第12話 聖女は少女と共に逃避行する
ロリと小動物(笑)無双!
長い黒髪と淡い桃色の瞳を持つ少女は、マディーナと名乗った。
マディーナの全身は垢まみれで、擦り傷・切り傷・打撲痕で満身創痍の体だった。あまりの悲惨さに、少しの間絶句してその傷を睨んでいたらしく、カタカタと震えるマディーナに気づいて慌てて笑顔を作って、【清浄】と【治療】を掛けながら薬を使った治療を施した。
「これは…?」
ぼろぼろの服を包帯に使い、代わりに私のシャツを縫い縮めて着せ、やっと食事を与えることができた。暖かな物を考えて、干し肉や乾燥野菜を使い、そこに固いパンを入れた具だくさんのパン粥を出してみた。
貪ると表現したくなる食べっぷりに苦笑し、そこで漸く彼女が胸に抱きしめていたモノを見る余裕ができた。
「スライムよ?」
知っている。これは緑色だけど、青いスライムならどこでも見つかる最下級魔物だ。人を怖れてすぐに逃げるから、大量発生しない限りは見過ごされる。それを、愛玩獣のように抱いて逃げ惑っていたのは?
「あなたの愛玩獣なの?」
「違うっ!私の家族なのっ」
「…家族?」
「うん。捨てられた私を、ずっと助けてくれた大事な家族なの…」
マディーナに名前と年を訊いた時、名前は言えても年は知らないと答えた。なんでも、親らしい大人と一緒にいた頃はずっと家の地下に閉じ込められていて、ようやく話せるようになったと思ったら、いきなり森の奥に捨てられたのだそうだ。
この世では、飢饉や災害で生死の選択を迫られることは、そんなに珍しいことじゃない。そうなると口減らしに労働力にならない幼い子が犠牲なる。親は自らの手で終わらせることが無理だと悟ると、人目の無い山奥や森の奥に捨てたりする。でもマディーナが捨てられたのは、そんな理由じゃないのは見て分かった。
―――忌子。
隠して育てて来たが、お喋りや走り回る様になっては隠しきれないと思っての所業なのだろう。口減らしとは違って、他者に見つかれば親まで責め立てられる。
そんなマディーナを、スライムが助けた…?
「リルクはね、お腹が空いて死にそうだった私に、森の色んな食べ物を運んできてくれたの。それからずっと一緒。私を忌子と呼ばずにいてくれて…」
「私もそんな呼び方はしないわ。マディーナはマディーナよ。それで、さっきの男たちは?」
「森へ入って来た狩人。私を見つけて、忌子は殺さないと!って叫んで、追いかけて来た…」
何をした訳ではないのに、黒髪と赤い目を持つ者は問答無用で忌子として―――ってことなのね。人は簡単に、自分達とは違う部分を持つ者を差別し、排除しようとする。悪い出来事が起こると、その責任を全て背負わせて追い立て、酷い時にはこの世から排除しようとまでする。
そこには罪悪感はない。多数の同意の集まりは、それを正義と錯覚させ、女神様のお言葉を忘れさせる。
「もう、森では暮らせないから、リルクの案内で樹海へ行こうと思ってたの」
「ええ!?リルクは話せるの?」
「うん。私にだけ聞こえる声で話してくれるの」
スライムを大切そうに胸に抱き上げたマディーナは、そのつるりとした表面に頬擦りをした。スライムの方も、愛情表現なのか体を伸ばしてマディーナの頭を撫でるような動きをみせた。
これは、きっと【従魔の契約】だわ。マディーナは、そうと知らずにリルクと契約したから話せるのだろう。
「きっとマディーナは【テイム】の魔法が使えるのね。あなた自身は知らなかったんだろうけど」
「【テイム】?」
「ええ。獣や魔物や魔獣を従わせる―――つまり家来にする魔法ね」
「家来じゃないよ!家族!」
「そうね。家族よね。それで、どうして樹海へ行くことに?」
