第17話 聖女は女神と共謀する
※ざまぁの続きですが、血みどろで残酷な描写があります。ご注意くださいm(__)m
私と魔王クライヴ様が、当初計画していた復讐劇は、勇者の剣を解封して奪い、その剣で王たちをけん制しつつ公の場での罪の暴露を狙ったものだった。
宰相アレックス様の推測では、あの愚王の考えそうなことだから絶対に各国から賓客を招き、民衆を集めてお披露目を催すだろう。それも民たちが好みそうな派手で劇的な見世物を、さも聖女の奇跡の様に演出して。だから、その時を狙って乱入し、剣を振るって強制的に懺悔の場に変えようと。
抵抗せず素直に告白するなら拘束しておくだけにし、抵抗するなら多少の暴力も仕方のないことと決め、命を奪ったり必要以上の傷を負わせたりしないことにした。ただし、罰は受けてもらう。その一つが王城と大聖堂の破壊。魔王様の受けた被害の分だけ彼に暴れてもらう。二つ目は王と大神官の退位と幽閉。そして王太子には継承権のはく奪と幽閉。これは残された王族と貴族に契約してもらう。約定に違反した場合は、その時点で幽閉者三人と共に王侯貴族諸氏にも命で贖ってもらう。呪いと似た効果を持つ契約術で。
なぜ初めから命での贖いを求めないのかと言えば、それは私達が生きているから。女神様の裁きは、等価の断罪。私達が生きているのだから、彼らにも生きていてもらう。しかし、受けた辱めの分だけ、彼らが最も恐れる「権力のはく奪と他者からの侮蔑」を受けてもらう。
と、そんな計画を実行するはずだった。
けれど、ここに来て思わぬ場面で予想だにしなかったお方が顕現なさった。
後に魔王様に尋ねたら、「やられた!と思った」と言った。
女神様のご降臨は全く計画の範疇にはなく、私達とは離れた刻と場所を見定めて天罰をお与えになるだろう、くらいに思っていた。
なのに、現実はこの場で私の身を使い、御光と神風を纏って宙を走り、王侯貴族はおろか賓客や民たちにも憤怒の矛先を向けていた。
『神の眸を欺けると思うな。生きとし生けるもの皆、妾たちの掌の上。愛しと思える内は眼を細めようが、悪臭を放つなら叩き潰すのみ!聖女は、そなた達に妾が与えた天秤なり!知るが良い!そなた達の罪を!見るが良い!傾きを深くする罪人を!』
女神様の声は私の喉を通り、世界中に響く大音声となって天を走った。
目を閉じ耳を塞いで身を縮めても、その声は耳元での大喝となって無視することはできなかった。
天は声と共に雷鳴が轟き、時折黒雲の間から縦横無尽に稲光が走り、幾筋もの鋭く青白い光の矢となり地に落ちた。
それは私の眼前でも、否応なく起きていた。目を覆うほどの眩しい光が轟音を伴って獲物を狙った。すぐに訪れた薄闇の中、貴賓席や特別席から細い煙があがっており、辺りには嫌な臭いが立ち込めていた。
これはフォルウィーク王国だけではなく、大陸全土でも生じた”天罰”という名の、天災だった。
後に聞いた話では、大喝に驚いて家を飛び出した民衆の目前で、王城や大神殿に稲光が突き刺さり、偉い方々の命を奪ったそうだ。そんな話があちこちから噂となって流れた。
その頃、私は女神様の声を聞きながら、女神様から意識に流れ込んで来るありとあらゆる”罪”を見せられていた。
フォルウィークの王や大神官の罪は、当然のことながら私の知らない所でも天秤を傾け続け、それに群がる亡者共が次々と現れ消えて行った。
「ラーデス王…あなたと言う人はっ!」
私の意識が私の声を取り戻し、たった今見せられた光景に激しい怒りを感じて怒声を迸らせた。
「父親である先王をその手で縊り、兄王にまで毒の盃を!それを知り、罪を償えと言った先代聖女でもあった王妃様にまで苦しみを与えるとはっ!!」
「なっ、何を言っておる!も、妄言を漏らすにもっ…ほどがっ―――がぁっ!!」
