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第2話 聖女と言えども心は只人です。

「儂の期待に応え、よくぞ魔王を討伐した! そなた達には十分な褒美と名誉を取らすぞ!」


 帰国の途は早かった。魔法使いが転移の陣を使い、あっと言う間に王都の側へと戻った。そこから迎えの馬車に乗り換えて、王都へ入った。

 沿道を揺るがす民たちの勝利と歓喜の声と花吹雪の中、私たちは馬車に揺られながら王城へと入城した。

 軽い食事と着替えを慌ただしさの中ですませ、謁見の間で王からお褒めの言葉を賜り、宰相の褒美と名誉の目録を読み上げる声を聞きながら、跪いた私の視界に入る婚約者を見つめた。


(―――あんな王女様…いらしたかしら?)


 玉座に座った王の横に控えた王太子の隣に、見覚えのない幼げな愛らしい姫が立っていた。王太子と仲良さげに言葉を交わし、にっこりと微笑む姿はまさに美姫だった。

 誰だろう?と考えても記憶になく、きっと何番目かの姫だろうと私は王へと視線を戻した。


 それが、婚約者であった王太子との最後の顔合わせになった。


 はっきりと言おう。

 私は、年を取り過ぎてしまったと言う理不尽な理由で、一方的に婚約解消されていた。その上、私に何の連絡もなく、すでに隣国から姫君を妃に迎えて盛大な婚儀も終えていたと言うのだ。

 あの王太子の横に寄り添っていた姫君が…と、思い至った。

 それを大神官から聞いた私は、すぐに王城へと取って返した。祝賀晩餐の最中だったのが幸いし、すぐに会見の間へと案内された。

 

「一方的な婚約解消とは、あまりにも非道ではございませんでしょうか!?私は命がけで戦って参りました。好きで婚期を伸ばした訳でもありません!」

「だが、若返ることなどできまい?そなただけの所為ではないが、王家には王家の事情と言うものがある。伝令を送ろうにも、そなた達の行く先が掴めぬ内に事は決まったのだ。運命と思い、申し立てあるならば神に訴えよ。この王たる儂が決めたことに不満を申すならば、それは反逆と取るがよいか!!」


 そこまで言われては、私は口を噤むしかなかった。すでに私の身分は元聖女でしかない。これ以上の直訴は、不敬を通り越して重い罪が下されることになるだろう。私だけならいいが、肉親にまでその余波が向かうことを考えたら―――。

 

「褒美と名誉を取らすつもりでおったが、下賤の立場で儂に食って掛かるとは身の程知らず。帰路の宿代くらいは情けをかけてやる。早急に去れ。二度と王都へ近づくでない!」


 王はそう言い渡すと、私を見ることなく小袋を投げつけて手を払い、それを合図に私は近衛兵たちに城門の外へと追い立てられた。


 そして、お役目が終わったからと大神殿からも追い出されることとなった。帰宅した私の個室からは、王太子や貴族からの貢ぎ物は消え、村から連れて来られた時に持って来た私物しか残っておらず、それすらも勝手に荷造りされて廊下に放置されていた。


「なんてことを…私の物はまだ他にあったはず!勝手に荷造りするなんて!」

「あれは、王太子の婚約者に貢がれた物であって、行き遅れの元聖女に贈られた物ではない!恥を知れ!すでにお前は只の平民だ!とっとと里へでもどこでも帰るがいい!」


「恥を知れですって!?それはどちらが口にしてよい台詞だと思ってるのかしら!?女性の私物を漁って奪い取るとは、神の使徒とは思えない所業だわっ!!」


 神殿警備兵に腕を捕られて薄暗い廊下を引きずられながら、私は恥も外聞もかなぐり捨て大声で怒鳴った。行き交う神官たちは、味方することなくそっと視線を逸らして足早に去って行った。

 結局、私は裏口から外へと放られた。古ぼけた衣装入れの鞄と杖、そして王から投げ捨てる様に下された幾ばくかの金貨が私の全財産となった。


 痛む腕を擦りながら荷物を魔法鞄に押し込んだ。着古したローブを着こむと、母が大事にしてくれていた金茶の長い髪をきつく結い上げ、フードを目深にかぶって歩き出した。

 刻はもうすぐ夜半を越える。越えれば外門は夜明けまで閉ざされて、出ることも入ることも叶わない。まだ勇者の凱旋祝いに賑わう人々の間をすり抜け、後ろを顧みることなく外門を走り出た。

 父と同じ蒼天の色をした目は、悔し涙を堪えてきっと真っ赤になっているだろう。でも絶対に泣かない。泣いてやるものですか!


「こんな国、滅びてしまえ!!」


 私は知っている。

 今代聖女が『処女』を失うか亡くなるかしない限り、次代聖女のための神託が降りないことを。だって、聖女はあくまでもこの世にただ一人しか存在を許されないのだから。

 だから、お役目中は身を護るために婚約し、お役目を終えたら王族に嫁ぐ約定がある。別に王太子じゃなければいけない訳じゃない。王族に嫁ぐのは、確実に聖女が只の人に戻ったことを各国へ知らしめるため。


 それが、いつの間にか忘れ去られていることに驚いた。王や王太子ならばまだしも、大神官が知らないとは思えない。

 いいえ、教えられていない私でも知っていることを、代々の大神官が伝えて来てない訳はないはず。忘れたとて、見当がつきそうなものだ。大方、市井に下れば行き遅れの女でもすぐに『清らかさ』など損なうだろうと思われたか。


 私は黙ってこの国を去ろう。


(こうなったら、なにがなんでも清いまま生きてやる!長生きして、次の魔王復活が来ても知らぬ存ぜぬを貫いてやる!!)


 そのためには姿を隠さないと。

 両親や兄には事情をしたためた手紙を密かに送り、死んだことにしておいてもらい、魔王復活の時が来たらこちらへ逃げて来てもらおう。

 そう決めた私は、真っ暗な夜道を最小の結界を張りながら隣の町へと向かって歩き出した。


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