「そこへ行けば、忌子でも大切にしてくれる人たちがいるんだって。同じ忌子もいるし、普通の人もいるけど殺そうとしたりしないって」
ああ、この子も私と同じ場所へ隠れようと考えているんだ。そう思えて、私は思わず彼女をぎゅっと抱きしめた。
「私もそこへ向かう途中なの。一緒について行ってもいい?」
マディーナは、返事の代わりに私の脇に回した腕で、思い切り抱き返してくれた。か細い腕が、縋るように私のマントを掴んでいた。
それから私たちは、リルクの案内で森の中を辿って進んだ。時折リルクが食べられる野草や果物を採って来てくれたり、私は私で小動物を狩って来て、二人と一匹で分けあって食べた。夜は大木の洞や灌木の茂みの中で休み、その間はマディーナに気づかれないように結界を張った。
私が張った結界の中で、リルクがペタペタと見えない壁を触っているのに気づき、ちょんと突いて口に人差し指を立てて内緒と唱えた。
分かっているのかいないのか、それきりリルクは結界の確認を止めてマディーナに寄り添って眠るようになった。
「船はどうしよう…」
ここまで同行したが、問題は色々あった。森が切れたらどうするか二人で相談して、リルクには私の見せかけ用の背負い袋に入ってもらい、マディーナには、人前では布と包帯を駆使して頭から首まで隠し、大火傷と詐称して町に入ことにした。でも、大河を渡るための船の代金が、どうやっても捻出できなかった。
「大丈夫だよ?川べりに着いたら、リルクが迎えを呼んでくれるって」
「迎え??」
「うん。樹海のずーーーっと奥に住んでる、大魔法使いなんだって」
「…そう。なら、期待してついて行くわ」
半信半疑だったけど、リルクがマディーナに嘘をつくとは思えないし、同行する内に、謎ながらリルクと言うスライムが驚くほど高い知能を持つことに気づいていた。
そう決めたら後は進むだけ!と腹を括って、私達は森を後にした。街道は衣服や靴が完全じゃないマディーナを私が背負ってマントで隠し、町に入ったらすぐに宿を決めて部屋に入った。マディーナを部屋に篭らせ、私は買い出しとマディーナの服や靴を見繕って急いで戻った。食事は「娘が疲れている」を理由に部屋へ届けてもらって、極力人前に出ることなく過ごした。
用意してもらった手桶の水の中でぷかぷか浮かぶリルクが、二人きりの空間を和ませてくれた。
守る。守って樹海へ行く。それだけが今の私を動かしていた。
リルクの示す川べりには、多少の困難もあったけど、無事に到着できた。
そこは人の気配から遠い林の中の絶壁の上だった。そろりと下を覗きこむと、淀んだ川の流れが壁面にぶつかって水しぶきを上げているのが見えた。
これからどうするの?とマディーナを見やると、マディーナも困った様子で足元のリルクを見下ろしていた。
リルクが始めはゆっくりと、そして段々早く震えだす。しまいには千切れ飛ぶんじゃないかと怖くなるくらいの震え方で、私とマディーナは知らぬ間に手を握り合って身を寄せていた。
と、唐突に震えが止まった。
「ようこそ。大きなお嬢さんと小さなお嬢さん」
聞き覚えのある艶のある低音の甘い声が、四角く空間を切り取って流れて来た。
「クライヴさんっ」
「待ち焦がれていたよ。では、ご招待しようか。私の城へ―――」
黄金色のレリーフに縁取られた扉が開かれ、全身を現したクライヴさんが、淑女を誘うように手を差し出し中へと勧めて来た。
最初にリルクが文字通り飛び込み、続いて手を繋いだ私とマディーナが恐る恐る潜った。
そこは、初めて見る花々が咲き乱れた、美しい庭園の中央にある東屋だった。
誤字訂正 1/6