私の指先が王を指す。すると、魔王様は手にした魔剣を王の太ももに突き刺した。それはまるで、害獣を切り捨てる時の様に無造作な動きだった。見やれば、魔王様の顔から表情らしいものは抜け落ちてしまって感情すら伺えない。なのに双眸だけは赤い光がゆらゆら揺れて煮えたぎっていた。
今度は王の左横に座る大神官へ体を向け、魔王は凄絶な笑みを浮かべ、射殺す様に睨み据えた。
「聖女の名を騙り、苦しむ者から金品を巻き上げるのは楽しかったか?」
「そ、それは、お、お、王に唆されてっ!」
「そうか、そうか。―――だが、強奪した品々はお前の懐に残っているぞ?美味かったか?人の血を吸った金や、娘を売った金で手に入れた酒は!!」
王の血と脂に塗れた剣先が、すっと大神官の肩口へ差し込まれ、そのまま跳ね上がった。ガギリと嫌な音がし、血と肉と骨片が飛び散る。
「やややや、やめろ!やめてくっ…ぎゃああああぁぁ!!!」
大神官は派手な悲鳴を上げて、傷口を押さえながら地に崩れ落ちた。
その間、私の眼は二人の男女を見据えていた。
偽聖女はガタガタと大げさに震えて男にしがみ付き、元勇者は先ほど偽聖女から受け取った剣を手に、女の腰を抱いて私を醜悪な顔で睨み返していた。
「勇者の名誉欲しさに、己より強い者たちを卑怯な手口で罠にかけ、一体何人の命を奪い取ったの?―――それどころか、この王都へ赴く前、あなたは何をしていたの?」
脳裏を、男の薄汚い過去が流れて行く。
「罪なき旅人を襲って全てを奪い、女性を口にするのも汚らわしい目に合わせ口封じに命まで奪い……あなただけは勇者に選ぶべきではなかった。主神様の条件からは遥か遠くにあるあなただけは!!」
私の暴露に、男は赤黒く顔色を変え、真っ赤に充血した目を剥いた。そして、私憤に躰をぶるぶる震わせながら、手にした剣を振り仰いで宙にある私に向けて力一杯投擲してきた。
しかし、回転しながら飛んで来た剣は、結界に遮られて留め置かれた。私はその剣を掴むと、同じようにそれを投げ返した。
「うがぁっ!!…あ、あ…ぁっ」
剣先は外れることなく男の胸に深々と吸い込まれ、背にまで貫通して止まった。呻きを上げて体を硬直させた男は、断末魔に開けた口からだらだらと血泡を吐き出して倒れた。衝撃で剣が抜け掛け、傷口から漏れ出した流血が血だまりを作っていく。
それを見ても私の心には、何の感慨も浮かばなかった。あれほど人を殺めることを忌避していたのに、衝撃や悔恨による情動など全くなかった。どうしたのかしら!?とあまりにも変わった自分の無情さに不安になる、と、その先から揺れた思いが消し去られた。
――――ああ、これは女神様の仕業なのね。と納得した。断罪をすることもできずに惑う脆弱な心を持て余し、聖女を辞めることもせず往生際の悪い私を、女神様は無言で排除なさっているのだ。
偽聖女は、無様にも甲高い悲鳴を上げて狂ったように地団太を踏んでいた。愛するはずの夫を縋って助け起こすこともせず、ただただ自らに向けられるかもしれない復讐の刃に恐怖していた。
「無様で見苦しい!…私を差し置いて聖女を自称するなら、その醜悪な邪霊たちをどうにかなさい!」
彼女の周りを、いつも飛び回っていた嫌な気配。陽の下では彼女の身に隠れ、闇が近づいて来ると仄かに赤黒く光って飛び回った。
彼女は精霊使いと自称したけど、私の目や気にはそれらは全く精霊には見えなかった。ただただ毒々しい気を放つ奇妙なモノだった。
「あたしの大事な!ものなの!そ、そそ、それをよくも!!」
私の指摘に我に返ったのか涙で崩れた化粧顔を怒らせ、手を閃かせると邪霊たちを私に向けて放った。大事なものと叫びながら、こんなに簡単に神聖結界へぶつけて来るなんて…。
案の定、それらは結界へ触れると、燃えた松明を水に漬けた時のような音を立てて灰になって崩れて行った。
「ああ、あ…あ、そん…なぁ…あたし、の…あたしのーーーーーーっ!!嫌ああああぁぁぁ!!!」
その後の光景は、見るも醜怪なものだった。狂った妻が骸になった夫を殴り続けるだけの…。