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第13話 聖女は魔王に宝を返す

 私が案内されたのは、ため息が漏れそうな華麗な一室だった。一目で女性の私室と分かる典雅な調度で整えられていて、後程もう一つの扉の向こうに天蓋付きの寝台を見つけてしまった時は、息が止まりそうなくらい夢見心地になった。それに加え、開いた扉の向こうに、一斉に迎えの姿勢を取って並ぶ五人の侍女には圧倒された。


「フェリシア様は、このお部屋をお使いください。それでは、ご準備ができましたらまたお迎えに参ります」


 女官長と紹介された妙齢のご婦人の言葉に、私は大混乱中の頭を冷静に戻すこともできす、あわあわと慌てたまま頷いた。

 こんな豪華な部屋を私一人で使うなんて!と訴えたいのだけど、もう口から悲鳴すら出すことが叶わない。兎に角あの魔法の扉を潜ってこちらへ来た瞬間から、遠慮するどころかまともな挨拶すらできないまま、怒涛の勢いに飲まれて連れて来られた。私にできたことなど、案内されるまま歩いて向かい、ただただ頭を縦に振って頷くだけ。

 部屋に通されて、これで少しは落ち着けるかと思っていたら、そこからはもっととんでもない状況が用意されていたけど、途中からは抵抗するほどの気力も体力も失って、遠い目をして諦めた。


 侍女五人による、私のお洗濯と表面補修と飾りつけは、それはそれは私を驚かせる完璧な腕前だった。どうぞと勧められて姿見の前に立ってみれば、鏡の向こうには見覚えのないお嬢様が、軽やかな薄布を幾重にも重ねて薄紫から濃紫へのグラデーションを作り上げたドレスを着て、わずかに緊張をのせた表情で姿勢よく立ってこちらを凝視していた。

 誰!?と思って、すぐに自分だと理解したけど、ここまで変化できるのかと自らに残されていた可能性に吃驚しまくりだった。


「…お美しいですわ。陛下が夢中になるのも納得できる…」


 侍女のシャイナが、私の隣りで髪飾りの位置を直しながら、うっとりと鏡の中の私を見ながら呟いた。

 長い髪は艶やかに手入れされ、それをうなじが美しく見えるよう結い上げ、宝石と銀の小花が連なった髪飾りで引き立てている。頭を動かす度に、宝石と小花がキラキラと輝く。


「でも、これは本当の私ではないわ……皆さんの腕が良かったから、こんな私ができあがっただけで」

「いいえ!フェリシア様だからこそ、こんなに美しくなられたのです!さあ、お迎えが来るまで一休みなさって下さい」


 大きく開いたテラスの前に据えられたお茶用のテーブルで小さな椅子に腰かけ、砂糖菓子と良い香りのお茶を頂いた。さっぱりした味わいに、ほっと吐息がもれた。


 なんだかいきなり夢の中へ放り込まれた気分だった。ほんのさっきまで、私は薄汚れた粗末な旅装束で大河を挟んだ渕に立ち、不安な気持ちで向こうに広がる緑濃い樹海を眺めていたのに。今は、どこの淑女かと思うような姿で、優雅に砂糖菓子を摘まみながらお茶を飲んでいる。

 どちらが夢なのかしら?


「フェリシア様、お迎えに参りました。陛下がご昼食をご一緒にと」

「はい。参ります」


 女官長の先導で長い廊下を進み、案内された場所は日当たりの良いこじんまりとした居間だった。

 そこには座り心地の良さそうな長椅子と、多種多彩な軽食や果物が盛られた大小様々なお皿が所狭しと乗ったテーブルがあり、向こう側の椅子にクライヴ様がだらりと伸びて座っていた。

 上背のある逞しい体に上等な白絹のブラウスに、黒いトラウザーズと揃いのベスト姿の美丈夫が、子供の様に破顔して迎えた。


「……陛下っ!女性の前で無作法ですよっ」

「非公式会談だから、いいんだよ。彼女だって気取った食事じゃ、疲れるだけだろう?」

「私は構いませんよ。貴族のお嬢様ではありませんからお気遣いなしで…」


 ここまで着飾る必要がある場を予想してちょっと怖気づいていただけに、クライヴ様のくつろいだ姿に安心した。それでも私の方は、着つけないドレス姿ではさすがに気を抜いた姿勢を取ることはできない。大神殿でのマナー講義をきちんと受けていて良かったなんて、それだけは感謝した。

