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第10話 聖女は露わにされた事実に憤る

 私はエルミュース様の話を聞きながら、胸のムカつきを必死に抑え込んでいた。これほどの怒りを、これほどの悔悟を覚えたことは今まで無かった。

 知らなかったとは言え、私自身もその無知から女神様への不敬の一端を担っていたとは!

 震え慄く両手を固く握り合わせ、悔恨の念にきつく目を閉じた。


「あの剣はな…単に力ある者を好んで支配しようと憑く。だが、その力も少し強い程度の(あるじ)では凶力を発揮できんらしい。と言うことは、だ。勇者とは名ばかりの、只者しか選定されて来んかったという事。不幸中の幸いか、女神様方も寛大な御心で許して下さっておったのだろう。だから、そう自分を責めるでないよ?」


 エルミュース様は優しく穏やかな声音でそう告げると、一旦執務室を出て行かれ、新たに淹れ直したお茶を持って現れた。

 暖かい陽差しが溢れている窓際なのに、私は湧き上がる憤りに凍えていたようだった。暖かなお茶を勧められ、器を掌で包んでやっと凍える己に気づいた。


「勇者のすり替えは、その時からなのですね…。でも一体なぜそんなことを。それに、魔王が断罪の対象になったのは―――」


 ふと、クライヴの血色の瞳が頭に浮かぶ。

 漆黒の髪と紅い瞳は、魔族の証し。そう誰もが思っている。でも、初代の聖女から六代目までの断罪対象は、全て只の人。権力や悪心や企みや外道であっても、全て人には変わりなかった。


「魔王か…それは私も詳しくない。だがな、ここへ移り住んでから分かったことがある。―――七代目の聖女を求めた他国の者は、自分達の利ばかりを優先し、フォルウィークの王や大神官は使者から提示された条件を前にして欲得を優先しおった…つまりは私利私欲ために聖女様を使ったのだろうの。罰当たりにも、そこで味を占めて代々続けてきおった」

「私利私欲のため…」

「討伐対象は、自分達に都合の悪い者。しかし、己の力では倒せぬ者。だから、聖女指名の儀の執行が早くなった。七代目以前は百年に一度あるかないかだったそう。聖女様を必要とするほどの争乱など、そうそうあろうはずはないからのう…挙句の果てに、今代聖女様にこの仕打ちとは……やれ情けないのう…」


 そう呟いたきり、エルミュース様は口を閉じられた。私と同様に己の中に生まれた慚愧に心を苛まれているのだろう。それが、今できる自罰でしかないのも一緒。


「髪が漆黒で紅い眼を持つ……魔王とは一体何者なんでしょうか?」


 私は、勇者と共に乗り込んだ魔王城での戦闘を思い出していた。


 私が聞かされた魔王とは、復活の兆しがあると魔王の力に影響された魔獣達が世に溢れ、人々を殺め喰らい、国々を混乱の中に落とす。そして魔王は復活し、魔王軍を差し向けて混乱の国々を滅ぼして行く。だから魔王が完全復活する前に魔王城へ乗り込んで、魔王の首を取れと大神官に言われた。


 でも現実に行ったことは、旅の道すがら魔獣被害に困った人々の声を聞いて退治に向かい、大型魔獣を倒して浄化して終わる。世に溢れ、などと言う規模ではなかった。後は各国の王城にて歓待と言う名目で留め置かれ、私は治療し掃除をしていただけ。

 魔王城へ侵入するまで魔族などと呼ばれる存在に出会ったことはなく、彼らに関する情報すら示された記憶はない。その魔王城でも、魔族兵は無駄な抵抗などすることなく、私達に適わないと悟ると逃げ去った。だからとても簡単に魔王の居る広間まで到達できた。

 ただし、魔王はとても強かったけど。でも、結果はあの逃亡劇。


「昔からのぅ…北の国々では、僅かだが目の紅い者が産まれることがあると聞いた。それらを忌子と呼び、幼い内に始末すると…そんな風習があると言う」

「なんてことをっ……女神様の教えには、どの様な産まれであっても皆が主神の前では平等であると記されているのにっ!」


 彼も―――あの魔王も、忌子と蔑まれて来たのかしら…。


「これから聖女様は、どうなさるおつもりだ?」


 気がつけば、すでに陽は傾いていた。

 これから宿を探して一泊し、明日の朝早く旅立とう。


「私は目指す場所があります。そこに隠れ住み、女神様の沙汰を待つつもりです」

「それは……この世を見放す、と言われることかのぅ…」


 エルミュース様の声に非難の感情は感じ取れなかった。それよりも、諦観…いえ、懺悔の念。


「私はただの愚かな女です。女神様から頂いた加護を、禄でもないことにしか使いませんでした…そんな私にできることは、もうこれしかないのです」

「そうだな。貴女はまだ若い只の娘さんだ。これからいくらでも幸せになれる。…貴女に全てを担がせてよい訳はないな」


 エルミュース様は「さて」と声を上げ、膝を叩くと立ち上がった。

 それから見習い神官さんを呼ぶと、私をエルミュース様ご推薦の宿へと送り届けてくれた。大き目の町は夕方に向けて買い物客や仕事帰りの人達でにぎわっていた。

 小さな宿屋の前で見習いさんと別れ、可愛らしい従業員さんの立つ受付に近づいた。


「一泊お願いします」

「お食事はどうします?」

「夕食と、明日の朝食を」

「はい。ではここにお名前を。あと夕食はもう食べられますから、お好きな時間にいらしてください」


 鍵を受け取り、階上へ上がって部屋番号を確かめながら歩いた。部屋は思いの外広く、寝台には驚くくらいに綿が入った敷布と毛布で整えられていた。

 そう言えば、ここセルヴァは綿花栽培の盛んな国だったわ、と今朝まで一緒にいた護衛のネイが教えてくれたのを思い出した。


 私は、本当に知らないことが多い。五年もの間、長い旅をしていながらその国や土地のことを知ろうともしなかった自分を恥じた。

 この辺りは、確かに通った魔王城までの道程だったはず。馬車に閉じ込められていた訳じゃない。慣れなかった馬にも慣れて、遅れることなく勇者たちについて行ける様になり、回りを眺めながら進む余裕があったはず。忌子のことだって、エルミュース様から聞かなければ知らなかっただろう。

 エルミュース様は、全てを担がせてはいけないと言っていたが、だからと言って目を閉じたまま生きる気はなかった。


 その晩、私は決意を胸にたっぷりの食事と眠りを堪能し、翌朝早くに町を出立した。


 

誤字訂正 1/6

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