第16話 聖女は魔王と共にステップを踏む
予告通りにいかなかった;;
焦ると何するかわからんね?自分。
え?半分消えたよ…
と言うことで、遅くなりました。m(__)m
その日のフォルウィーク王国の王都は雲ひとつない晴天で、空の色も青みが深くまさに蒼天と呼べる美しさだった。暑さが来る少し前の心地よい暖かさと、肌を撫でる様な柔らかい風に、人々の気持ちも少しずつ夏へ向けて浮かれ始めていた。
数日前に、王城から聖女指名の儀による決定と、勇者選定の儀の公開が告知された。人々は聖女指名をいつもより早いと感じた様子だったけど、魔王復活と共に魔王軍の侵攻が商人や旅人の口から噂が流れていたせいか、誰も不思議に思いはしなかった様だった。
それよりもありがたい聖女と勇者が見れることに、市井の民たちは陽気もあって気分は盛り上がっていた。
王城前の広場に設けられた広い舞台と、それを囲む警備の兵達。そしてその向こうに溢れる観客の山。
それらを私と魔王様は、城の最上階にある見張り台から眺め下ろしていた。そのすぐ下を巡回兵が通り過ぎる。でも、私達の姿は彼らには見えない。今の私たちの周りには【隠匿結界】が張られていて、衝突されない限りは発見される心配はない。
「では、行こうか」
「はい。ご案内いたしましょう。本物の凶魔剣の前に」
魔王様の腕に腰を抱かれ、ふわりと石敷の屋上へ降りた。そのまま城の一番奥に当たる場所で立ち止まり、結界を解くと魔王様を見上げた。
「気分が悪くなる者もいる。目を閉じておいで」
「はい。着いたらお声を下さいませね?」
「了解した」
言われたまま目を閉じ、しっかりと魔王様の胸元に身を寄せた。落ち着いた鼓動が耳に響く。と、一瞬体が浮き上がるような錯覚に苛まれた。
「着いたぞ。ここで良いかな?」
声に、そっと瞼を上げた。
そこは見覚えのある、巨大な丸い岩の前だった。魔王様の灯した【光】の中に浮かぶ岩は、祭壇の上でまだ封印が掛ったまま鎮座していた。
「凄いな…」
大岩を見上げて呟く声に、私は忍び笑いを浮かべながら祭壇へと上った。そこで、四方へ指先から【浄火】を飛ばす。青白い炎が滑るように四隅にある灯火台へ納まった。
瞬時に封印の間は明るくなり、大岩の全体が現れた。見上げても頂は見えず、見ようと離れて行っても大広間よりも広い天井を支えるための支柱の群れが邪魔をする。
柱の無い広い祭壇の周りだけが、大岩の姿を拝めた。
祭壇の正面に戻り、跪いて両手を捧げる。
「天の眼よ 地の戒めよ その剛力なる岩に囚われし剣を 女神の眷属に与え給え 【解封】」
私の詠唱に、大岩の周りに廻らされていた封印は解け、岩の表面を横一文字に眩い光の線が走った。その奥から一振りの剣が現れ出でて、ゆるゆる降りて来ると私の両手の中に納まった。
「ようやく相見えることができたな…私を倒した剣に」
笑いを含んだ高揚した声が、私の斜め上から響いた。見上げると、魔王様は浮いており、腕を組んで剣を見下ろしていた。
その剣を【天の倉庫】の中に入れ、降りて来た魔王様に抱きつく。
側にある美貌の面は、今見た剣を思ってか頬を薄っすら上気させていた。男の人って……。
「では開幕と行こうか。折しも偽聖女が舞台で出し物を披露中だそうだぞ」
弾んだ声が地下に響いた直後、私達は城の上空へと移動していた。慌てて結界を張り、今度は舞台上空へと飛んだ。
そこでは見覚えのある女性が薄衣で着飾り、宙に浮いた剣を指先一つで振り回している最中だった。
「なんてことでしょう……アレックス様のお考え通りですわ!?」
