一方その頃――――フォルウィーク大神殿・大神官の部屋
バカ丸出し(笑)
フォルウィーク大神殿は、他国の王都にある大神殿とは違い、本殿扱いになってからの歴史は長い。
元々の本殿は、今は亡き小国にあった。戦乱の世にあっても女神を敬い、戦の被害に苦しむ民たちの心の支えたらんとした聖職者たちの努力も空しく占領地の中に瓦礫と化していた。生き残った聖職者は無事な他国へと移り、また戦争の波に飲まれ――――と、国を保ち長い歴史ある聖堂を有するフォルウィーク大神殿が、仮の本殿扱いになったのは情勢の流れだった。
そこへ女神のご降臨だ。これはもう本殿として決定したも同然だった。だが、それでも起こるのは、本家か元祖かの争いだ。なまじ亡き本殿で長がつく役職をしていた者達は、ただの神官へ格下げされていただけに不平不満を噴き出した。
その争いを収めたのは、時の王だった。聖職者たるものが醜い争いはやめよ!と一喝し、無事だった他国の大神官を集めて大会議を催した。そこで定められたのは、神官・神官見習いは他国の神殿を一定期間ごとに修行巡回すること。神官長になるには修行巡回を終え、それぞれの神殿で貰った評価を基準として選定する。神官長が大神官になるには、同じく他国の大神殿を巡り、そこの大神官の評価を集めて選定となった。
始めの頃は、信徒の心に寄り添い、女神を敬う祈りを真に捧げ、時には王族の無理難題にも立ち向かい……と、尊敬を集めた聖職者を輩出した。
が、時が経つ内に、その隙間に欲が入り込むのは人の世の常で、いつの間にか一部の富裕層の後ろ盾や実家を持つ者の間で、評価に値段がつけられたり、選定の裏で金品授受が横行したりしだした。
腐りは見えても、女神の裁きがないのを理由に、多くの者達は目を閉じて耳を塞ぎ黙した。
「なんと言うことを!!ジョーデル大神官!貴方のなさったことは、女神様への不敬だけですむことではありませんぞ!」
ここフォルウィーク大神殿の敷地に建つ豪華な大神官の館の一室で、他国の大神殿から年に一度の本殿詣でに来たランドル大神官が怒りの形相で詰め寄っていた。
煩い奴が来た…とばかりに白けた表情を向けたジョーデルは、顔色を変えてまで怒り狂うランドルの心情が理解できなかった。
「貴方は何を言っているんだね?たかが市井に戻った女一人―――」
「市井になぞ、戻ってはおりませんぞ!旅立つ前になぜ王太子とのご婚約をなさるのか。そしてお役目を終えられた聖女様が、なぜ王族に嫁ぐのか。それに何の意味があるのか。私が告げたことを全てお忘れですか!?」
同じ大神官の立場であるランドルは、背筋が凍り付く思いの中にいた。
本殿詣でを終えて、お茶に誘われ大神官の館に寄ってみれば、雑談の話題が聖女を「欲をかいた下賤な女」扱いし、王と共謀して「王都から追い出した」と言うのだ。恐ろしい無自覚の告白に慌てた。
それも当然のことだ。フォルウィーク大神殿の大神官に任命された者は、心得の一つとして聖女に関する秘された事項を伝えられる。
『お役目を終えた聖女様は、必ず王家ないし王族に嫁がせ、婚礼の儀の明朝に王室女官からの報告を受けること。この世に聖女様はお一人しか存することはできぬゆえ』
これは他国の大神官にはないフォルウィークの大神官のみに告げられることだ。それを告げるのは、前大神官の役目である。
そして、ジョーデルの前任者は、ランドルだった。
ジョーデルは呆気にとられながらも、ランドルの言う「告げたこと」を必死に頭から浚っていた。
「そう言えば、そんなこともあった様な…」
「そんなこと!?内容は!?」
ランドルに急かされ思い出そうと腕を組んで頭を捻るが、その時の光景の一端が蘇っただけだった。
「それをせんと……どうなると?」
「私には分かりません。しかし、世に二人の聖女様は存在を許されないのですから…」
「聖女の力か―――そんなモノなど市井に戻れば、とうに失っておるでありましょう。下賤な女などそんなもの…」
早々にランドルの告げた言葉を思い出すのを止めたジョーデルの頭を、勇者の妻に納まった偽聖女の媚びた顔が掠めた。
王の寛大さを示すために、他国の貴族や自国の貴族を招いた聖堂での婚礼と貴族街に屋敷を贈られた。その打ち合わせの時に、口止めのための”心づけ”を、その柔らかな手でそっと納めて来た。
にやりと下卑た薄笑いを浮かべたジョーデルを見たランドルは、蒼白の顔で口を噤んだまま部屋を辞した。
ランドルは急ぎフォルウィーク王国を脱することに決め、明日からの全ての予定を中止にする旨を伝えると、その足ですぐに帰国の途についた。
(聖女様を追うことは無理だ。これ以上の苦しみを与えては、次代聖女のご指名を授からないだけでは済まんぞ……)
胸に掛けた聖職者の証である女神の御光を模った星形のロザリオを手に包むと、ただただ必死に祈った。
――――無実な民人に天罰が訪れませんように――――
言い回しを訂正 1/4