 私がクライヴ様の真向かいに坐すると、さあ、どうぞの声で昼食が始まった。手水とナフキンと取り皿が用意され、侍女がこれまた違う香りのお茶を淹れてくれた。

 それから言葉少なに食事を優先して、ようやくお腹が満たされた所でデザートと新たなお茶だけを残して、テーブル上の物は引き上げられた。


「無事にここまで辿り着いてくれて良かったよ。再会以降、ずいぶんと遅いから迎えに行こうかと思っていた所だった」

「私も色々とお会いしなければならない方がおりまして、そちらへと向かいましたの。その後に、マディーナに出会って……」

「貴女に会えて、彼女は幸運だった」

「いいえ。私の方が幸運でしたわ。でなければ、船賃稼ぎにまだ川の向こうで薬師をやっておりました」


 あの困った足止めを思い出して苦笑すると、クライヴは呆れたように大きな溜息をついた。

 それを合図に彼は表情をがらりと変え、姿勢を正すと真剣な眼差しで私を見つめた。


「それで、あの時も訊いたが、貴女はどうしてここに来ることを望んだ?」

「―――私は帰国した夜に、大神殿から追い出され、王からは王太子との婚約の破棄を言い渡されて王都を追われました。理由は、年増で庶民出の女はいらないと。とっくに王太子妃になる姫を迎えたから、さっさと出て行けと」

「…なんだ?それは…」

「三年待っても討伐が終わらず、さすがに待てなかったようですわ」

「確かに、来るのが妙に遅かったな――――ところで、なぜあの時、私を見逃した?」


 すっぱりと話を切って違う話題を持って来たことに、この時の私は「そんなものよね」くらいの小さな落胆しか覚えなかった。だから、もういっその事と言う思いで全てを彼にぶちまけた。


 長すぎる旅に疲れていたこと。それの大半が勇者たちからの侍女扱いと、各国王城での慈善行為。そして最後の、魔王との決戦の場での酷使だ。


「こっちはもう魔力も底を尽き、立って歩くのがやっとだったんです!なのに彼らは手を打ち合わせて勇んで喜び合っていて…。そんな所に『魔王が逃げて行きます』なんて言える訳ないじゃないですか!?それでなくても、場を読んで立ち回れない足手まとい扱いされてたってのにっ。だから、あえて空気を読んで黙ってましたの!」

「酷いものだな…」

「挙句の果てには、年を取り過ぎた平民女は妃にはできない、ときましたわ。今になってみれば、あんな所へ嫁がずにすんで良かったです!という訳で、これをお返しします」


 宙からマントと王冠を引っ張り出し、テーブルの上に置いた。

 おお!と声を上げ、笑みを浮かべると王冠を手にあちこち調べ始めた。


「マントを使って目くらましをするつもりだったが、勢いが付きすぎて王冠まで落としてしまって、とても困っていたんだ。真に感謝する!」

「まあ、勇者も間抜けでしたが、クライヴ様もあわてん坊でいらしたのねぇ」


 その言い訳に、私は押さえきれずに吹き出してしまった。それが切っ掛けで笑いが止まらなくなった。必死に上品な仕草を保ったけど、笑い過ぎて涙が浮かんでしまっては台無しだった。

 そんな私を、クライヴ様は温かな微笑みを浮かべて見つめていた。


「フェリシア。貴女には笑顔が似合う。いつも笑っていて欲しい…」

「腹立たしいことばかりが続きましたから。まだ、簡単には笑顔を思い出せないのです」


「では、私が腹の底から高笑いさせてやろうか?」


 彼の眸の赤が、宝石の様に煌いた。凄く素敵なのに、その笑顔は暗く静かな苛立ちが見て取れた。



誤字訂正1/6

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