「企み一つとっても頭の悪さが伺えるものだな。しかし、こんなことをするのか!?」
「いいえ!勇者選定は、先ほどの封印の間で行いますっ!聖女が剣を捧げたまま後ろを振り返り、剣に銘じます。『主を求めよ』と」
「では、そうしてやれ。役者は揃った」
見れば偽聖女の側から離れた剣が、中央に並んだ数人の男たちの一人の前で止まった。男はその剣を握ると一歩前へ出て、頭上に振り上げ雄叫びを上げた。
「いつまでその下らぬ芝居を続けるのか!!」
私は吹き出す怒りそのまま、お腹の底から大音声を発した。
今、私は城壁ほどの高さに一人浮いている。偽聖女と似たような白いローブを身に纏い【神聖結界】に包まれ、下界の者達を睥睨していた。
「女神様の名を汚す者達よ!私を卑しめた者達よ!今、聖女フェリシアの名において裁きを下す!!」
悲鳴があちこちから上がり、偽聖女を含めた舞台上にいる者達が我先にと舞台から逃げ出す。
でも、警護兵が敷いた線からこちらには、魔王様の【戒めの牢】なる捕縛空間で閉じられ、王族や貴族が並ぶ貴賓席はもちろん、各国からの招待客や大神官の座る特等席の者たちを含め、この広場から逃げ出すことは出来ない。
私は【天の倉庫】から魔剣を引き出すと、柄を握って一気に刀身を引き出した。それを思い切り振り上げ、舞台の中央に投げ下ろした。
音もなく剣先は突き刺さり、勢いの余韻の様に微震していた。
「それは……俺のっ!」
一人、場の恐怖を忘れてか、愚かな元勇者が目の色を変えて剣に駆け寄って行った。柄を握ろうと手を伸ばした直後、魔剣はひとりでに引き抜かれ、切っ先を向けて一直線に城を背にした国王へと飛んで行った。
「ひっひぃーーーーー!!」
あわや国王の胸に突き刺さるかと思われた直前、黒衣の男が剣の柄を掴み止めた。
そして、血の様な眼を剣先と一緒に王の首へ留め、にやりと笑んだ。
「ご招待感謝する。この無様な茶番劇の舞台に」
「き…貴様は!?」
「お前たちの様な愚者共が魔王と呼ぶ者よ。だがな、言われるような災厄は振りまいたりせんよ。そのような事は、お前たちの方が得意であろう?
聖女を私利私欲のために使い、挙句に汚辱にまみれさせ、王都からの放逐だと!?はっ、嗤わせてくれる!!」
剣が走り、王の頭上を掠めた。王冠が、真っ二つになって左右に転げ落ちた。
「女神様を敬い崇める者が女神様へ不敬を働き、それを後悔するどころか愚王に加担し――――あなた達だけではない。このフォルウィーク王国の何代もの王や大神官たちよ!お前たちの行った悪行は、全て天の裁きの前に晒そう!」
私の中から湧き上がる言葉。
それが一帯に響いた。
その時、空がいきなり黒雲に覆われだした。ごうごうと音を立てて風が巻き上がり、黒雲を広げて行く。そして、それは唐突に起こった。
私の頭上高くから、轟音と共に稲妻が落ちた。
『妾を貶めた者達よ。その剣の前に首を差し出せ。幾千幾万いようが命を狩り終えるまで、その剣は断罪を行使する』
とても自分の声とは思えない冷酷な気配を纏い冴えた声が、私の喉を使って放たれた。そして、声と同時に肉体の自由も別の意識のものになった。
頭の頂から光が零れだし、四肢の先まで発光していた。
眼下に蠢く者たちは、その声の元から必死の形相で逃げ出した。ひしめき合い、押し合い、悲鳴の中に人が倒れた。
『己の中に罪を見つけられぬ者は足を止めよ。妾から遠ざかろうとする者は咎人として光の矢に撃ち抜かれると覚悟せよ!』
本当の断罪は、その瞬間から始まった。
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