?それとも、あなたの中にいらっしゃる邪神?

 その衣は、ここにご降臨なさいました女神様の敬虔な信徒の長が纏う物。お脱ぎなさい。あなたにはそれを纏う資格はありません。さあ!お脱ぎなさい!!」

 

 この怒りは私の怒り。女神様の思いはすでに凪いでいて、私の奥でこの二人を冷たい眼差しで眺めている。


「あなたもです。簒奪者に資格はありません!!その真王の証である緋のマントをお脱ぎなさい!!」


「や、やめろぉ!!!父上は!王の中の王だぞ!!無礼者がぁっ!!」


 私と、糾弾に慄いて竦み上がっていた二人の間に、髪を振り乱し顔を赤く茹で上げた王太子が、剣を片手に飛び込んで来た。まるで幼子の様に唾を飛ばして怒鳴ると、私に剣先を向けた。

 腕の届くはずのない宙に浮かび、悪意を撥ねのける結界に護られた私に、その剣は全くの無意味なのに。

 それでもすぐに魔王様は走り寄って私を背に庇い、王太子の構えた剣の前に同じく剣を構えて仁王立った。

 魔王様の剣は魔剣。あちらは装飾過多の儀式剣。やはり相手にもならない。


「王太子様、お久しぶりでございます。下賤な身でありながら、若さまで失い婚約を破棄された聖女でございます。でも、悲しくはありませんでしたわよ?元は只の女。王太子妃など思ってもおりませんでしたし。あなた方の様な王族に加わるなど、虫唾が走りますわ。…ところで、私を排してまで来ていただいた王太子妃様はどちらに?」


 これくらいの嫌味は、嫌味の内には入らないでしょう。ねちこくて御免なさいね。

 知らぬ振りで、ニンマリと微笑みながら尋ねた。

 王太子は、口を何度も開閉しながら私を見上げ、焦っている様子だった。なぜ、ここで妃のことを言われるのかと。


「ああ、ここに()られないと言うことは、すでにフォルウィークをお見捨てになられたのですわね?私、ご忠告を申し上げましたの。女神様に不敬を働く者を断罪に参りますと。聖女(わたし)を捨ててまで娶られた方でしたのに……愛情などなかったご様子ですわね?見捨てられたご気分は、どのようでございますか?フフフフ…」


 これは断罪どころか私怨晴らし。私の中にずっと残されていた恨み事だ。

 単純な王太子は簡単に私の挑発に乗り、赤からどす黒い顔色に変えると、目を血走らせて怒り心頭の様相を晒した。


「お…おのれぇーー!!!」


 届く訳はないのに、目の前の魔王様を無視して私へと足を踏み出した王太子は、魔王様にあっと言う間に剣を弾き飛ばされ、愚王と不心得者よりも先に衣装を切り裂かれた。


「わ、わわ……うぎゃぁああ!!!」 

 

 魔王様の剣技は冴えわたり、王太子の情けない悲鳴と舞台からの逃亡を背景に、返す刀で座り込んだままの愚者二人を丸裸にした。


 煌々と照らす【光】の中に、豪奢で上質な布の切れ端が舞い踊っていた。

 それを見る観衆の目は、すでに冷え冷えとしたものだった。



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